#4956/7701 連載
★タイトル (BKX ) 97/ 2/22 11:13 ( 71)
そろそろ大人になろうか 7 なつめまこと
★内容
二学期が終わるりに近づくとぼくはスズやんからスキーに誘われた。信越の
スキー場近くの民宿を彼の奥さんが学生時代から常宿にしており、彼ら夫婦は
毎年終業式が終わると、そのまま出かけ、暮れ正月をスキー場で過ごすとか。
ぼくはゲレンデの混雑が嫌いでスキーにはあまり行かないが、スズやんを九月
の登山につきあわせたこともあり、また夫妻の夫婦としての有り様も観察した
かったので、年末に三日ほど日程を取って出かけて行った。その民宿は小さい
が宿泊客が常連ばかりでアットホームな感じであった。スズやんの奥さんから
同宿している学生時代からの友人らを紹介され、彼ら夫婦がこの宿によくなじ
んでいる様子が察せられた。同僚ではムラさんが来ていたが、ぼくとすれ違い
で冬のシベリヤに出かけて行った。スズやんの奥さんとは、ぼくが前任校にい
る時から運動部の関係で面識があったが、色黒で造作が大きく『悍馬』という
イメージの女性でぼくとしてはあまりそばに寄りたくないタイプである。
翌日、スズやん夫婦とスキー場に行ったが、スキーの下手くそなぼくにとっ
て、人出の多いゲレンデはストレスのたまり場でしかなく、四、五本滑った後
はロッジで冬山を眺めたり読書をして過ごした。混み合ったロッジでうだうだ
本を読むのにも飽き、宿に戻ってみると、驚いたことにシラカタ女史が三人の
娘を連れて来ていた。ぼくは事態が飲み込めず、しばらく声も出せなかった。
彼女は浮ついた挨拶の後、「スズモトさんが娘にスキーを教えてくれるという
もので…。」と言い訳めいたことを行ったきり、後は女の強さで三人の子ども
の世話をしていて人を寄せ付けない。シラカタ女史の子どもは十四歳を頭に十
歳、六歳と女ばかり。三人ともしっかりとスキーウェアーに身を包んでいる。
ぼくはめまいがして寝床に入るとそのまま気が遠くなっていった。
目が覚めると夕方で、スズやん夫婦も宿に戻っていた。夕食後、ぼくとスズ
やんはシラカタ親子を相手にウノをして遊んだが、スズやんの奥さんは宿のお
ばさんを手伝うとかで台所仕事をしている。シラカタ女史とスズやんの奥さん
は同期採用で同年齢だが、「勝負あったな。」とぼくには思われた。翌日の朝
食後、スズやんの奥さんは昔なじみの真っ黒な顔をした男たちとチャンピョン
コースへ出かけ、スズやんとシラカタ親子はファミリーゲレンデに行き、身の
置き所のないぼくは上りの『あづさ』に乗り込んだ。
年が明け、三学期が始まると二人の仲は急速に周囲に知れ渡るようになった。
二人の車がラブホテルから出てくるのを同僚の女教師に目撃されたり、密会し
ているレストランですずやんの奥さんの同僚とハチ合わせしたりして、事態は
いよいよ切迫したものとなった。そこで職場のリーダーシップを取るつもりで
いたぼくは、泣いて馬謖を斬る思いで次のような文書を校長に提出した。
上申書
次年度の額田中学校の教育を鑑みて次のことを上申いたします。
「スズモト先生に対して何らかの何らかのペナルティーを科すこと。」
(理由)
男女とも未婚の教師が多い職場で、スズモト、シラカタ両先生の行動はあま
りに無神経で、職員の勤労意欲を著しく減少させる。
PTAからの抗議などもあり、スズやんが退職するとかしないとかゴタゴタ
したが、人事異動の季節でもあり、結局スズやんが市立高校に転出することで
ケリがついた。ぼくとしてはスズやんともう二、三年一緒に仕事をしたかった
が、彼と無理につきあうことより良い仕事をしたいという願望の方が強かった。
四月六日の離任式でのスズやんの挨拶は、「額田中は最高の中学校です。ぼ
くは子どもの作り方を知らないので、まだ子どもがいませんが、そのうち子ど
もが生まれて大きくなったら、必ず額田中に入学させたいと思います。」とい
うものだったが、中学生には笑えない冗談でひんしゅくだけが残った。
それから半年後の一九八六年秋、スズやん、ムラさん、ぼくの三人で飲む機
会があった。スズやんの話から、スズやんもシラカタ女史も双方離婚が成立し
ていること、百メートルほど離れた所にそれぞれアパートを借り、半ば同棲し
ていること、シラカタ女史の下の娘二人はスズやんになつくようになったが、
一番上の娘が納得していないこと、などがわかった。酒が進み三人が酩酊する
と、スズやんが「あいつの所に連れていく。」と言い出したので、二人が「よ
っしゃ行こう。」と同意し、スズやんの車でシラカタ女史のアパートに向かっ
た。夜中の十一時過ぎにまさか本当に子持ちの女の家に押しかけるとは思わな
かったが、話は現実のこととなり、スズやんがシラカタ女史の戸口でクダを巻
き、ぼくは彼女の目を避けて物陰に隠れ、ムラさんは合掌して頭を下げていた。
その後、ムラさんは徒歩で自宅に帰り、ぼくとスズやんは彼のアパートで寝
についた。翌朝になると、スズやんはシラカタ女史のところへ朝食を摂りに行
った。もちろんぼくは遠慮したが、彼が出ていった直後に電話が鳴った。黙っ
て受話器を取ると「オ、ハ、ヨ、ウ。」と職場では絶対に聞くことのないシラ
カタ女史の甘い声が聞こえてきた。「なつめですけど、スズやんは今そちらに
向かっています。」とぼくが言うと、何秒かの凍った沈黙の後、「おはようご
ざいます。何もないけれど、朝ごはん食べます?」と彼女が間をつないできた
が、ぼくが朝食を食べに行ける訳がない。
その日は職場で顔を会わさぬよう二人とも最大限の努力をした。
..