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★タイトル (FJM ) 97/ 5/26 22:49 (115)
ベツレヘム777 第25話 リーベルG
★内容
「わからないわ。どういう意味なの?」
「効果を高めるために、神経ガスで殺すのは最小限にとどめるはずです。ソウ
ルズが手であなた方を殺し、最後の一人はわざと殺されるでしょう。その後が
ガスの出番です」
「まだソウルズが残っているのね?そして、そいつらはいつあたしたちに襲い
かかってきても不思議じゃないわけね」
「そうです。これまでのソウルズたちは、あなた方に殺されるために、あえて
大した攻撃をしてこなかったはずです。ですが、今度は持てる能力の全てを使
って襲ってきます」
「結構ですこと」サオリは皮肉をこめた笑みを返した。「ところで今言った効
果って何のこと?」
「殉教効果……とでも言えばいいんでしょうか。ただ殺されるのではなくて、
敵を多く殺した者が、より神の意にかなうのです」ヴェロニカは説明し、小声
で付け加えた。「ジン・バーソロミューはそう考えていました」
流れている音楽は、ヴェロニカの言った通り、歓喜という表現がぴったりの
軽快な旋律から、次第に雰囲気を重く変えていった。ソウルズが好んで流して
いる音楽だから、神の愛がテーマに決まっているけど、心をゆさぶることだけ
は認めざるを得ないわ、とサオリは考えた。
「そういうことなら急がないと」サオリはカーティスの青ざめた顔を見ながら
言った。「やつらに攻撃される前に、ナザレ4000を停める必要があるわ」
「私ならまだ大丈夫です」カーティスは頷いてみせた。「まだリーフが効いて
ますから。多少身体が重いですが」
3人は格納庫を出て、もともとのルートを進むべく歩き出した。
「さすがプロね。<ジブラルタル>に戻ったら、母さんに給料アップを要求し
てあげるわ」
「結構ですよ。私は<ジブラルタル>に戻れたら、辞職することに決めました
から」
「なによ、それ」
「お嬢さんと一緒にいると、どうも長生きできそうにないので。いろいろと」
「失礼ね。人を疫病神みたいに」
「みたい、じゃなくて、そのものでしょう」
「気が変わったわ。<ジブラルタル>に戻ったら、あなたの給料を半分に下げ
て、なおかつ一生こき使ってやるわ。辞職なんか絶対に認めないからね」
「残念ですが、いかなる市民も職業の自由は保証されていますよ」
サオリの表情は、口調とは反対に不安そうだった。二人が口論している話題
を心配しているのではない。カーティスの額に浮き出した大粒の汗と、ますま
す悪くなっていく顔色が原因だった。話をしているのは、少しでも苦痛から気
を反らそうとしてである。サオリはそれに気付かないほど鈍感な女性ではなか
った。
さらに2つのエレベーターを乗り継いで、3人はハブ部、すなわちステーシ
ョンの中心部にたどりついた。重力は0.76Gに減少している。
「ここのあちこちに、OSのNCS……ネイティブコントロール構造体を収め
たシールドボックスが20個近くあります。ナザレ4000は、どれか一つが
正常に稼働していれば、ナザレ計画を遂行する能力を持っています」
「ボックスを壊せばいいわけ?」
「いいえ。一つを破壊すると、<ベツレヘム>全域に警報が伝わり、生き残り
のソウルズ全てが駆けつけるでしょう。ナザレ計画に携わる部分と、外部イン
ターフェイスの切り離しが必要です。大丈夫、私が方法を知っています」
ハブ部は、外見的は直径18メートル、長さ86メートルの円柱である。標
準的な軌道ステーションでは、ここに回転制御機構、生命維持サイクルシステ
ム中枢部、動力制御/蓄積プラントなど、重要施設が詰まっている。ただし、
<ベツレヘム>に関しては、その公式は必ずしもあてはまらない。<ベツレヘ
ム>はナザレ計画のために建造されたステーションであって、内部で人間が生
活することなど、全く考慮していないからである。その証拠に、これまで一度
もトイレやキッチンなどを見かけていない。
3人は無数にあるセクタを一つずつ探索した。重力が減ったせいで身体が軽
く、0.98Gのつもりで床を蹴ると低い天井に激突しかねなかった。特に気
が急いているサオリは、3回も天井や壁に叩きつけられ、癇癪を爆発させる寸
前までいったが、かろうじて自制した。
「全く胸くそ悪いステーションね」サオリは歩きながらつぶやいた。「早く脱
出しないと、一生分の自制心を使い果たしそうだわ」
最初のNCSを発見したのは、カーティスだった。
「これじゃないのか?」ヴェロニカに呼びかける。
サオリは近づくと、壁に埋め込まれているヘキサユニットを見た。六角形の
一辺は50センチほどで、人間の目の高さにセキュリティシステムがある。
「これです」ヴェロニカは頷いた。「処理します」
サオリは横に一歩移動してヴェロニカのために場所を空けたが、持っていた
スタッカートをカーティスに渡した。一瞬戸惑ったカーティスは、すぐにその
意を察してヴェロニカに銃口を向けた。
「悪く思わないで」サオリはヴェロニカに笑いかけた。「あたしはともかく、
カーティスがあなたを完全に信用していないみたいだから」
ヴェロニカは悲しそうにサオリを見たが、肩をすくめてセキュリティプレー
トに掌をあてた。
「認証を確認しました」平板なシステム音声が言った。「最終確認です。あな
たがリリース指示を出したのは、NCS−08のフルアクセス・シールドです。
このシールドボックスは、OS中枢部分にダイレクトアクセス可能なため、作
業には充分な知識が必要です。不十分な知識でOSの中枢部分にアクセスする
と、当ステーション全体に回復不可能なダメージを与える可能性があります。
よろしければ、もう一度定められた認証動作を行ってください」
ヴェロニカは注意深く耳を傾け、もう一度サオリの顔を見てから、同じ動作
を繰り返した。
「シールドをリリースします」
システム音声とともに、ヘキサユニット全体が、数センチ壁から飛び出した。
ユニットの中央から、六角形の頂点に青い光のラインが走り、分離した表面の
プロセラミックスシールドは端に向かって吸い込まれていった。同時に赤い照
明がユニットの内部を浮かび上がらせる。
中を覗き込んだサオリは息を呑んだ。
「な、なによこれ!」
ユニットの中には、透明な円筒が設置されていた。円筒は淡いグリーンの液
体で満たされ、中央に人間のものらしい脳が浮いている。
「ナザレ4000の中枢です」ヴェロニカは答えた。
「人の脳じゃない!」
「ただの人ではありません。ホーリーソウルズの神父たちの中から、特に有能
な人材を選んで、彼らの細胞からクローン培養したOSブレインです」
「生体OSというわけか」カーティスの声も震えていた。「理論は聞いたこと
があるが、完成させていたとはな。あの時代、科学の最先端技術を有していた
のがソウルズだった、という説は戯言じゃなかったわけだ」
「もちろんですとも」ヴェロニカは誇らしげに答えた。「腐敗しきった世界を
救うために、優秀な科学者が何人も……」
「それはどうでもいいわよ」サオリが遮った。「これをどうするの?」
「大脳皮質や脳幹の40カ所に、レーザー受光部品が埋め込まれているのがわ
かりますか?あれがインターフェイスです。OSへのインプットは波長の長い
不可視レーザーを当てます。受光部が電気信号に翻訳し、ブレインに渡します。
ブレインはシナプスから受光部へ信号を返し、それによって受光部は反射角を
変えます。これがアウトプットです。必要な部分のレーザーを遮断してやれば
IOをストップさせられるはずです」
「はず?」
「私はOSスペシャリストではないので」ヴェロニカは初めて苛立ちを露にし
た。「確かかどうかは知りません。そう聞いているだけです」
「悪かったわよ。任せるわ」
ヴェロニカはデータグローブに細くしなやかな手を挿入した。
つづく