AWC うちの文芸部でやってること 3−7  永山


        
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うちの文芸部でやってること 3−7  永山
★内容
「はい。どうして私の名前を−−」
 セレナが不思議そうに聞くが、相手はそれにも答えず、一方的に喋った。
「わが名はアドリス騎士団長・バッカニアである。セイガル国王陛下の命を受
け、そなたを連れに参った」
 ゾルムントは尊大にそう宣言する。
「私を連れに? 一体どうして」
 セレナの問いは途中で遮られた。二人の騎士が後ろからセレナの両腕、両肩
を押さえ込んでしまったからだ。
「何をする! 例え騎士の身分であっても、そのような無礼が許されるはずが
なかろう」
 思わぬ展開に戸惑ったクルーガが一瞬遅れて身構えた。
「やめておけ。どの道、おまえらは村には帰れん」
 ゾルムントがぴしりと言う。周囲の騎士達は刀の先をクルーガのほうに向け
ている。
「どういう事だ」
「ウォンツ村もまた、国王の命により、我々の管理下に置かれている。貴様等
が抵抗すれば、彼等の身に何が起こるか、言わずとも分かるであろう」
「畜生……! 一体何だってんだ」
 クルーガが腹出たしげに銛を投げ捨てる。「何も貴様等をとって食おうとい
う訳じゃない。ただ、貴様等が黒装束に襲われたという事実を口外される訳に
はいかないのでね」
 任務を半ば達成出来たと安堵したのか、ゾルムントはさきほどより明るい口
調で言い、二人を王城へと連れていった。

        〈五〉

 バルメディ王国の首都ラングスの中央部にそびえたつ王城は、国家の象徴と
いう意味合いから、必ずしも城塞としての性格だけを与えられている訳ではな
かった。確かに城の四方には水堀が巡らされ、建物としての機能も持つ石造り
の城壁が重厚な印象を与えてはいたが、やはりそれは「宮殿」なのである。お
抱えの各種職人の手によって、敷地内のおよそ考えつく全ての物に何らかの装
飾が施されており、一般人には想像もつかない世界が構築されていた。
 その世界の一部を計らずも垣間見たセレナは、謁見の間に連れてこられ、そ
こで初めてセイガル国王とまみえた。しかし、感動の親子対面には程遠い情景
であった。何しろセレナは、後ろ手に縛られていたのだから。
「その髪、その瞳。間違いなく龍の子じゃ」
 セイガルが満足げに呟く。
「龍の子……? 何のことです。それよりもこの縄をほどいてくれませんか」
 セレナは微塵も物憶じすることなく、そう言い放った。
「それもそうじゃな」
 セイガルは余裕の笑みを浮かべつつ、彼女を連れてきたアドリスの騎士に、
縄を解くよう命じた。
「さて、セレナよ。突然のことでさぞ戸惑っておることじゃろう。まず何から
説明すればよいかの?」
「どうして国王が私の名前を知っているのですか? どうして私が王城まで連
れてこられなくてはならないのです? 龍の子とは一体何ですか?」
 セレナは手首の縄目の跡をさすりながら、内心の疑問を一度にぶちまけた。
「何故儂がそなたの名を知っているか、か。ははっ、簡単だ。そなたが儂の娘
だからだ」
 セイガルはあっさりと言ってのける。
「はぁ? 意味が判りませんが」
「意味も何も、言葉通りじゃ。そなたは儂の娘。そなたが風色の髪と瞳を持つ
龍の子として生まれてきたため、儂はそなたの命をバレイズに託して、街から
離れたウォンツ村へと送ったのじゃ」
「……まさか。じい様はそんな事少しも言わなかった」
 セレナの風色の目に、はっきりと動揺の色が浮かぶ。
「それは、そなたを苦しめまいとするバレイズの配慮じゃ」
「では、龍の子とは一体……」
 セレナが再び聞く。セイガルの話を全て信じた訳ではない。しかし、今は少
しでも多くの情報が欲しかった。
「龍の子とは、龍を自在に操る力を持つ者の事を言う。風色の髪と瞳がその証
じゃ」
「私に何をさせようというのです」
「それはコリンズ(そなたの実の弟じゃ)の首尾次第。コリンズは夕刻までに
は戻ってこよう。それまでしばらく休むがよい」
 セイガルはセレナの両脇に控えていた騎士達に、現在は使われていない「姫
の間」に彼女を案内するよう命じた。
 半ば強制的に立たされたセレナは、
「もう一つ教えて下さい! クルーガは、じい様は、村のみんなは無事なので
すか!」
 と叫んだ。
「その者達がどうなるかは、全てそなたの心ひとつじゃ」
 セイガルは、勝ち誇ったような態度で答えた。自分に協力しなければ彼等の
命は保証しない、彼の顔にはそう書いてあった。
「そんな……!」
 セレナはしかし、抗弁する機会を失ったまま、騎士に背中と肩を押されるよ
うにして部屋を出た。
「まずは第一段階は終了ですな」
 王座の傍らに立っていたゾルムントがそう呟く。
「じゃが、クルーガとかいう少年は、生かしておけぬな」
 セイガルがゾルムントの顔を見た。
「まあ、名目はいくらでも考えられます」
 ゾルムントがうなずいた。クルーガがどの程度龍の子の力に関して知ってい
るかは判らなかったが、今は出来るかぎり人の口に戸を立てておくべき時なの
だ。

        〈六〉

 その頃、セレナとは別々に王城に連れてこられたクルーガは、城内の地下に
ある牢獄に放り込まれていた。牢獄は、ランディール帝国の密偵、あるいは協
力者、またはささいな誤解から捕らえられた無実の人々などで一杯になってい
た。戦争が近いということで、密偵狩りが盛んに行われているせいだ。しかし
一体どのぐらいの数の密偵が国内に潜り込んでいるのか、把握している者はバ
ルメディ国内には一人としていなかった。
 クルーガが入ったのは、物置を改造したかのような、奥のほうの小さな部屋
だった。最初は独房かと思ったのだが、闇に目が慣れてくると、部屋の片隅に
先客がいるのに気付いた。
「君は?」クルーガが聞く。
「俺の名はリイ。リイ=ショウバだ。帝国情報部第二課所属の諜報部員だ。少
少深入りしすぎたお陰で捕まってしまった」
 リイと名乗った先客は、クルーガと同い歳ぐらいの少年だった。
「ランディールの密偵か!」
 いきなりランディールの者を目の前にし、クルーガは敵意を隠さなかった。
「そんな怖い顔をするなよ。あんたこそ、一体なんで捕まっちまったんだ?
見たところ俺たちの同類にも見えないが?」
 それから二人は、自分の身の上について話し合った。隠すもののないクルー
ガはともかく、密偵という立場のリイが簡単に内情を話したのは意外だった。
 龍の子と呼ばれる者の存在、そしてセレナこそ、その龍の子であるという事
実をクルーガはリイの話で初めて知った。しかし、セレナがセイガル国王の娘
という事に関しては、リイも全く知らなかった。
「俺も平時は武器屋の息子として、つつましい生活をしてたんだけどな。龍の
子が王城に入るっていうから、それを見張れ、て命令されて。で、このザマだ」
「何でそこまで、俺に手のうちを明かしてくれる?」
 クルーガは一通り話を聞いた後、正直に尋ねた。
「敵の敵は味方。それだけのことだ」
「何が狙いだ?」
 クルーガは腹の底を見抜こうと、さらに質問を続ける。
「まずはここから逃げ出すこと、かな」
「利用した後で俺を殺す気か」
「まさか。あんた、そうとう腕には自信がありそうだ。顔を見りゃ判るよ。俺
は武術は素人に近いんだ。かなう訳がない」
「じゃあ、あんたって呼び方はやめてくれ。俺にも、クルーガ=コーディッツ
という名前がある」
「判ったよ、クルーガ」リイが笑顔になる。「よし。脱獄方法を考えよう。…
…こんなのはどうだ?」
 クルーガはリイの耳許で、思いつきの作戦を囁いた。

        〈七〉

「コリンズ殿下のお帰りです」
 衛兵に呼ばれたセイガルは喜色を浮かべ、コリンズを出迎えるべく、謁見の
間に向かった。
 しかし、セイガルとは対称的にコリンズの顔は冴えなかった。
「……その顔からすると、不首尾だったようじゃな」
 王座についたセイガルが問う。
「申し訳ありません」コリンズは素直に頭を下げた。
「何が問題だったのだ」
 セイガルはむやみに怒鳴りつけるような真似はせず、その理由を穏やかな声
で正した。なんと言っても、コリンズはまだ十四歳なのだ。
「はっ。輝光石は聖族の秘宝。龍の子でなければ渡せぬと」
「ふむ。龍の子は既に我等の手中にあるのだが。そのことは伝えたのであろう
な」
「もちろんでこざいます、陛下」コリンズは固い表情を崩さずに答えた。
「それでも駄目なのか」
「はい。しかしながら、直接龍の子に手渡すのなら構わない、と」
「そうなのか。……どうも聖族の考えることはよく判らんな」
 セイガルの胸に不安がよぎった。聖族の者達は、むしろランディール帝国が
聖グラス騎士団連合を駆逐してくれるのを望んでいる、という嫌な噂を思い出
したのだ。もしそれが本当なら、セイガルのやっていることは滑稽きわまりな
い。
「色々と儀礼があるのでございましょう」
 コリンズが、セイガルの不安を打ち消すように言った。
「仕方ない。今度は龍の子を連れていけ」
「はっ。明日の早朝にも出立致します。次こそは、輝光石を持ち帰ってご覧に
いれます」「頼んだぞ」
 セイガルの言葉にコリンズは大きくうなずき、その場を後にした。

        〈八〉

 その晩。
「おーい、誰か来てくれっ! 頼む、助けてくれえっ!」
 牢獄の奥から突如、悲鳴が聞こえてきた。番兵が数人、何事かと駆けつける。
「何を騒いでいるんだ!」
 番兵のひとりが手にしたたいまつで牢の中を照らした。すると、悲鳴をあげ
ていた少年がもう一人の囚人に首を押さえ付けられている姿が浮かび上がった。
「こいつ、……ランディールの奴だろ。……何で、こんな奴と一緒に、うぐっ
……」
 少年が、息も絶え絶えに訴える。
「おい、やめないか!」
 番兵が慌ててカギを開け、中に飛び込む。「今だ!」
 次の瞬間、リイが跳び上がった。番兵がそちらに気をとられている隙に、ク
ルーガが番兵の足を払って転倒させる。
「何!」
 意表を突かれた番兵達は、態勢を整える前にクルーガの突きと蹴りで次々に
倒された。リイが彼等を今まで自分達が入っていた牢に押し込み、カギを掛け
た。
「おーい、みんな聞いてくれ!」
 リイが、牢に閉じ込められている人々に向かって呼びかけた。一連の騒ぎで
目を覚ましていた囚人達が彼の次の言葉を待つ。
「俺の聞いた話じゃ、バルメディの連中は明日にも、ここにいる囚人を、見せ
しめのために処刑するという事だ。逃げるなら今しかない!」
 リイの言葉を聞いた囚人達から、悲鳴のようなどよめきが起こった。その声
を聞きながら、クルーガは片っ端から牢のカギを開けていった。
「みんな逃げろ!」
 クルーガの叫び声に、半狂乱となった囚人達が絶叫で応じた。
 牢から解き放たれた人々は一斉に牢獄の出口目がけて走った。牢獄の出入口
を守っていた番兵は、その数に圧倒された。たちまち武器を奪われ、叩きのめ
される。

「何事じゃ、この騒がしさは一体」
 セイガルは、足元から響いてくるざわめきに目を覚まし、部屋の外の衛兵に
尋ねた。
 状況を把握していない衛兵はその問いに答えられなかったが、ちょうど駆け
て来た騎士に「多くの囚人が脱走した」と知らされた。「なんという……。構
わん、捕らえ次第斬り殺せ!」
 セイガルは非情な命令を発した。


3−8に続く




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