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★タイトル (AZA ) 95/ 5/28 9:25 (200)
うちの文芸部でやってること 3−6 永山
★内容
ゾルムントが聞く。ギルキー皇帝の暗殺を命じられるのではないかと思った
のだ。表向きには王の近衛兵団と思われているアドリス騎士団の本質が、その
手の任務の執行機関であるからだ。
「いや。今の皇帝を倒したところで、次の代が聖征を諦めるとも思えん。奴等
の国とは、そういうところだ。儂は、この戦争で圧倒的な勝利をつかみ、奴等
の身の程知らずな企みを徹底的に打ち砕くつもりでおるのだ」
「それは、いかなる手立てにて?」
ゾルムントが面白そうな顔をした。彼は、セイガルが世間で言われているほ
ど無能な王だとは思っていなかったが、時として己の手にあまるほどの壮大な
政策をぶちあげる事があるのを知っていた。
「龍だ。龍の力を使って、ランディール帝国軍を打ち破る」
セイガルが声に力を込めた。
「なるほど」
ゾルムントは楽しげな表情を崩さずに応える。この時代、彼等にとって龍の
存在は全くの事実として認識されている。
「龍を操るには、龍の子と、輝光石が必要だと聞き及んでおりますが」
「そうだ。君達には龍の子を、ここに連れてきてほしい。君も知っている事か
と思うが−−」
「陛下のご嫡子、セレナ様のことですな」
彼女の存在を知るのはごく限られた重臣だけのはずなのだが、王家の裏事情
に詳しいゾルムントは、以前よりその名を知っていた。
そういったゾルムントの性質はセイガルにも十分判っていたから、さして驚
いた表情も見せない。
「ご嫡子、というのは余りいい呼び方ではないな。儂にはコリンズという、立
派な嫡男がいるのだから」
コリンズは、セレナの追放から二年後に生まれた子供であり、世間には彼が
嫡男として認知されている。まだ子供ではあるが、セイガルは教育方針として、
早くから政治を学ばせていた。
「輝光石のほうは、コリンズを交渉に派遣するつもりだ」
聖族の神殿の秘宝である輝光石。それを龍の子が手にして血の契約を交わし
た時、龍はその命を龍の子に預けるという。
「左様ですか。では、いつまでにお連れすればよろしいでしょうか」
「遅くとも、三日後までに。……言うまでもない事やも知れぬが、極秘理に。
また、こちらの命に従わぬ場合のために、色々と押さえの手を打っておくよう
に」
「かしこまりました」
ゾルムントは一礼して、執務室から退出した。部屋の外には、衛兵が不安げ
な顔で立っていた。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
「はっ、その、戦争が始まるので、ありますか?」衛兵が聞く。
ゾルムントは、その衛兵の顔をじろりと睨みつけた。
「そのような事を貴様に教える必要はない」「し、失礼しました」
衛兵は恐縮しきって、震える声で謝まる。ゾルムントは軽蔑したような表情
を見せて、その場を立ち去った。
〈三〉
ランディール帝国、西の都・ジカリ。
かつてのマイーザ王国の首都であるその街は、平時には二万三千の人口を数
えていた。が、聖征にのぞむ軍隊三万が都城に集結し、それを当て込んだ商人
も大量にこの街に訪れている現在、人の数は七万人近くまで増加していた。
マイーザ王国は今は力尽きて消滅した国ではあったが、その歴史において絶
えず他国からの侵略を受けていた国だけあり、城の造りは立派なものだった。
しかし、攻略にはそれほど時間を要した訳ではない。野戦で決着をつけようと
したマイーザ王国軍は、その野戦で戦力の大多数を消耗し、まともな篭城戦を
行えなかったからだ。そのお陰で、城はほとんど無傷のままランディール帝国
軍に接収された。
その都城には、半年前からランディール帝国情報部の機能の中枢が移転して
いた。そして、以前は王妃の間であった場所が、今では情報部の中核と言われ
る、情報戦室に改装されている。
情報部というのはその性質上、華麗な装飾や格式ばった騎士道などに現実的
な価値をほとんど見いださない。従って、その部屋の内装は徹底的に作り替え
られている。実務一点張りのその室内において、豪華な暖炉だけは手を付けら
れていなかったが、これとても暖房という点で残されているに過ぎない。
その情報戦室には、バルメディ王国に侵入させている諜報員からの報告が連
日大量にもたらされていた。その多くはたわいのないものか、あるいは断片的
すぎて、かえって情報部の判断を混乱させる類のものだった。しかしその日の
夕刻にもたらされた報告は、その部屋に居合わせた情報部員の興味を引いた。
「この報告は確かなものなのだろうな?」
上座に座るランディール帝国情報部司令・バク=ジェイフォンが、その情報
の提供者の直属の上官である、情報部第二課課長・ジーン=ギシンに聞く。
「はっ、これはセイガル国王の執務室の衛兵をしている者からの情報で、確度
は高いものです」
ギシンが応じる。
「しかし、まさか龍を使う気でいたとは。これではこちらの要求に応じないの
も当然だ。龍の力の前では、ランディール帝国軍の精強さなど何の意味もなさ
ない」
ジェイフォンが溜め息をつく。
「いかがいたしましょう」
「この情報だけで聖征の中止を進言する訳にもいくまい。……要は龍の子がい
なければよいのだ」
「そういう事なら、我々の出番ですかな」
第一課課長・ゴウ=エイジャーが目を輝かす。第一課とは、要人の暗殺など
を行う部署であるから、彼の反応はごく当然なものといえた。但し、言ってい
ることはかなりきわどい。
ジェイフォンは彼にうなずき返した後で、「連中は、どこから龍の子を調達
してくるつもりでいるのだ?」と、ギシンに尋ねた。龍の力を得るために龍の
子と輝光石が必要である事は、教養のある者にとっては半ば常識となっている。
輝光石が聖域の秘宝である事も彼は知っていたが、大儀が大儀だけに、そちら
に手は出せない。となると、龍の子に目標を絞る。彼は瞬時にそう結論付けて
いた。
「今回の情報ではそこまでは。しかし確か、かなり以前にそのような情報の提
供があったと記憶しておりますが。しばらくお待ち下さい」
ギシンはそう応じて席を立ち、隣にある情報記録室に向かった。かつて執事
の間であったその部屋には、対バルメディ王国戦に必要と考えられる資料が細
かに分類され、書類化されて保管されていた。
ギシンはその膨大な書類の中から、情報記録室の係員とともに、十数名がか
りで『龍』『龍の子』に関係のありそうなものを抜き出し、情報戦室に戻った。
「ありました。これによりますとバルメディ王国の南にあるウォンツ村に、龍
の子が住んでいるとか」
自分の席に座ったギシンが手にした書類をめくりながらそう報告する。
「他に、龍の子に関するものはないのか?」「目撃情報ならいくつかあります
が」ギシンはそう言ってから複雑な顔付きになった。
「これは確度の低い噂話として記録されているものですが、バルメディの嫡子
が龍の子であったため、南部の村に追放されたという話があります」
「もし、それが事実だとすれば」ジェイフォンが腕を組み、天井を見上げた。
決してしっかりとしたつくりではない椅子が、ミシリと音を立てる。
「間違いなく奴等はそれを利用する。身内であるならば、それこそ手足のよう
に扱える」
やがて、ジェイフォンはそう呟いた。
「では、やはり」
エイジャーが身を乗り出す。彼は近頃、本格的な任務が与えられなかったせ
いで、欲求不満がたまっていた。
「よかろう。作戦を命じる。出来るならば龍の子の誘拐が目的だが、それが不
可能であれば殺しても構わん。ただし、その場合は絶対に証拠を残すな。これ
が発端になると、我が軍が大儀を失う羽目になる」
「重々承知しております。では、作戦についてはこちらに一任して戴けますか」
「それは構わんが、なるべく早目に決行するように。龍の子がバルメディの王
城に入ってからでは全てが手遅れになる」
「はっ」
エイジャーが勢い良く立ち上がり、副官を連れて退出していった。
〈四〉
ウォンツ村の南。
その日は、数日前の大漁が信じられないほど、さっぱり魚が取れなかった。
セレナとクルーガはあれこれとその理由について論じつつ、次第に川の下流へ
と下っていた。
「そろそろ諦めないか? 代わりに山菜でも取って帰ろうぜ」
先に音をあげたのはクルーガだった。洪水によって上流から流されてきたら
しい大岩の上に立ち、周囲を見回す。
「駄目よ。もう少し頑張りましょうよ」
セレナが川の中を覗き込んだまま、口をとがらせてクルーガの提案を却下す
る。
「こんな少しだけじゃ、全然足りないわ。ねえ、そうでしょ」
セレナが顔を上げて、クルーガのほうを見た。しかしクルーガは全く別の方
向に視線を送っていた。
「……どうかしたの」
「人影が見えた」
クルーガが視線を動かさずに答える。
「ザイレスの人達?」セレナが手にしていた銛を握り直す。
「いや、違う。……どうも嫌な予感がする。今日はこれぐらいで切り上げて、
村に戻ったほうがいい」
クルーガはさっさと身支度を始めてしまった。セレナはおおいに不満だった
が、そう言うのであれば仕方がない。渋々と荷物をまとめた。もっとも、荷物
と言っても銛、餌、びく、それに収穫の魚数匹だけだ。
川伝いに村へと帰り始めたが、クルーガの表情があまりに厳しいので、セレ
ナも段々不安になってきていた。
村まであと少し、というところまで戻ってきた時、突然、頭上の木々からガ
サガサという音が聞こえ、次の瞬間、黒い何かが降ってきた。
「うりゃあ!」
クルーガがその黒いもの目がけて銛を突き出した。それは間一髪の差でかわ
され、相手は大きく跳ねながら後方に退いた。恐ろしく身のこなしが軽かった。
「何者だ!」
クルーガが大声で聞く。しかし、その相手は答えず、かわりに短刀を構えて
斬りかかってきた。クルーガはそれに応戦しながら「セレナは逃げろ!」と怒
鳴った。
「だけど−−」
「早く行け!」
「判った」
意を決したセレナではあったが、その時には既に黒装束の数名に包囲されて
おり、脱出は出来そうになかった。
「くそっ」
クルーガはセレナを庇うように立ちながら銛を構えた。
黒装束の一人が飛びかかってくる。クルーガが銛を低い位置に突き出したと
ころ、真上に跳び上がってそれをかわした。
次の瞬間、クルーガの左足が上段に蹴り上げられていた。この変則的な攻撃
は図に当った。顎を強打された黒装束が真後ろに吹っ飛ぶ。
「おまえら、ランディール兵か!」
クルーガが銛を振り回しながら問う。相手はわずかに反応を見せたような気
がしたが、それを確認する間もなく、敵は短刀を構えて突進してきた。それを
銛で受けると、低い蹴りで相手の足首を捉え、転倒させて肩を突いた。低い呻
き声とともに鮮血が飛び散る。
思わぬ抵抗に戸惑ったのか、黒装束は連携し、包囲の輪をじりじりと閉じ始
めた。
「まずいよ、これ。どうする?」
クルーガと背中合わせになったセレナが打開策を聞く。
「どうにもならんな。話合いに応じてくれそうな雰囲気じゃあないし」
今や、黒装束の数は十名を越えていた。いくらクルーガが腕に覚えがあると
は言え、セレナを連れて強行突破出来るとも思えない。「そこまでだ」
突如、黒装束の後方から、低い声が聞こえた。しかしそれはクルーガ達に発
せられたものではなかった。よく見ると、黒装束もまた鎧姿の騎士達に遠巻き
に包囲されている。
「我々はバルメディ王国のアドリス騎士団である。おとなしくその者達を解放
し、降伏せよ」
低い声の主はそう命じた。しかし、それが合図であったかのように、黒装束
は一斉に騎士達目がけて攻撃を開始した。
たちまち、数ケ所同時に斬り合いが発生した。双方に損害が発生するが、時
間の経過と共に軽装の黒装束のほうが歩が悪くなる。
「引け!」
黒装束の隊長らしい男が、短く怒鳴った。黒装束はそれに応じ、素早く包囲
をかい潜って逃走した。
「危ないところを助けていただき、ありがとうごさいました」
クルーガが騎士団の団長に礼を言う。しかし、彼はその言葉を聞く風もなく、
カタカタと鎧を鳴らしながらセレナの前に立った。
「そなたの名はセレナ、だな?」
セレナを見下ろすようにして聞く。
3−7に続く