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★タイトル (NKE ) 97/ 6/29 0:15 ( 35)
「告白・4」M,D
★内容
私の射精を察知するや、妻はムクッと起き上がり、素早く乱れた裾を直すと、用の済ん
だ私を冷たく追いだしました。
(何と言う味気ない初夜だろう)
「ご苦労様、ご自分のお床で、お休みになって下さい」
それから妻は、妊娠の兆候が認められないと、この行為を繰り返しました。
つまり、あの神聖なる儀式を月に一度づつ行なったのです。
しかし、その甲斐もなく三年たってもなお、子宝には恵まれませんでした。
ある日、妻は私に言いました。
「明日、父の友人でK市で開業なさっているW先生の所にまいりますから、あなたも一
緒にいらして下さい」
何の事か、どんな病気を診てもらうのか、妻は何も話してくれませんでした。
そして、翌日病院に行って驚いたのは、子種の検査だったのです。
とても恥ずかしい思いをしながら帰宅したのを今でも覚えております。
数日後、W先生からの知らせは、暗に私の精子無力症を告げたものでした。
妻は落胆の様子も見せず無表情で言いました。
「しかたございませんね」
そして、当の私の方が、自分が不具者の様に思え、しばらくはそのショックから立ち直
る事が出来ませんでした。
その日以来、あの神聖なる儀式を要求しなくなりました。
それからと言うもの、私は安住の場所である筈の家庭でも、いたたまれない位の息苦し
さを感じずにはいられませんでした。
テレビ番組や購読する書籍、果ては思想までも制限される有様です。
さらに生活に於ては、家庭は言うに及ばず、わずかの通勤の道のりも監視されている様
な気が致しました。
帰宅が定刻より少しでも遅れると、その理由を詳細に尋ねられます。
また、狭い町のことですから、何かしようものなら、すぐさま妻の耳に入ってしまうの
です。
そんなこんなで、私の中には相当のストレスが鬱積しておりました。
しかし、そんな不幸な私を見かねたのか、神様が幸運を授けてくれたのです。
昭和四十二年一月、私は僻地の小学校に赴任を命じられました。
S町EはI町から汽車でまる一日もかかる山あいの部落、当然の事ながら単身赴任とい
う事になる訳です。私は二つ返事で承諾致しました。
三月の下旬、同僚の先生方や生徒達に見送られ、私は慣れ親しんだI町を後にしました
。
私が赴任したE小学校は、生徒総数百余名の小さな所でした。