#5010/7701 連載
★タイトル (FJM ) 97/ 4/ 7 22:12 (132)
ベツレヘム777 第1話 リーベルG
★内容
わがままな少女、不幸な男、少女の弟、その幼なじみの少女の四人が、地球
の衛星軌道に到達したのは、ラグランジュポイントのコロニー<ジブラルタル>
を出発して57時間後だった。
航宙の間、サオリはおよそ目に入るもの全てに対して、文句を言い続けてい
たが、三人の同乗者のうち二人は、サオリの全宇宙に対する不平不満など聞き
慣れているので、今さら反応しようとはしなかった。特に、世の中にこれ以上
の忍耐を強いられている弟もいないだろうと、常に万人に同情されているサニ
ルにとって、四歳年上のサオリの罵詈雑言は、慣れ親しんだ子守歌のようなも
のだ。
サニルと同い年のダイ・ジャーランは、目下のところコントロール・ユニッ
トにぽっちゃりした身体を半分埋め、短い微噴射を断続的に繰り返して、シャ
トルの針路を調整する作業に没頭している。が、ジャーランにしたところで、
サオリの罵声が耳に入ったところで気にも止めなかったに違いない。幼い頃か
ら、実の姉妹のように付き合ってきたのだから。
狭くるしいコクピットエリア----このことが最初にサオリにこき下ろされた
のは言うまでもない----の中で、唯一サオリの言葉に反応を見せ、それを止め
ようと無益な努力を繰り返しているのは、カーティス・ブランダッシュという
長身で赤毛の男だけだった。カーティスはサオリとサニルのボディーガードの
職を得て、10日にもならなかったが、早くも転職を考え始めていた。
「っとに、気が利かないやつらばっかしねえ!」サオリは肩でぶつ切りにした
漆黒の髪を振り乱し、よく通る声でわめき散らしていた。「あたしは何が我慢
できないって言って、窓から外が見えない乗り物に乗るのが一番我慢できない
のよ。しかも、せっかく地球軌道上にいながら、地球を眺めることさえできな
いなんて、一体どうなってるの?あたしに何か恨みでもあるの?あたしが何を
したっていうのよ!」
カーティスは思わせぶりなため息をついたりしなかった。そういう芝居がか
った仕草が何の役にも立たないことは、今の職を得た数日後に学んでいる。
「お嬢さん」忍耐強い口調で言う。「このシャトルは貨物用なのです。しかも
プログラミングされた航路を進むだけの無人艇です。窓は必要ありません。地
球が見たければ、そちらのディスプレイに表示されていますよ」
サオリはしっぽを践まれた山猫のような鋭い視線で、カーティスを射抜いた。
「カーティス!あなた、あたしのことをバカにしてるの?あたしが問題にして
るのは、このシャトルの形式や用途なんかじゃないのよ。どうして、よりによ
って、こんなのを選ばなきゃならなかったかってことなの」
「お嬢さん。この船に最初に走り込んだのは、あなた自身ですよ」カーティス
は無意識のうちにため息をつきかけた。「誰かのせいにするのは間違っている
とは思わないんですか?」
「つまり、なに?」サオリは冷たい声で訊いた。「悪いのはあたしだって言い
たいわけなの?そうなのね、カーティス」
「あなたたちは家出をしているんですよ!」とうとうカーティスは爆発した。
「私ではなく、あなたたちが、です。そんなときぐらい、文句を言うのをやめ
たらどうなんですか!」
「家出ですって」サオリはその言葉を鼻で笑い飛ばした。「あたしは18歳な
のよ。立派な成人なのよ。どうして、あたしが家出なんかしなきゃならないの
よ」
「これが家出でないなら」カーティスはサオリを睨んだ。「何なんです?」
「この子たちの社会勉強よ」サオリは平然と弟を指した。「あたしは保護者役
なのよ」
「ちょっと待ってよ」サニルがコンソールから顔を上げて抗議した。「言いだ
したのは姉さんじゃ……」
言葉は尻すぼみに小さくなり、サニルは最後まで言い終えることなく口を閉
ざした。サオリは弟を睨みつけるのをやめると、再びカーティスを見た。
「そういえば訊こうと思ってたんだけど、あなた、どうしてここにいるのよ」
「私はあなたたちの護衛です」少し冷静さを取り戻したカーティスは答えた。
「それが理由ですよ、お嬢さん」
「その、お嬢さんっていうのやめてよね」サオリは苛々した声を出した。「倍
も年が離れた男性に、うやうやしく、お嬢さんなんて呼ばれると、ばかにされ
てるような気分になるわ」
「倍も離れてはおりません」カーティスはにこりともしなかった。「私を雇わ
れたのは、グレイヴィル市長であって、あなたではないので。申しわけありま
せんが、お嬢さん」
「ふん。母さんもいいかげんしつこいわよねえ。無駄なお金を使うだけだって
ことが、どうしてわからないのかしら」
「私にわかったことと言えば、どうして私の前に八人も、この職を辞めていっ
たのか……」
「アプローチするよ」
ジャーランの声は囁き声に近いつぶやきだったが、カーティスは口をつぐん
だ。ジャーランと知り合ってから、まだ何日にもならなかったが、この一見お
となしそうな少女が、実はサオリ以上に自分勝手であることに気付くのに、時
間はそれほど必要ではなかった。サニルとはステディのはずなのだが、カーテ
ィスの見たところ、サニルと話をしているときよりも、OSのインターフェイ
スと「対話」しているときの方が幸せそうだった。この家出に同行しているの
も、サニルと一緒にいたいからではなく、普段接触することができないカーゴ
シャトルのOSを操作するチャンスを見逃したくないからにちがいなかった。
サオリは顔を輝かせてコントロール・ユニットに駆け寄った。
「あと、どれぐらい?」
ジャーランは、およそパイロットには不向きな長い黒髪をかきあげながら、
サオリとカーティスをちらりと見た。
「そうねえ。<ベツレヘム>の管制システムが生きてて、こっちのアプローチ
シグナルを捕捉してくれれば180秒。そうじゃないと、手動で制動しなきゃ
ならないから300プラスマイナス20秒」
「今のところ、こっちからの呼びかけに対して応答はないよ」サニルはコムリ
ンクをチェックしながら言った。「航宙標準パターンも返ってこないし」
「そりゃそうよ」サオリは嬉しそうにうなずいた。「<ベツレヘム>を選んだ
のは、完全に無人だってことが、明らかだったからだもの」
「外壁は無傷ですね」カーティスも、好奇心に負けて、ディスプレイに身を乗
り出していた。「ドーナッツも正常に回転しているから、規定通りならばコン
マ96Gの重力があるでしょう。六組のソーラーパネルも受光してるし、スポ
ークもハブも問題なさそうです」
「何日か隠れているにはもってこいの場所ね」サオリは舌なめずりした。「よ
ーし、ジャーラン。あんたの腕の見せどころよ。きちっとランデブーしなさい
よ。どっかにぶつけて、気密が破れたら、あんたの身体で塞いでやるからね」
ジャーランは無言でシャトルのコントロールインターフェイスに命令を与え
た。
数千メートル離れた場所で、接近中のシャトルを静かに見つめるセンサー群
があった。
何十年も前に与えられた一連のシーケンスは、メモリバンクの中で半永久的
に生き続けながら、定められた命令を実行に移す時を待ち続けていた。長い年
月の間には、数回にわたって同様の船舶がセンサー群が監視するセクター内に
飛来してきたが、どれも目的のための条件には欠けていた。その場合、兵器管
制システムに短い命令が発せられ、近距離自動追尾ミサイルと、重X線レーザ
ーが相手を速やかに破壊した。
もし、センサー群に感情が与えられていたなら、歓喜を表現する術を見つけ
なければならなかっただろう。現在接近中の小型輸送艇の走査結果は、大変に
満足すべきものだった。
数ギガバイトのコマンドがネットワークを駆け巡り、休眠状態にあったシス
テムや施設が、次々と活性化していった。
四人は息を呑んだ。
閉鎖されていたプラットホームが、遠来からの客を迎えるように、扉を開い
ていた。同時に花が一斉に咲き乱れるように、ステーションの暗かった部分に
灯が入っていく。
「すごい!」ジャーランが歓声をあげた。「管制システムが生きてる!ビーコ
ンがこっちとシンクロしてるわ!」
「つまり誰かいるってことなの?」サオリは訊いた。
「さあ。自動誘導システムが、生きてただけかもね。レスポンスコマンドを送
れば、あとはあっちが引っ張ってくれるけど、どうしよう?」
「サニル。コムリンクは?」
「依然、応答なしだよ。でも、システム同士はリンクしてる。互いのシステム
フォーマットを交換しているみたいだね。やっぱり、人間はいないんじゃない
かな」
カーティスは一人浮かない顔をしていた。かゆみを感じているが、身体のど
こがかゆいのかわからない、といった風情である。
「お嬢さん。もう少し様子を見た方がいいのではないですか?」
サオリは軽蔑したようにカーティスを見て鼻を鳴らすと、ジャーランに命じ
た。
「レスポンスを送って。行くわよ」
つづく