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ベツレヘム777 第4話 リーベルG
★内容
四人はシャトルから少しでも遠ざかろうと全力疾走した。最後尾を走るカー
ティスは後ろを見ながら走り、シャトルの後部が歪んだ瞬間に叫んだ。
「伏せろ!」
前を行く三人がプラットフォームの床に伏せ、その上にカーティスが覆いか
ぶさった。
爆発音は予想よりも小さかった。船体を破壊することよりも、高熱の炎で包
み込むことに重点が置かれたからだろう。それでも人間の身体を両断するには
充分な鋭さの破片が飛散し、その中の数個は伏せている四人の上の空間を切り
裂いていった。立ったままでいれば、誰かに命中したにちがいない。
最初に行動を起こしたのはサオリだった。正確には起こそうとしたのだが、
カーティスの身体がのしかかっていて、身動きがとれなかった。
「ちょっとどいてよ、カーティス」
カーティスはゆっくりと後ろを見て、少なくとも爆発はこれ以上起こらない
だろう、と見極めると、素早い身のこなしで立ち上がった。周囲を見回して当
面の危険がないことを確かめながら、サオリに手を差し出した。サオリはそれ
を握ると、身体を起こした。
「ありがとう、カーティス」落ち着いた声を出そうとしたが、うまくいかなか
った。「一体何が起こったの?」
「ちょっと待って下さい」カーティスは、他の二人を見た。「大丈夫?」
サニルとジャーランが立ち上がったところだった。
「ヤー」サニルは混乱した顔でうなずいた。
「大丈夫よ」ジャーランも頷いた。
四人は燃えているシャトルを見た。炎は勢いよく燃え上がるのではなく、船
体を包み込んで融解させていた。すでにシャトルの外形は元の姿をとどめてお
らず、サオリたちが見つめる間にも、さらに変形し続けている。
「これで帰るわけにはいかなくなったわ」サオリは嬉しさを隠しきれなかった。
「みたところ、ここのプラットフォームには、他に船はなさそうだし。当分、
ここにいるしかないわね。少なくとも送り返される心配だけはなさそう」
「<ジブラルタル>の航行管制センターには、あのシャトルの発信記録が残っ
てるよ、姉さん」サニルが指摘した。「それに、ノースサイドのDST(深空
間探索)網には間違いなく引っかかってるから、ここがばれるのも時間の問題
だと思うけど」
「何も永久にいようってんじゃないわよ」そう言った後、サオリは渋面になっ
た。「でも、700人以上も人がいるんじゃ、ゆっくり探検なんかできそうに
ないわねえ」
「あなたはどうしてそう脳天気なんですか」カーティスが呻いた。「シャトル
が爆発したってのに」
「脳天気とは何よ。爆発したものはしょうがないじゃない。それともなに?あ
たしが深刻ぶれば、シャトルが元に戻るとでも言うの?」
「バイオハザードって言ってたけど」ジャーランが不安そうにつぶやいた。「
このステーション、汚染されてるのかしら」
「エアロックを開く前だから、そんなはずはないよ」サニルが言った。
「あたしたちが汚染されてるっての?」サオリが冷たい視線で弟を睨む。
「そ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どういうわけよ。あんたの専門はシステムプロデュースで、メディ
カルじゃないでしょう。専門外のことには口を出すんじゃないの」
サニルは沈黙した。じゃあ姉さんの専門は何なの?などと問い返す勇気があ
ったのは、物心ついてから、サオリの恐怖を身を持って学ぶまでの短い期間だ
けである。
「さて、どうしますか、お嬢さん」カーティスが訊いた。「このままここにい
ても何もできないと思いますよ」
「わかってるわよ、そんなこと。そうね、とりあえず、プラットフォームにい
てもしょうがないから、中に入りましょう」
「あそこがエントランスらしいですね」すでに目をつけていたらしく、カーテ
ィスはプラットフォームの一角を指した。「それにしても妙ですね」
「なにが?」
「どこにも表示や指示マークがありませんよ。普通のプラットフォームなら、
最低限の保安要項として、固定マシンやハッチにはきちんと表示をつけなけれ
ばならないはずなんですが」
「戦争中に建造されたステーションなのよ。忙しくてそれどころじゃなかった
んでしょ」
「そういう問題じゃ……」
「つまらないこと気にしないの。行くわよ」
サオリはさっさと歩き出した。残る3人も仕方なく後に続く。
「軍事ステーションなんじゃないのかな」サニルがジャーランに囁いた。「メ
ーカーが不明になってることや、聞いたことのないOSだって軍事機密で公開
されてないなら説明つくよ」
「<ジブラルタル>のデータベースには何てあったの?」
「何にも。戦争で放棄された古いステーションかもしれないと思ったんだ」
「そんならそういうデータが入ってるはずじゃん」
「軍事機密で公開されてなかったら?」
「それでも軍事機密により詳細不明、の一言ぐらいあるわよ、普通」
「見たことあるのかよ」
「うるさいわよ」サオリが振り向きもせずに鋭く叱った。「ここはよそのステ
ーションで、あたしたちは客なのよ。よそ様の家に入って大声で喧嘩をしてい
る人がありますか。礼儀知らずね、まったく」
一番礼儀を知らないのはサオリだ。後ろに続く三人は一様にそう思ったが、
もちろん口には出さなかった。
サオリはエントランスの前で足を止めた。この手のステーションではごく一
般的に使われているシールディング機構ドアである。大量の人間を出入りさせ
る必要があったのか、横幅も高さもかなり大きめに作られている。だが、サオ
リの眉をひそめさせたのは、ドアの大きさではなかった。
「どうやって開けるの?」サオリは深刻な侮辱でも受けたように言った。
カーティスが進み出て、視線でシール・ドアの輪郭をなぞった。リアルシー
ルが二重になっている他は何の特徴もない。材質は、これもまた現代の大抵の
宙間建造物がそうであるように、セラミックスティール複合素材だった。宇宙
線の遮断がしっかりしていれば半永久的に腐食や変質が起こらない堅固な素材
である。
「開閉装置と名の付くものはないみたいですね。通常にしろ緊急にしろ」
「見ればわかるわよ」
「中からしか開かないんじゃないの?」ジャーランが言った。
そのとき上を見上げていたサニルが、何かを見つけたように小さく叫んだ。
「あれ見て」
シール・ドアの頭上の壁に、透明な半球が埋め込まれていた。一人用のポッ
ドと監視機器らしき装置群も見える。
「なるほど」カーティスが納得したように頷いた。「つまり、あそこに人がい
て、このドアの開閉を操作するわけですね」
「なるほど」サオリも頷いた。「つまり、このドアを外から開く手段はない、
ということね」
「そのとおりです」
突然サオリは力任せに踵でドアを蹴りつけた。もちろんドアは小揺るぎもせ
ず、サオリはブーツの耐ショック素材の限界を越えた衝撃をこらえて、唇をか
みしめた。
苦笑しながら何か言おうとしたカーティスの口が、半分開きかけて止まった。
空気が排出される小さな音がドアから聞こえてきたからである。警告の言葉を
発する間もなくドアがスライドし、何かの黒い影が飛び出してきた。
次の瞬間、全ての光が消えた。
つづく