AWC ベツレヘム777  第22話       リーベルG


        
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ベツレヘム777  第22話       リーベルG
★内容

「まただ」カーティスがうんざりしたような声でつぶやいた。
「やつらが出てくるわよ」サオリはジャーランを見た。「ソウルズがいないル
ートを通るっていったでしょう?どういうこと?」
「わからないわ」ジャーランは肩をすくめた。「ルートは間違っていないもの」
「マタイ受難曲だわ」
 ヴェロニカのつぶやきに、サオリは振り返った。
「なんですって?」
「この音楽です。J・S・バッハ作曲のマタイ受難曲です。最も美しい宗教音
楽の一つと言われています」
「これが鳴り出すと、いつもソウルズが襲いかかってくるのよ」
「これ以上、殺さないで下さい」ヴェロニカはカーティスに言った。「ナザレ
計画が進行してしまいます」
「そうは言っても……」
 前方の通路の壁が一斉に開き、にじみ出るようにソウルズたちの小さな身体
が出現した。50体はいるだろう。
「仕方がないわね。あたしは何が嫌いっていって、背中を見せて逃げるのだけ
は我慢できないんだけど、この際好き嫌いの問題じゃないわ。逃げるわよ、カ
ーティス」
「逃げると言ってもどこへ?」
「ジャーラン!別のルートを……」
 サオリの言葉が途切れた。その視線は、彼らがたった今歩いてきた通路の方
に向けられている。
「カーティス……」
 振り向いたカーティスも一瞬凝固する。背後の通路からも、ソウルズたちが
ぞくぞくと生まれて来つつある。
「挟まれた」カーティスは壁に背をつけて呻いた。「前の方を突破しましょう。
あちらの方が数が少ない。ジャーラン、背後を警戒していてくれ。後ろのやつ
らが急接近してきたり、壁から別のやつらが出てきたりしたら撃つんだ」
「わかったわ」ジャーランは冷静な表情でうなずいた。
 カーティスはスタッカートを構えた。
「行きますよ」言いながら、前方のソウルズの先頭集団に狙いをつける。
 次にサオリが見た光景は、1メートルと離れていない眼前で起こったにもか
かわらず、現実のものとは思われなかった。
 ジャーランがカーティスの背中に銃口を向けると、ためらいなくトリガーを
絞ったのだ。
 完全に不意を突かれたカーティスは、スタッカートを落として壁に激突した。
ゆっくりと振り返った顔には、純粋な驚愕が刻みつけられている。
 サオリとヴェロニカが凍りついたまま指一本動かせないでいる間に、ジャー
ランは機械人形のように冷たい表情を浮かべたまま、もう一度発砲した。カー
ティスの腹部から鮮血がほとばしり、白い隔壁を染めた。
「ジャーラン!」
 ようやくサオリは声帯の機能を回復させた。だが、本人は叫んだつもりだっ
たが、発せられた声は怯えたかすれ声でしかなかった。
 カーティスが崩れ落ちた。それにかぶさるように、マタイ受難曲のコーラス
が音量を増した。
 ジャーランが振り向いた。その顔には後悔も同情も憐憫も全く浮かんでいな
い。なすべきことをした満足感にも似た冷徹な翳りがあるだけだ。ハンドガン
を握った手も震えてはいない。その手がゆっくりと動き、銃口がサオリの胸を
狙った。
「ジャーラン……」
 サオリは目をつぶりかけたが、すぐに思い直した。死ぬのならば、その死を
見つめていたかった。目を閉じて怯えたまま死んでいくのは我慢できなかった。
燃えるような視線で、ジャーランをにらみつける。
 二人が見つめ合っていた時間は数秒に過ぎなかったが、サオリの主観では1
0倍の時が流れていった。その間だけは、通路の両端を埋め尽くしているソウ
ルズのことも、ヴェロニカのことも頭の中から消えていた。
 やがてジャーランは銃口をそらした。だが、それがサオリの気迫に負けたと
か、同情心を甦らせたとかではないことは確かだった。ジャーランは、素早く
身をかがめると、カーティスが落としたスタッカートを取り上げたのだ。近寄
るな、とでも言うようにハンドガンを軽く振って、サオリたちを遠ざけると、
スタッカートのセレクタをフルオートに切り替える。その動きには、一切の逡
巡がなかった。
「ジャーラン!」
 サオリの叫びと同時に、ジャーランはスタッカートをソウルズの集団に向け
て連射した。
 正確な射撃ではなかった。しかし射撃の質は量によってカバーされていた。
ジャーランは残弾数のことなど、全く意識していない様子で、高速弾を気前よ
くばらまいた。じりじりと進んできていたソウルズたちの先頭の数体が、過剰
とも言える量の弾丸に撃ち抜かれて、血と肉片をまき散らして倒れた。
 10秒も経たないうちに、スタッカートのマガジンが空になった。サオリが
飛びかかる決心をつけかねている間に、ジャーランはいつの間に隠し持ってい
たのか、スタッカートのマガジンをポケットから出して、ややおぼつかない手
つきで入れ替えた。そして、またもや盛大に弾丸の雨を浴びせはじめる。
「くそお!」サオリは壁を蹴った。「どうしちゃったのよ!」
 ヴェロニカは唇を噛んでいた。たおやかな顔に後悔とも恐怖ともつかぬ表情
が浮かんでいる。それに気付いたサオリは、乱暴にヴェロニカの肩をつかむと
顔を近づけて問い詰めた。
「何か心当たりがありそうね?あるんでしょ?」
「マインド・コントロールです」
「なんですって?」
「ジン・バーソロミュー八世は、深層意識コントロール技術のスペシャリスト
を何人もスタッフに加えていました。ソウルズの教えを、迅速に広めるための
研究を行っていたのです。その過程で、いくつかの強力なマインド・コントロ
ール・プロシジャーが発見されました。おそらく、彼女は、さっきナザレ40
00にアクセスしたときに……」
「逆に洗脳されたってわけ?」
「こういう事態も想定されていたのでしょう。打てる手は全て打っておく人で
したから。ジン・バーソロミュー八世は」
「全く迷惑なやつだわ!」サオリは罵った。「それで?ジャーランは何をイン
プリントされたの?ソウルズ思想に共鳴したわけ?」
「いいえ。それならばソウルズに対して銃を向けることはできないはずです。
おそらく、彼女の中のソウルズを憎む心を極度に増大させて固定したのでしょ
う。ブランダッシュさんを撃ったのも、彼を憎んでいたわけではなく、ソウル
ズを殺すという目的遂行の邪魔になりそうだったからでしょう。あのとき、私
たちは戦わずに逃げ出そうとしていました」
「どうすればいいの?」
 ヴェロニカは絶望的な素振りで首を振った。
「ソウルズを殺す邪魔をすれば、彼女はためらいもなく私たちを撃つでしょう。
しばらくは彼女のやりたいようにやらせる他はありません。ソウルズの姿が見
えなくなれば……」
「冗談じゃないわ。この場所はジャーランの案内で来たのよ。どうせ、一番ソ
ウルズが集まっている場所を、わざわざ選んだに決まっているわ」
 銃声が止んだ。
 サオリとヴェロニカは、我に返ったように通路の先を見た。立って歩いてい
るソウルズは一体もいない。効率が悪いながらも、ジャーランは山のような弾
薬を消費することで敵を全滅させたらしい。
 ジャーランは新しいマガジンを叩き込むと、くるりと振り返って、反対側の
敵に向かって発砲を開始した。マズルフラッシュに照らされたジャーランの顔
は無表情そのものだった。

                                つづく





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