AWC 護田鳥の夏 1   永山


        
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★タイトル (AZA     )  97/ 7/30  20: 4  (175)
護田鳥の夏 1   永山
★内容
              ウ  ス  ベ
              護 田 鳥の夏

 和久井義子は、憤懣やるかたないとばかり、爪を噛む仕種を見せた。が、悪
い癖に気付いたらしく、すぐに手を口から遠ざける。
「容疑は晴れたんでしょう?」
 紙コップに入ったアイスコーヒーを手渡しながら、田守耕作。
「容疑も何も」
 強くかぶりを振った和久井は、コップを受け取ると、口を着ける。
「警官達がいきなり押し掛けてきたと思ったら、私を犯人扱いして、美香ちゃ
んとも別々にされて、引っ張って行かれちゃったのよ」
「いや、ですから、その容疑は……晴れたんですよね」
「美香ちゃんが証言してくれたから、何とかね。最初、私があの子に強制して
言わせてるんだと思っていたらしいわ。冗談じゃない」
「びっくりしましたよ。戻ったら、和久井さんもあの女の子も、きれいに消え
てるんですから。で、おろおろしてたら、警察関係者が押し掛けてきて、『あ
んた、共犯か?』なんて、凄まれて……参りました」
「文句なら、警察に言ってちょうだい。弁明はおろか、書き置きや電話も許さ
ず、連行するなんて横暴だわ」
 空にしたコップをくしゃりと潰し、和久井は屑篭めがけて投げた。
 廊下の壁に一度当たったごみは、赤いプラスチック製の屑篭にうまく入った。
 と、それに呼応するかのように、男が姿を見せる。
「刑事が来たわ。やっと」
 頼りない蛍光灯が照らす中、廊下の向こう奥から現れた彼は、刑事のようだ。
 安手のソファから立ち上がりかけた田守だったが、和久井が座ったままなの
で、やめる。ゴム皮のシートがこすれて、妙な音がした。
「先ほどは、大変失礼をしました」
 刑事は和久井の正面に、いくらか間隔を保って立つと、気味悪いほど丁寧な
口ぶりで始めた。シルエットになっているせいもあるが、年齢のよく分からな
い顔つきをしている。髪は豊かなようだ。
「お気に障ったでしょう。無礼を、どうかお許しください」
 謝罪している割に、ちっとも頭を下げない。
「つきましては、詳しい事情を改めて伺いたいのですが、ご協力願えますか?」
「……何はともあれ」
 口火を切った和久井。どことなしに、関西弁口調である。
「そちらさんも名乗るのが、筋ではないですか」
「そちら……」
 口をあんぐりと開け、しばしの思考停止状態に入ったような刑事だったが、
すぐに低い声でつぶやくように答える。
「日岡と申します。よろしく」
「下の名前は、教えてくださいませんの? それとも、名字が日で名前が岡な
のかしら」
 田守が内心冷や冷やしているのに、和久井はお構いなしだ。
「……京太郎。日岡京太郎。分かりましたか、和久井義子さん?」
「はい、聞こえました。先ほどのお話に戻りますが、ご協力して差し上げたい
のは山々です。けれども、私にはもう、お伝えするような話はありません。約
四十五分前に終わった事情聴取−−あれは取り調べですわね−−、取り調べで
話したことが全てですので……失礼します」
「ちょおっと、お待ちください」
 立ち上がりかけた様子の和久井に、身体を壁のようにして立ちふさがる日岡。
田守は、日岡の体格のよさをこのとき初めて認識した。
「真犯人逮捕のために、協力願えませんか。あの子が倒れていた場所に出向い
て、検証を行う必要もあります」
「現場検証は、今からでなければなりません?」
「いや……早くても今日の昼前」
「では、一旦、帰らせていただきます。睡眠不足は美容によくありませんから」
 和久井は、今度こそ立ち上がった。
 田守の方は、まだ状況がどう転ぶか分からないので、座ったまま、和久井と
刑事を眺め上げる。
「やむを得ません。居場所だけは、はっきりさせて置いてください。それから、
あなた方の外出時、尾行を着ける場合があるかもしれません」
「……結局」
 刑事に背を向け、足早に去りつつあった和久井は、ぴたりと立ち止まった。
 振り返りもせず、よく通る声で言う。
「疑いが、完全に晴れた訳じゃないようですね」
「どう受け取ろうが、そちらの自由ですよ」
 洒落者のように、髪をかき上げた日岡刑事。
「ただ、護田の鳥の連中がこのことを知ったら、思い込みからFFFを突き上
げにかかるんじゃないかという見方もありまして。我々の措置は護衛の意味も
あることを、念頭に置いてくれてもいいんじゃないですかね」
「感謝しておきますわ。半分だけ」
 肩越しに横顔を見せる和久井。
 このときになって、田守は椅子から腰を上げ、あとを追った。
「あとの半分は、事件が完全に解決してから。最後まで無事、警備してもらっ
て、改めお礼申し上げることでよろしい?」

 車内で、二人きりになってから、田守はようやくまともな口を利けるように
なった。
「あー、恐かった」
「ほんと、警察って恐いところだわ。危うく犯人にされそうになった上、こち
らの都合も無視して、事を運ぼうとするし」
 後部座席に身を投げ出すようにして座る和久井の姿が、ルームミラーで確認
できた。目の下に、うっすらと隈ができているようだ。
「……自分が恐いと言ったのは、和久井さん、あなたのことですよ」
「ふうん」
「事件自体は未解決の時点で、刑事相手にあんな口を利くなんて、こっちは冷
や汗たらたら……」
 口角泡を飛ばす勢いで始めた田守だったが、和久井の様子を見ている内に、
無駄だと悟った。ため息をついて、口を閉じる。
「あの子、ご飯はどうしてるかなあ」
 和久井が、つぶやくように言った。
「え? 何です?」
「美香ちゃんのこと。結局、ちゃんとした食事はあげてない訳だから」
「その辺りは、警察が護田の鳥教団に……いや、美香ちゃんの親に連絡して、
うまくいったんじゃないですか」
「そうかもね」
「……和久井さん、案外、子供好きじゃないですか」
 ふと思い付いて、からかい口調で言った田守だったが、和久井にルームミラ
ーを通してにらまれた。眠そうな目であったが、田守は身をすくめて、運転に
集中しようと誓った。
 車は和久井のマンションを目指している。着いたらすぐ取って返し、FFF
遺伝子作物研究所に向かうのだ。持ち出した自然食品を、また戻しておかなけ
ればならない。
 もうすぐ、夜が明ける。

 弓削所長がうめいている。
 和久井らから誘拐事件に巻き込まれたと報告され、戸惑っているのだろう。
なかなか次の言葉が出て来ないでいる。
「じきに始業時間ですが」
 唄うように言って、きびすを返しかけた和久井。
「ああっと、待ってくれ」
「何でしょう?」
 和久井に倣って、田守も所長を見返した。
 もっとも、目下の彼の頭を占めているのは、自然食品持ち出しが露見しない
かどうかであり、誘拐事件については二の次だ。
「FFF本社に報告せねばならんだろうから……」
「弓削所長の方から、お願いしますわ。これまでお話ししたので全てですから。
呼び出しがあれば、もちろん従います。ねえ、田守君?」
「は、はいはい」
 話を聞くのに上の空になっていた訳ではないが、軽薄な返事になった。
 こういう会話は苦手だ。もし、所長が弓削のような人物でなかったら、もっ
と重苦しいものになっていただろう。その意味では、不幸中の幸いであったが
……代わりに、決断を下すのが遅く、長引いてしまう。
「教団の方から、文句が来るかもしれない。厄介ごとは御免被りたいのだが」
「私達は誘拐事件に巻き込まれただけであり、犯罪に荷担した訳ではありませ
ん。ご安心ください」
「それはそうだろう。君らを信用するが、事件解決までは、教団連中がうるさ
く言ってきそうな、嫌な予感があるね……」
「護田の鳥教団だって、馬鹿じゃありませんわ。誤った事実を元に騒いでも、
恥をかくのは向こうです。それぐらいは分かっているはずですから」
 自信ありげに微笑むと、和久井は今度こそ話は終わりと言わんばかり、髪を
なで上げた。
「そうだといいんだが……」
 教団の過去の行為に思いを馳せたか、不安げな弓削。
 そんな彼を置いて、退出する和久井。
「失礼します」
 田守の方は、一礼してから、所長の部屋を出た。その律儀さが自分でもおか
しかった。

 結果が出てから振り返ってみると、和久井の言は正しかった。
 護田の鳥教団は抗議をしてきたが、それは誘拐事件絡みではなかったからだ。
 田守達が誘拐事件に巻き込まれた日から、ちょうど一週間後。
 始業時間の朝九時になるかならないかの頃、FFF遺伝子作物研究所の白い
建物の前は、青と緑を基調とした服をまとった人々が集まり、ちょっとした騒
ぎになっていた。
「我々護田の鳥教団は、ある筋から情報を入手し、一つの推論を得るに至った」
 所長の弓削を呼び出し、その面前で、抑揚のない口調で紙面の文字を読み上
げる男。痩身で顎から頬にかけて髭を蓄え、眼光は鋭い。生白い肌を除けば、
なかなか精悍であると形容してよい彼こそ、一団の代表らしい。
 弓削の方は、いかにも退屈そうに、大きく開けた口を、片手で覆った。欠伸
が本物かどうかは、本人にしか分からない。
 代表者は、弓削の様子を気にした素振りもなく、淡々と読み続ける。
「アメリカ合衆国は加州のとある産婦人科医院で、マリー=ギャザウェイなる
淑女が、死産を起こした。原因は、赤子の全身を覆うカルシウム片により、臍
帯が断絶状態となり、栄養が充分に行き渡らなかったためと考えられている。
 問題は、そのカルシウム片がなに故、造り出され、赤子の身体を覆ったか、
である。日本の高名な若狭教授がカルシウム片を分析した結果が、ここにある」
 男は手に持つA4大の紙を裏返すと、その一箇所、赤いラインの入った欄を
指し示した。
「貴所開発の『トロッコ』と同じ物質が、この通り、コンマ三パーセント検出
されている。これを何とするか。そちらの作った食物に問題があった証左では
ないのか。説明を求める」
「説明を求める!」
 男のバックに着く大勢の男女が、シュプレヒコールを上げた。
「拝見しましょう」
 と、のんびりした調子で言い、弓削は紙を受け取った。しばらく目を通して
いたようだったが、不意に顔を上げると鼻で笑った。
「何がおかしいのか」
「いや、失礼。だが、あなた方のあまりの進歩のなさに、つい、失笑をしてし
まいましてな」
「進歩がないとは、どういうことか」
 口調こそ淡々としているが、教団の先頭に立って乗り込んできた男の顔は、
紅潮している。色白なだけに、余計に顕著だ。

−−続く




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