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ベツレヘム777 第7話 リーベルG
★内容
戦闘のプロであるカーティスよりも、直接的な危険にさらされたサオリが先
に反応した。すでに固めていた拳を小さな悲鳴とともに突き出す。サオリの喉
元めがけて飛びかかった生物は、それを顔の中心で受け止める結果となった。
力で、というよりも、むしろサオリが反撃してきたことに驚いたように、生
物は床の上に落下した。
「下がって!」
敵性生物が、強靱な筋肉で構成された下半身が跳躍しようとする前に、カー
ティスが発砲した。ボディーガードという職業上、貫通力よりもマンストップ
を重視した弾丸を使っている。一点に集中した膨大な運動エネルギーは、生物
の腕の付け根を捉え、重い身体全体を床に押し戻した。
普通の人間ならば、それだけでショック死しても不思議ではなかったが、驚
いたことに生物は片腕を半ば引きちぎられながらも、よろよろと立ち上がろう
としていた。
「カーティス!」
「大丈夫です」カーティスは再度銃口を生物に向けた。
「ちっがう!」サオリは拳をさすりながらわめいた。「殺しちゃダメ!」
カーティスは頷いた。ハンドガンをくるりと持ちかえると、腕を大きく振り
回し、体重をグリップに載せて生物のこめかみを殴りつける。生物は苦痛の声
を洩らすこともなく床に倒れた。
「いてて」カーティスは顔をしかめた。「殺してませんよ」
「やればできるじゃない」サオリは満足そうに頷いた。
「あのですねえ……」
「ねえ」ジャーランがつぶやいた。「何の音?」
「は?」
サオリとカーティスは顔を見合わせると、ジャーランを見た。
「ほら、何か」ジャーランは天井のあたりを指した。
三人は口を閉ざして耳を澄ました。
誰かが悲しげにすすり泣くような音が、どこからか流れてきていた。サオリ
は、すぐにそれが一定の旋律を持った音楽であることに気付いた。何の楽器な
のかはわからなかったが、エレクトロニクスの匂いはしない。
「きいたことないね」
「でも、きれいな音楽……」
しばらくの間、三人はその音楽に耳を傾けていた。
やがて、美しい合唱が旋律に乗って響きだした。コモンイングリッシュでは
ない言葉だったので、サオリには全く意味が分からなかった。カーティスもジ
ャーランも同様だったようだ。だが理解はできなくても、果てしなく重い悲痛
を世界全体に唄っていることを知るには、語学力を必要としなかった。
最初に気付いたのはカーティスだった。
「下がって!」ハンドガンを構えて、いきなり怒鳴った。「ここを出るんだ!」
「なによ……」
文句を言おうとしたサオリは、残りの三つのカプセルの中の生物が、残らず
目を開いていることに気付いた。すでにカプセルの表面には十字型の亀裂が走
っている。
「出て出て!急いで!」
サオリはジャーランを突き飛ばすように通路に押し出した。
カプセルが一斉に開いた。
カーティスは発砲した。今度は致命傷を与えないような撃ち方をしている余
裕はなかった。一体につき二発づつ撃ち込むと、後ろ向きにドアから出た。
「カーティス!」
「ミスター・ブランダッシュ!」
二人の女性の悲鳴がカーティスの背中で響いた。カーティスは振り向き、思
わず息を呑んだ。
いつの間にか並んでいたドアが全て開いていた。そして、全てのエリアから
あの生物が四体づつ歩き出しつつあった。ブルーの液体をぼたぼたと身体から
垂らしている。
悲しげな合唱は、彼らの上に流れ続けていた。
ざっと見ただけでも、50体を越える敵性生物が、通路に溢れている。一斉
に襲いかかってきたら、いかにカーティスが射撃の名手だとしても勝ち目はな
い。
「この音楽で起きたのかしら」サオリが震えながらつぶやいた。
「どうだっていいでしょう」カーティスが、二人を背中にかばいながら、じり
じりと後退した。「合図したら来た方向に走ってください。プラットフォーム
には戻らないように。狭い通路の方が、こっちに有利です。いいですね」
「わ、わかったわ」
カーティスはハンドガンのマガジンを入れ換えた。マガジンに挿弾されてい
る弾丸は30発しかない。一度撃ち尽くしたら、交換する余裕はおそらくない
だろう。
最初の一体が、瞳を殺意で光らせながら飛びかかってきた。
カーティスはトリガーを絞りつつ叫んだ。
「走れ!」
サオリとジャーランは、全速力で走り出した。
それを確かめている余裕は、カーティスにはなかった。最初の一体の顔面を
撃ち抜いた後、一斉に飛びかかってくるかと思われた生物たちは、しかし、通
路の幅いっぱいに広がると、用心深そうにじりじりと向かってきはじめたのだ。
やみくもな殺意だけに支配されているのではなく、狡猾な知性を備えている証
拠である。
カーティスは発砲を躊躇って後退した。
端の方を進んでいた一体が、何の前触れもなく跳躍した。カーティスに飛び
かかるにしては、やや方向がずれている。フェイントだ、と思う間もなく、別
の一体が反対側から突進してきた。手首をねじるように、最初の生物から銃口
をそむけるとトリガーを絞った。二体めは胸の中央から赤黒い液体を噴出しつ
つ後方に吹っ飛んだ。
銃声の残響の中、囮の生物が壁を蹴って、空中に躍り上がった。そのまま、
カーティスの左腕に襲いかかってくる。銃口を向けるには手遅れだった。
とっさにハンドガンを右手に放り込むと、左肘を固めて敵の顔面にカウンタ
ーで叩き込む。左腕全体がばらばらになりそうな衝撃に襲われたが、敵は床に
落下した。間髪を入れず、潰れた鼻の上に一発撃ち込む。床に血と脳漿が飛散
してカーティスのブーツを汚した。
残りの生物たちは、それを見ても何の感情も見せず、やはりゆっくりと慎重
な足取りで接近してくる。仲間の死体を踏みつけるようなことはしなかったが、
それは死者への冒涜を恐れているというよりは、血で滑らないためであるらし
かった。
カーティスは寒気を感じながら、生物たちの進みに合わせて後退した。
不意に背後から小さな足音が聞こえてきた。一瞬、ぎくりとしたが、すぐに
ブーツの音であることに気付いた。生物たちは全て裸足だったのだ。
「カーティス!」よく響くサオリの声だった。「あっちに、すっごくたくさん
武器が置いてあるわ!」
「何ですって?」カーティスは振り向かずに問い返した。
「武器よ武器。ほら」
言葉とともに、何か固いものがカーティスの背中をつついた。カーティスは
生物たちにハンドガンを向けたまま、右手を背中に回してそれを受け取った。
「下がっていて下さい」
サオリにそう呼びかけておいて、カーティスは自分も後退すると同時に、掴
んだものを身体の前に持ってきた。
「MF−35スタッカート・タイプ3」思わず驚きの声が洩れた。
近接戦闘用のアサルトライフルである。戦争前から存在しているタイプだが、
銃器のような不要不急の分野の発展は、ここ何十年か停滞したままなので、3
0年以上前の型でも最新型になる。このライフルは一度も使用されたことはな
いらしく、新品同様に輝いていた。
その重みから弾丸はフルロードされていることがわかった。カーティスは、
親指でセレクタを三点バーストに切り替えると、ハンドガンをしまった。
「お嬢さん」サオリに呼びかける。「このライフルはまだありましたか?」
「たくさんあったわよ」
「二、三挺持ってきてください」
「わかったわ。後であたしにも撃たせてね」
カーティスに答える時間は与えられなかった。生物たちが、急に前進をやめ
て身構えたからである。明らかにスタッカートの存在に気付き、その殺傷力を
知っているのだ。
背後でサオリが駆け出すのと同時に、数体の敵性生物が飛びかかってきた。
つづく