AWC チャンバラ小説     つきかげ


        
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★タイトル (BYB     )  97/ 2/22   3:36  ( 75)
チャンバラ小説     つきかげ
★内容
 剣を使っての戦いということについて、書いてみたい。つまり、チャンバラで
ある。チャンバラについては、峰隆一郎氏の著作に多大な影響を受けた。自分で
ファンタシィ小説のチャンバラを書くにあたっては、無視することが不可能なほ
ど、影響をうけている。そこで、自分なりにチャンバラについて考えたことを、
まとめて見たいと思うようになった。
 まず仏生寺弥助の事から始めたい。
  仏生寺という人は、幕末最強の剣士と呼ばれた人であり、多分実在の人である
ただ、実在の人にしては、実に奇妙な技を持っていた。つまり、蹴り技である。
  複数の人が仏生寺が蹴り技を使ったように書いているので、どうやら本当に蹴
り技を使ったようだ。しかし、そんな事がありうるのだろうか。
  まず、竹刀を使った剣の試合を想定してみよう。現在の剣道で蹴り技が反則に
なるかは、判らないが幕末の頃にしても、竹刀を使った試合はそれなりにスポー
ツ化していたものと想像される。蹴り技を使った剣士が認められるとは思えない
とすれば、仏生寺の蹴り技は野試合でのみ使える裏技、あるいは真剣での戦いに
おいての技と考えられる。
  ただ、真剣の戦いに蹴り技が使用できるかという問題がある。単純に考えてみ
れば、蹴り技を受ける側は、飛んでくる足を刀で受ければいいのだ。第一、蹴り
技の間合いに入る以前に、剣の間合いに入ってしまう。
  仏生寺の蹴り技は相手を眩惑する為に、見せ太刀の変わりとして使ったのだろ
うか。そうであるにしても、非常に危険である。小説等では一撃で相手をKOす
る場面が描かれていた。とすれば、アーネスト・ホーストばりの見事なハイキッ
クを真剣の試合の中で出していたということになる。
  一体どうすれば、そんな事が可能なのか。
  まず、蹴り技の間合いに入らねばならない。しかし、その前に剣の間合いに入
るわけであるから、足を出す前に切り込まれる事になるだろう。とすれば、まず
相手の剣を止める必要がある。
  馬庭念流には「そくい付け」という技があるらしい。互いに青眼(峰隆一郎氏
は、青眼とは元々剣先を左目の先につける構えであり、眉間につけるのは正眼で
あると言っている。ただ、眉間だろうが、左目だろうがどうでもいい気はする)
に構えた時、自分の剣の切っ先を相手の切っ先につける。そこからは、一種の催
眠術のような技なのだろうが、互いの剣の切っ先が引っ付きあって動かせなくな
るというものだ。
  とりあえず、仏生寺はそくい付け、あるいはそれに類した技で相手の剣を止め
間合いを詰めたと考えてみよう。そこからが問題である。果たして蹴りが入るか
ということだ。
  確かに剣に意識が集中していれば、足の動きは読み切れないかもしれない。そ
れでも、いくらなんでもハイキックが飛んでくれば、間合いをはずして避けるだ
ろう。第一、剣を構えている状態で足技を出すのは無理がある。
  もしも出すとすれば、下段の前蹴りではないか。足を踏み降ろす形で、相手の
膝関節を狙って蹴る。
  下段蹴りで致命傷はないだろうから、鍔迫り合いのような状況で、ミドルやロ
ウキックを何発か打ち込む。これであれば、剣の動きに気を取られている相手で
も入れれるのではないかと思える。
  ロウキックもいいものが入れば致命傷になりうる。例はよくないが、プロレス
ラーの高田延彦はボクサーとの異種格闘技戦を一発のロウキックだけで終わらせ
ている。
  ロウで相手の体勢を崩す。又、相手の目はロウの動きになれてしまう。そこで
上段蹴りを入れた時、相手にとって死角から蹴り足がくる事になる。又、必要以
上に足に気をとられれば、間合いをあけて刀で斬りつけることもできる。
  おそらく、実現可能な蹴り技の使い道はこんなところだろう。なぜこんな事を
する必要があったのか。
  これについては、峰隆一郎氏の見解以上のものは、今のところ考えつかない。
ようするに、もともと竹刀での戦いになれた仏生寺が真剣で戦う為に、工夫をし
た結果ということだ。
  剣を抜いて対峙してしまうと、まちがいなく膠着状態になるだろう。それを防
ぐには、相手が剣を抜く前に斬るか、一対多で戦うかである。
  竹刀でのエキスパートであった仏生寺が真剣に転向した時に直面したのが、こ
の膠着状態であろう。それを打開する為に、蹴り技を開発したのではないか。
  ただ、もう一つ疑問がある。かなり高度な蹴り技を使ったと想定せざるおえな
いが、そんなものを素人がだせるかという事である。
  仏生寺というのは侍ではない。幕末はそのへんは結構いいかげんだったようで
ある。土方歳三にしても、百姓である。
  仏生寺も百姓であり、元々剣を持てる人間ではなかった。よくは判らないが、
仏生寺は古流柔術を学んでいたのではないか。古流柔術には打撃技もあったらし
い。剣を使わぬ戦いであれば、百姓が学ぶことも比較的容易であったのではない
か。
  後に剣の道場に下働きするようになり、偶然剣の才能を見出される。竹刀打ち
では無敵になった。その後、時代が殺伐としてきて真剣を手にした。その時に思
いだしたのが、蹴り技と考えられないだろうか。
  どちらかといえば、密着した状態で柔道の足払いのようなものを応用し、相手
の体勢を崩していたのではないのだろうか。それがしだいに発展し、上段蹴りも
出すようになったと想像できる。
  以上が、仏生寺の蹴り技に対する私なりの見解である。史実の裏付けはいっさ
いない、一つの「小説」だ。ただ、仏生寺にはもうひとつ奇妙な点がある。





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