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海鷲の宴(4−1) Vol
★内容
第一部第四章 鋼鉄の巨龍(前編)
1941年12月9日午前9時 シンガポール セレター軍港
2隻の巨艦と、それに従者のように付き従う3隻の小型艦が、市民の歓喜の声と
ユニオンジャックの小旗に見送られて、錨を上げた。全長227メートル、350
00トンの「プリンス・オブ・ウェールズ」を先頭に、巡洋戦艦「レパルス」、駆
逐艦「テネドス」「エレクトラ」「エクスプレス」が続く。
「帰って来る時も、このくらいの歓迎を期待したいものだな」
トーマス・フィリップス英東洋艦隊司令長官が、明るい口調で言った。
「シンゴラとコタバルの日本軍を撃滅して帰れば、嫌でもそうなりますよ」
パリッサー参謀長が、笑いながら答える。彼らの脳裏には、自分達が破れる気遣
いというものは全くなかった。
「ところで、シャム湾に展開する日本艦隊はどうなったのかね?」
「金剛級戦艦が2隻に、軽巡2隻を中心とした艦隊が、現在こちらに向けて進撃中
との事です。それと、重巡5隻・軽空母4隻の艦隊が、南シナ海方面から接近中。
距離は戦艦部隊の方が近いようです」
「ふむ、近い方を叩くとするか。針路120度!」
「イエス・サー」
港を出た「ウェールズ」は、艦体を震わせながら、左舷に向かって回頭を始めた。
市民の歓声が、その背を追いかける。偉大なる大英帝国の象徴とも言える精鋭主力
戦艦が、2隻もいるのだ。本国は、決して自分達を見捨てない。この2隻がいれば、
コタバルに上陸して、英守備隊を撃退しながら進撃を続ける「黄色い軍隊」も、シ
ャム湾を不当に占拠している「猿の艦隊」も、きっと一蹴の元に蹴散らしてくれる
に違いない「「
誰もが、そう信じて疑わなかった。
同日0920時 南シナ海サイゴン沖
「長官、伊−141潜から通信です。『0905、英戦艦2及び駆逐艦3、シンガ
ポールを出港せり』」
小沢南遣艦隊司令長官は、うむ「「と肯いた。
「サイゴン基地に連絡だ。直ちに中攻隊発進、索敵爆撃に当たれ」
12月10日0520時 シャム湾上空
「10時方向の海面に航跡を発見!」
索敵に出ていた一式陸攻の一機で、前部席に座っていた偵察員が叫んだ。
機長がその方向に目を凝らすと、確かに、左前方の海面にうっすらと白い筋が見
える。大型艦のものと思しき太いのが2本、駆逐艦と思われる小艦のものが3本。
マレー半島に沿って北上している、英東洋艦隊に間違いなかった。
小沢長官からの命令を受けたサイゴン基地では、九六陸攻25機、中攻こと一式
陸攻43機を繰り出して、索敵を行っていた。どの機も、発見次第直ちに攻撃を加
えられるよう、腹の中に800キロ徹甲爆弾や、航空魚雷を抱えている。
だが、合わせて68機もの陸攻を繰り出しての大捕り物にもかかわらず、英艦隊
の行方は杳として掴めなかった。
はたして、英艦隊はどちらに向かっているのか……?
近藤艦隊、小沢艦隊共に、既にその位置を知られている。ならば、近い方を叩く
と言うのがセオリーの筈だが……
結局、夜を徹しての捜索まで敢行した部隊も少なくなかったが、英艦隊は捕捉出
来なかった。そして翌朝、未明から再び索敵が開始され、そろそろ燃料が乏しくな
って来た矢先の発見である。俄然、機内の全員が心を踊らせた。
「急いで司令部に打電だ!」
同時刻 戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」艦橋
「3時方向に国籍不明機!」
「葉巻型の胴体に双発か。情報にあった、日本軍の新型爆撃機だな」
見張り員の報告に、双眼鏡を構えてそちらを見たリーチ艦長が言う。
「日本軍のものらしき無線信号を傍受しました」
「これは見つかったな。日本艦隊の目を盗んでの艦砲射撃は、やはり無理だったか」
フィリップス提督が、残念そうに言う。
「全艦、対空戦闘用意。見張りの手を緩めるな!」
同時刻 南遣艦隊
南遣艦隊の4隻の空母の艦上は、時ならぬ活気に満ちていた。エレベーターがひ
っきりなしに上下し、上昇する度に艦載機を飛行甲板に持ち上げて来る。殆どの機
は、胴体下に250キロ爆弾や800キロ航空魚雷を抱え、どの機もエンジンのア
イドリングに余念がない。
甲板上のアンテナが水平に倒され、4隻の空母は一斉に、風上に向かって全速力
で航進を開始した。発艦よしの旗が振られ、先頭の九七艦攻のチョーク(車輪止め)
が外される。中島「栄」11型950馬力エンジンが、一際高い咆哮を発し、機首
のプロペラを超高速で回転させる。自由になった車輪が機体を前方へと蹴り出し、
十分な合成風力を得た機体が、飛行甲板を蹴ってふわりと浮き上がる。零式艦上戦
闘機18機、九七式艦上攻撃機36機、九九式艦上爆撃機36機から成る90機の
攻撃隊は、乗組員総出の帽振れと、直掩に上がっていた8機の零戦のバンクに見送
られ、朝焼けの残る空へと飛び立っていった。
0740時 「プリンス・オブ・ウェールズ」艦橋
「左舷より敵機接近! 雷撃です!」
「取り舵30度! 艦首を敵に向けろ!」
「右舷後方より水平爆撃!」
「…………!」
リーチ艦長の次の指示は、500キロ爆弾の炸裂音にかき消された。
「右舷中央部に直撃弾、右舷水上機カタパルト全壊、火災発生!」
「消火班急げ!」
「前方の敵機、魚雷投下しました!」
「舵そのまま、あとは当たらないよう祈ってろ!」
「雷跡、左舷至近を通過!」
「右舷、敵機2機撃墜!」
「『エクスプレス』被弾! 煙を噴いてます!」
「右舷第二両用砲塔被弾!」
「左舷、1機撃墜!」
衝撃と轟音。艦橋前面の防弾ガラスが、一瞬真っ赤に染まる。
「第二砲塔に直撃弾、損傷軽微!」
「『レパルス』被雷しました!」
発見から2時間20分後、英東洋艦隊は、サイゴン基地を発進した陸攻68機の
空襲に晒されていた。艦橋の中は、伝令や衛生兵・応急班が駆け回り、報告と命令
と怒号が飛び交い、さながら修羅場と化していた。
四方八方から湧くように現れた双発機を見た時、英艦隊の将兵の誰もが、水平爆
撃を予想したものだ。だが、彼らは双発機らしからぬ俊敏な動きで一気に高度を下
げると、高度10メートルにも満たない超低空からの雷撃を敢行して来たのだ。
陸攻隊を迎え撃つ対空砲火も凄まじい。最たるものが、「ウェールズ」に8連装
4基32門装備された40ミリポンポン砲だった。毎分60000発と言う弾幕が、
炎の壁となって陸攻隊の行く手を阻む。「ポンポン砲」と言うユーモラスなネーミ
ングとは裏腹に、その威力は凄まじいものがあった。水平爆撃隊37機のうち10
機以上がこの火網の犠牲となり、海の藻屑と消えていた。
雷撃隊の損害は、もっと大きい。31機中実に16機を、対空砲火などによって
失っている。高度を下げ過ぎて海面に接触し、波涛に呑み込まれる機体も、1機や
2機ではなかった。
出撃機数の3分の1以上の損害と引き換えに英艦隊に与えた戦果は、「プリンス・
オブ・ウェールズ」に爆弾3発、「レパルス」に爆弾1、魚雷1が命中し、その他
「エクスプレス」に爆弾1発を命中させて、それぞれ判定中破の損害を与えたに過
ぎない。100人以上の熟練搭乗員を失うと言う被害とは、とても釣り合うもので
はなかった。
「どうにか凌いだな……艦長、見事な操艦だ」
葉巻に似た胴体を持った、日本軍の双発攻撃機が去って行くのを見送りながら、
フィリップスは安堵の溜め息を付いた。
リーチ艦長が、光栄です「「と頭を下げる。
「ダメージ・レポートが入りました。まず、右舷中央部に爆弾一発命中。水上機カ
タパルトとクレーンが全壊しました。それとは別に、艦橋右脇に爆弾一発命中、第
二両用砲塔が使用不能です。この他第二砲塔天蓋にも一発命中しましたが、損傷は
軽微。要員にも死傷者は一切出ていません」
パリッサー参謀長が報告する。
「レパルスは大丈夫か?」
「右舷中央部に魚雷一本が命中しましたが、損害は軽微で、速力も27ノットまで
出せるとのことです。当たり所がよかったようですね」
フィリップスの問いに、パリッサーが答えた。
「それなら問題はないか。もっともテナント艦長ならば、10ノット出なくても、
ついて行くといって聞かないだろうが」
幕僚達が、確かに「「といった表情で、苦笑いを浮かべる。
「問題は、日本軍がこの程度の攻撃で見逃してくれるかどうかだが……」
フィリップスは、真顔に戻って呟いた。
だが……。
「2時方向に日本機の大編隊! およそ100機!」
数分後に入ったレーダー室からの報告で、フィリップスは、自分の淡い期待が、
脆くも打ち破られたことを知った。
「対空戦闘用意!」
リーチ艦長が、この日2回目の号令を放った。
0900時 「プリンス・オブ・ウェールズ」艦橋
「嵐が去りましたね……」
パリッサーが、力の抜けたような顔で呟いた。
「奇跡と言うべきか……」
フィリップスも、今まで目の前で展開されていた事が信じられないといった様子
だ。彼らの目の前には、あちこちでささくれ立ち、破孔が開き、くすぶり続けてい
る、「ウェールズ」の上甲板が広がっていた。
つい十数分前まで東洋艦隊は、100機近い日本軍の艦載機の猛攻に晒されてい
たのだ。先程の双発機と違って非常に敏捷な相手で、図体の大きい陸攻相手には猛
威を発揮した「ウェールズ」のポンポン砲も、殆ど用を為さなかった。陸攻相手の
戦闘で、機銃や両用砲の残弾が乏しくなっていたのも、対空砲火の弱体化を呼んだ。
空襲が終わらないうちに、ポンポン砲の弾が無くなってしまったのだ。
その結果、日本機は好き放題に雷爆撃を加えて、去っていった。鈍重な「ウェー
ルズ」が雷撃を全て回避できたのは、奇跡と言う他ない。
それでも「ウェールズ」には、爆弾6発が命中し、ポンポン砲2基と13.3セ
ンチ対空/対艦両用砲塔1基が使用不能となり、前甲板で火災が発生した。だが、
主砲や艦橋、機関部といった主要区画には、全く損害が及んでいない。「ウェール
ズ」の戦闘力は、殆ど失われていなかった。
一方「レパルス」は、「ウェールズ」ほど運に恵まれていなかった。こちらも、
巧みな回避機動によって命中魚雷は1本にとどまったものの、その1本が艦尾近く
に命中したため、衝撃で舵が一時的に故障し、そのうえ浸水によって、速力が22
ノットにまで落ちてしまった。
この他「テネドス」が至近弾1発を受け、若干の浸水を生じていたが、戦闘・航
海には支障はなかったようだ。
対空砲火によって撃墜したのは、九七艦攻4機と九九艦爆1機。日英双方とも、
互いに決定打となる戦果は得られなかった。
「とにかく、二波に渡る空襲をこの程度の損害で切り抜けられたのは、天の恵みだ。
このまま北上して、日本艦隊と決着をつける!」
フィリップスが、凛とした声で号令した。
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……しまった、1話で終わる予定が(笑)
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