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★タイトル (AZA ) 95/ 6/29 1:24 (141)
うちの文芸部でやってること4−2 島津義家他
★内容
目指せ百万円! ファンタジーロマン大賞への道・番外編 「部室にて」
六月某日。午後一時十分。
部室には、彷徨の趣味でいつもアルフィーの曲を編集したテープが延々流れ
ている。今流れているのは音楽に興味のない島津義家でも聞き覚えのある有名
なものだった。もっとも、彼にはタイトルまでは分からない。
そして彼と彷徨佳、由良真沙輝の三人による「会議」もテープ同様、同じと
ころをぐるぐる回っているだけの状態が続いていた。
「で、結局、先週からなんにも進んでないという訳やね」
島津がどこか疲れた声で言った。
「そんなことはない。一応国の名前とか、登場人物とかも決まって来よるし」
彷徨が反論する。
「えー、大陸東部にある軍事大国が、織田兼武田兼アメリカのランディール帝
国。その北にある北朝鮮兼ロシア兼上杉がタングルーム民主主義人民共和国、
か。大陸の東にはグリミーカ王国」
島津が、ちょうど二週間前にそれらの名前を書きつけた紙を手に取り、投げ
やりに読み上げた。つまり、状況としては二週間前とほとんど変わっていない
ことになる。
部屋のドアが軽くノックされ、池井真代が顔を出した。
「あら、一応揃ってるのね。うわぁー、今日は特にひどいわね」
池井が机の上を見て目を丸くする。確かに「ひどい」状況ではあった。そこ
には永山先輩がパソコン通信を通じて集めたコメントをプリントアウトした紙
に加えて、資料と称して持ち込まれた雑多な本が無秩序に散らばっていたから
だ。「もう一度だけ新人賞の獲り方教えます」「スペースオペラの書き方」は
まだしも「世界の軽飛行機」「ジャンボジェット機の飛ばし方」、果ては「ロ
ードス島攻防記」「孫子」といった調子で、早い話がめちゃくちゃだった。
「こんなものまで持ってきてる。これ、佳君が?」
池井がその中から一冊の本を手にした。
「あ、その『ファンタジーメイキングガイド』は、ちゃうで。由良君や」
島津が彷徨の代わりに答えた。漫画雑誌を読んでいた由良がそれを聞いて顔
を上げ、無言で頷く。
「で、どう? 進んでる?」
池井が彷徨の隣の席に腰を降ろしつつ聞く。
「あかん。完全に手詰まりや」島津が手で×印を作る。
「そう……。あんまり時間も残ってないし、そろそろ形を決めてしまわないと、
ちょっと辛いわね」
池井が少し顔を曇らせる。
「俺は、この基本設定自体に無理があると思うな」島津が言った。
「そもそも、基本案を藤田君に見せたら、一発で『ラピュタみたいですね』言
いよったから」
島津が、イラスト部門の新入部員の名前を挙げた。先日「囲碁部を作る」と
言い出して他の部員を驚かせた部員だった。島津個人としてはそれを止める理
由は何もなかったが、面倒だけは起こさないでほしいと思っている。何か問題
が起きた場合、責任が文芸部まで降りかかってきそうな気がするからだ。まか
り間違ってマンドリン部などの巨大な部と揉めたりすれば、部の存続自体が危
うくなる。
「そんな話、いつしたんや?」彷徨が聞く。
「新入生歓迎コンパをやったとき。彷徨君と池井さんは買い出し舞台に入っと
ったから知らへんとは思うけど」
「それはそうと。……何が問題なの?」
池井が話を本筋に戻し、彷徨と島津の顔を見比べる。由良はどこ吹く風とい
う調子で漫画を読んでいる。
「こんな大げさなことになるとは思わんかったからな」
彷徨が呟く。島津は彼の態度から『そもそも君が、僕のその場限りのでっち
上げのネタを文章にして、個人誌なんぞに載せるから−−』といった話になり
そうなのを感じ取り、先手を打った。
「俺にしたって、半分は冗談やった。永山先輩がアレ(島津が個人誌に掲載し
た、ファンタジー系懸賞小説大賞を目指そうという主旨の文章)をパソコン通
信にUPした時点で、引っ込みがつかんようになった」
「先輩にしたって、瞬間的とはいえ、ここまで反応があるとは思わなかったで
しょうね……」
池井が、パソコン通信の内容をプリントアウトした紙に手を伸ばす。この企
画に最も協力的な「みのうら」さんの小説だった。島津が「自分の習作ばかり
が批評されるのは不公平だ」と駄々をこねた結果、永山先輩の手を煩わせて持
ってきてもらったものだ。
「乗数効果、やね。最初の投資の増加は、無限等比級数的に所得を増加させる。
最初の彷徨君のネタは、もはやどうにもならんところまで膨らんでしまった訳
や」
「ケインズかぶれ」の島津はそんなことを言い出した。マルクスに造詣の深い
彷徨なら別の表現をしただろう。
「ま、変数の多すぎる方程式を無理やり解こうとしているようなものだから」
池井はそう言って口元を引き締める。
「世界観の構築と、具体的なプロットのどっちを先に決めるか、だよな」
彷徨が言う。島津よりは精神的に余裕のありそうな顔をしている。
「でもそれって、具体的に話を進めようと思ったら、何が存在していて何が存
在していないか、世界観が決まっていないと詰められないんじゃないの?」
池井が首を傾げる。
「そうはいかん」島津が渋い顔をする。「世界観をガチガチに固めてしまった
ら、膨らむ話も膨らまん」
輝光石、飛行機、風色の少女。こういった初期段階(というか、元ネタ)そ
のものが、今や最大の足枷となっている−−と島津は思っていたが、口には出
さなかった。この前提を外してしまったら、話が成り立たなくなるし、それに
代わる案を彼は持っていない。
「まるで、ニワトリとタマゴね」池井が呆れ顔になって言う。
「この一ヶ月、ずっとこんな調子や。永山先輩には、ちゃんとやってまっせ、
ってところを見せとかなあかんねんけど、話が詰まってしもとるから、どうに
も−−」
島津の例のボヤキを制するように、彷徨が口を挟む。
「いや、結構進んでるよ。登場人物なんかは、池井さんの習作に出てきたえー
と主人公はリルト、あと、トイーディーとか」
「チャーピーとか」
島津が口を挟み返す。
「えっ、『猫目リス』まで出すつもりなの? それじゃ本当に『ナウシカ』に
なっちゃうわよ?」
池井が再び目を丸くする。
「ま、暫定案やし」島津が面白くもなさそうな調子で言う。いつになったら決
定案が出てくるのか、見当もつかない。
「資料だけが集まっていくな」
彷徨が言う。
「前に、アイデア募集って書いたんは失敗やったかもしれん」
島津が、いつもの癖で、首筋を揉みながら言う。
「どうして? 意見を聞かなきゃ、ここまで本格的にはならなかったのよ」
池井が否定的な視線を島津に向ける。島津はそう来るだろうと思っていた、
と言わんばかりに頷いた。
「池井さんの言うてることは正しい。第一、生意気にファンタジー論なんぞを
持ち出したんは俺自身やったからな。みのうらさんが反発して意見をぶつけて
くるのも当然や。せやけど」島津は散らばった資料に目をやった。「辛い。プ
レッシャーがかかりまくりや。それに、こんな調子で議論しとっても、絶対に
完成せん」
「こんなにややこしい話になるなんて、想像できなかったわ」
「ややこしくなったんやなくて、ややこしくした、ってところやろうな。そこ
まで難しい問題やないはずなんやけど。……宮崎アニメのイメージがふっきれ
んことには、どうにもできん」
「全く。……ああ、もうこんな時間か」
腕時計を見た彷徨が言う。時間は一時半になっていた。
「そしたら僕、そろそろ帰るわ。用があるんで。今日は他に何もないやろ?」
彷徨が立ち上がって鞄を背負う。
「まあ、別に何もないけど」島津が応じる。彼は一応、予定を立案する立場に
ある。
「じゃあ私も。図書館でゼミの発表の資料を集めいないといけないから」
「……」
池井と由良も腰を上げる。
「あ、みんなもう帰ってまうの?」
島津がポカンと口を開ける。
「島津氏はどうする?」彷徨が聞く。
「俺はもう少し、ネタを考えようと思うねんけど……」
「あっそ。じゃあ、頑張って」
「そいじゃあ、お疲れさん」
三人は部室を出て行った。鉄製の扉が派手な音を立てて閉まる。
部室に一人残された島津は、腹の底から溜め息をつき、それこそ「糸の切れ
た操り人形のように」机に突っ伏した。彼は責任感と行動力が一致しない男で、
それ故に多くの失敗もしてきた。今の八方塞がりの状態もまた、新たな失敗の
前兆なのではないか、とひそかに恐れてもいた。
「戻ることも、曲がることもできぬのなら、ただ進むだけだ、か」
島津はある小説の一文を小さく呟いた。それもまた、他の全てと同様、「見
ると聞くでは大違い」ならぬ「言うとやるでは大違い」なのかもしれなかった。
「このままではいかん。劇的な打開策がないことには絶対に、絶対に。……畜
生め。半年以上も俺達は何をやっているんだ!」
島津は頭を抱えた。アルフィーの曲はいつの間にか、やけに勇ましいものに
変わっていた。
−了−