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★タイトル (BKX ) 97/ 2/16 17:44 (116)
そろそろ大人になろうか 3 なつめまこと
★内容
富士山麓の彷徨
その年の七月上旬、富士山の二合目にあるキャンプ場で二年生が二泊三日の
キャンプを行った。この年は三年生より二年生が荒れていて、そこに不良教師
がからみ前代未聞のキャンプになった。二年生の担当教師の構成は、学年主任
があと数年で定年のキンキン独身ばあちゃん、学級担任は女性恐怖症のキンニ
クマンヨシダ(二十五歳)、新潟県出身の貧乏人シンちゃん(二十六歳)、ぼ
くと一緒に赴任してきた友達のいなそうなハイミスねえちゃん、ノイローゼに
なって登校拒否となった新採用のイシカワ、美術のツンツンおばさんと家庭科
のボンヤリかあさん、学級担任以外ではハゲチビのじいさんと胃かいようにな
って秋に入院してしまったナイーブな生徒指導担当のおとうさん、といった具
合。簡単に言えば、大学出て三、四年の男の子と子育て真っ最中のおばさんが
実戦部隊。その男衆もばあさん・かあさんのキンキングチャグチャにうんざり
して、シンちゃんが「石の下にも三年」という名言を吐き、ヨシダが「早く定
年にならないかなぁ」とため息をつく始末。こんな教師たちだから、当の生徒
はやりたい放題したい放題。この年、校長以下六名の教師が心身共に病気にな
り入院をした。
というわけで、大変なキャンプになるだろうという予測のもとに、一年所属
の教師からは実力者ぶっていたぼく、三年所属の教師からはスズやん、そして
前例がなかったが、用務員のヤマさんが応援として同行した。ヤマさんは身長
一八Oセンチ、パンチパーマで地元の御輿同好会の会長をやっており、ヤクザ
にも顔がきくので、生徒たちも一目置いていた。
トラブルは初日にいきなりやってきた。早朝、生徒を乗せて額田中を出発し
たバスは、一路富士山を目指し五合目まで上がった。一行は、そこから徒歩で
宝永火口まで行き、昼食をそこで取った後、バスに戻って二合目にあるキャン
プ場に行くという予定であった。五合目の駐車場から火口までは三十分ほどの
道のりである。ところが何故か二百数十名の生徒及び引率職員の一行はいつま
でたってもバスの待つ駐車場に戻れず、富士の裾野の樹海の中をさまようこと
となった。
原因はこうである。先頭を歩いて集団をリードしていたのはシンちゃんだが、
彼が下見に来た時、宝永火口への登山道は雪でふさがっていたので、彼は実際
には火口まで歩いたことはなかった。駐車場から火口までの道をそのまま引き
返せば良かったのだが、地図にもう一つ別のルートがあり、そのルートを目指
して道を見落とし、麓への道を下ってしまったのである。なにしろ二百数十名
という巨大なパーティであるため、ぼくらが不審に感じても先頭と連絡が取れ
ず、霧雨の降る山道を前を行く者についていくだけであった。大半の生徒がル
ートが違うことを悟った時は、もう戻るに戻れず、表富士自動車専用道路にぶ
つかるまで下山していくしか方法がなかった。生徒たちは不安を感じ、不平不
満を言いながら、樹海の中を三時間歩き、自動車道に出て、へたりこんだ。シ
ンちゃんが料金所まで走って駐車場に電話連絡し、一行が迎えに来たバスに乗
り込み、キャンプ場に着いた時はもう夕方の五時を過ぎていた。
「さあ、キャンプ場での楽しい集団生活が始まり始まり。」ということではあ
ったが、生徒も教師も疲労困憊しており、『開村式』などという集会はけとば
して生徒をキャビンに押し込み、マキと食材を配って「後は適当にやれ。」と
いう指示が出る。ぼくとスズやんヤマさんの応援組三人は与えられた指導者用
キャビンに入ってスズやん持参のウィスキーを舐め舐め、うだうだしている。
すると女生徒が「夕食ができました。」と言ってきたので、ぼくは生徒のとこ
ろへ行ってみると、雨に濡れて半日歩いた少年少女たちはみな生気がなく、食
事を作るのもめんどうがって菓子を食べてすましている者もいる。「まぁいっ
か。」とぼくはまずいカレーライスを食べた後、キャビンに戻りウィスキーを
ひっかけてすぐに寝てしまった。
翌朝、起きてみると外は深い霧。生徒のキャビンを回ってみると、彼らはさ
すがに若く、もうほとんどの者は起き出していて、朝食を作ったり、霧の中で
タバコを吸ったりしている。ぼくは生徒の喫煙に気づかぬふりをして本部に行
って朝食を取る。シンちゃんやヨシダに訊くと、昨夜は悪童らもさすがに疲れ
て、皆さっさと寝てしまったとのこと。本日の予定は昼間は弁当を持ってのオ
リエンテーリング、夕方からはメーンイベントのキャンプファイヤー。ぼくは
朝食後、山の中に入りチェックポイントのポストに問題の書いてある紙片を入
れて回り、その後生徒たちが道に迷わぬよう山中のポイントに待機していると
いう役回り。あいにく霧が雨に変わり、ポツンポツンとやってくる生徒に道を
教えながらボーとしているのは小一時間もするといやになってきた。そこで、
もう大方の生徒は通過しただろうとぼくは勝手に判断し、キャビンに戻って一
眠りした。
午後になっても雨が続き、積極的に仕事をしたくない教師たちは早々とキャ
ンプファイヤーの中止を決めてしまった。昨夜に予定していた『肝試し』、今
夜の『キャンプファイヤー』と中学校のキャンプでは定番の二種目がなくなり、
面白くも何ともない行事になった。そこへ波乱万丈のテッちゃんが現れたから
大変である。
テッちゃんはぼくと同様一年生の所属だが、年休を取り、イシカワに車を運
転させてやってきた。ぼくがいない分、一年の職員は手薄なのだが、そんなこ
とは知っちゃいない。一番楽しそうな所に動くというのがテッちゃんのポリシ
ーなのだ。以前、弟の世話のために学校を休むという今時珍しくかわいそうな
女の子がマッちゃんのクラスにいて、マッちゃんとぼくとが共に授業が空いて
いる時に二人で家庭訪問しようと計画したら、テッちゃんがわざわざ自分の授
業を自習にしてついてきて、大の男三人で十二歳と三歳の子どもを家から連れ
出し、海辺の公園でアイスクリームを食べながら半時ほど海を眺めていたこと
があった。
イシカワは二年の学級担任だが、悪ガキたちとうまくつきあえず、六月頃か
ら出勤できなくなった。精神科でボーとする薬を処方してもらい、現在教育研
究所で雑用をしている。一ヶ月で五キロほど痩せていた。そんなイシカワに車
を出させて、テッちゃんはキャンプファイヤーを楽しみに一年生をほったらか
してやってきた。
テッちゃんがキャンプ場に着いた時は、夕食の片づけやら班の反省やらをや
っているところだった。間の悪いことに夕方になってから雨は上がっていた。
雨がやんでいるのにキャンプファイヤーが中止だと聞いたテッちゃんは、「ば
かじゃねえの。キャンプファイヤーのないキャンプなんかなら、しないほうが
ましじゃん。こんなだから生徒が欲求不満になるんだよ。」と、その辺から木
切れを集めてきて焚き火を始めた。ぼくもスズやんもつまらないキャンプにい
らいらしていたので、焚き火を囲んでウィスキーを飲み始めた。火に引き寄せ
られたのか、悪ガキたちも五、六人集まってくる。酒を飲みながら同僚の悪口
を言い合っている不良教師を見て、悪ガキたちが少しずつ心を開いていく。そ
のうち悪ガキがテッちゃんに酒をねだったので、テッちゃんがキャップに一口
ずつ飲ませる。無責任な教師ばかりなので誰も止めようとはしない。ぼくもつ
い二週間前に卒業したばかりの少年たち(校内暴力を起こして新聞に載ったこ
とがある)と挨拶がわりに夜の職員室で酒宴を開いた体験があるので罪悪感は
何も感じなかった。
テッちゃんは辺りにあった燃えそうなものを燃やし、言いたいことを言って
イシカワと引き上げていった。後日、生徒に酒を飲ましたことがおばさん教師
にバレ、職員会議で追及されたテッちゃんは校長に辞表を提出したが、太っ腹
校長に握りつぶされてお咎めなしとなった。
テッちゃんが引き上げた後、残されたぼくらは酒切れで困った。ふつうキャ
ンプや修学旅行の時は就寝指導が終わった後、『喉湿し』ということで寝酒が
ふるまわれるのだが、キンキンばあさんが「一生懸命指導しよう。」というこ
とで酒は出さないと言うのだ。手持ちの酒は先ほどテッちゃんが生徒に振る舞
ってしまったので何もない。もう十年以上晩酌をしているぼくやスズやんにと
って酒のない夜など地獄に等しかった。そこで緊急輸送用にと車で来ていたヤ
マさんに頼んで五十キロ離れた富士宮まで酒を買いに行った。
一時間かかって富士宮市内に入ったが、深夜なので酒屋の自販機は皆ストッ
プしている。市街をぐるぐる回ってやっと見つけた終夜営業のローソンの灯り
の暖かさよ。これで寝付けるとぼくらは神に感謝を捧げた。キャンプ場に戻っ
たのは午前二時。ババアの悪口を言いながら酒を飲んで、寝に就いたのは三時
を過ぎていた。
この学年の生徒たちは様々なトラブルを引き起こして卒業していったが、こ
のキャンプの一日目の遭難が彼らの中学時代を象徴しているようで、彼らの卒
業アルバムのタイトルは『思い出』でも『青春』でも『希望』でもなく『彷徨』
と決められた。