#4913/7701 連載
★タイトル (BKX ) 97/ 2/ 1 15:38 ( 58)
イノセントなもの、失われゆくもの #3−3 なつめまこと
★内容
イノセントなもの、失われゆもの #3−3
順を追うようにナミの隣のケイコに視線を移す。
「ケイコちゃんは今どうしているの?」
「私は二浪したからまだ学生で、人間科学部という学部にいます。まあ、勉強
の話は置いておいて。私、HIVの患者とつきあっていました。」
さすがに私の教え子、こちらの人生をイキイキさせてくれる。
「ふーん。どんなきっかけで?」
「HIV訴訟の支援をしていたんです。そこでつきあうようになったのですけ
ど。」
「それで、どこまでつきあっていたの?」ナミが無造作に訊く。
「セックスもしたけど、なんと言うのかなぁ。すがられるのが重いというか、
行き詰まっちゃって…。それで別れたけれど。」
彼女の話はもっと掘り下げていくと、私自身のテーマと重なる部分があり、
興味深かったが、これ以上突っ込んでいくと、それだけで夜が終わってしまう。
今宵の場のセットは上條であるし、隣に座る彼女からはすでに叙情が流れ出し
ている。
「先生、T…先生の結婚式に出たんでしょ?」
いよいよ今宵のテーマが俎上に載る。
「うん、春休みにオーストラリアに行く予定だったけれど、キャンセルして、
いやいや出席したよ。」
「そうですってね。それで、結婚式はどんな感じだったの?」
「どんな感じって、よくある定番の結婚式だったよ。」
「T…先生の奥さんってどんな人?」ケイコが援護するように質問する。
「同僚で三十過ぎの英語の先生。まぁ、普通の人だよ。」
「T…先生、自分で言っていたけど、最後になんか挨拶したんでしょ。どんな
こと言ったの?」上條が自分に引き戻すように言う。
「もう半年も前のことだから覚えてないなぁ。それより、おまえ、もう彼と別
れたんだろ。他にボーイフレンドはいないのかよ?」
私の直截な言葉に少しとまどいながら上條が言う。
「つきあっている人はいるけど、なんか優しいだけで…」
私も酔いの助けを借りて、感情を解放していく。
「あのさ、お願いだから、彼の情報をオレから引きだそうとするのはやめてく
れない。昔、彼が君の家に電話するのにオレの名前を利用されたことで十分傷ついて
いるんだからさ。それでなくても、おまえたちがデキてしまったという
ことで、三年A組のクラス会はずっとできないし、君らの学年の同窓会もおそ
らくできないだろう。そのへんが、ずっと心残りなんだからさ。」
「なぜ、クラス会や同窓会ができないの?」ナミが突っかかるように訊く。
「上條に憧れていたヤツが多かったからさ。教師に喰われてしまったアイドル
なんか見たくないし、上條も出席しにくいだろう。『大地讃頌』を歌っていた
あの頃のピュアな君たちはもう失われてしまったのさ。」
その後の記憶は薄れており、上條の表情も覚えていない。なるべく彼女の顔
を見ないようにして話をしたのだろう。ただ、彼女の叙情と私の悲哀がその場
を占めていた。話はとりとめがなくなり、店を替えてお茶を飲み終えたときは
十二時を過ぎていた。
駅前でタクシーの順番を待っていると、上條が泣き始めた。私は彼女をハグ
し、他の娘らに声をかける。
「コイツの身体が泣きたがっているから、ハグしてやってくれよ。」
ケイコが慣れた動作で上條を抱きしめる。ナミの動きがぎこちないので、私
はナミと上條の二人を横から抱きしめる。ナミが鳥のようにきょとんとして私
と目を合わせる。感情を身体で表現できない未通女(おぼこ)に私は胸の内で
舌打ちをする。
タクシーの順番が来たので三人を先に乗せ、私は次の車に乗り込んだ。運転
手と自宅までの料金などのやりとりをしていると、
「前の車から女の子がお客さんに挨拶してますよ。」と教えてくれた。
見ると、信号で止まった車の後部座席から上條が私に向かって中学生のよう
に盛んに手を振っていた。
..