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伊井暇幻訳・南総里見八犬伝03
★内容
曲亭主人原作「南総里見八犬伝」
肇輯巻之二第三回 景連と信時は偽って鯉を求め
氏元と貞行は耐えて忠を表す
伊井暇幻謹訳
予期せぬ義実の来訪を受けた安西三郎大夫景連(あんざいさぶろうたいふかげ
つら)は、麻呂五郎兵衛信時(まろごろうひょうえのぶとき)に相談を持ちかけ
た。麻呂五郎は、義実を殺すよう言い張った。幕府に楯突いた者と会っても得に
ならないというのだ。安西三郎は反論した。定包を攻撃する人材が欲しかったの
だ。結局、義実が才能ある武将ならば召し抱え、そうでなければ此の場で殺すこ
とにした。対面の手筈を整える。まず四十人の侍に武装させ、広間を囲ませた。
更に怪力の大男十人を選んで、襖の陰に待機させた。ぬかりなく準備して、義実
を呼びにやる。
二時間ばかりも待たされて、漸く里見義実は、城の中へと招かれる。弓を構え
た侍が、四人で里見義実を、取り囲みつつ矢をつがえ、「案内させていただく」
と、ゆっくり奥へ進んでいく。郎党・杉倉氏元(すぎくらうじもと)と堀内蔵人
貞行(ほりうちくらんどさだゆき)が、走り寄ろうとしたときに、鑓を手にした
足軽(あしがる)が、十人ばかり躍り出る。二人も鑓に囲まれて、ニジリニジリ
と進んでいく。驚きもせず義実は、落ち着き足を運んでいく。溜息吐いて氏元が、
「爼上(そじょう)の鯉(こい)とは、このことか」。刀に手をかけ貞行は、
「かくなる上は安西の、殿の料理の腕前を、とくと拝見したいもの」。
さて広間にて義実は、二人の郎党ひき連れて、客座にドカリと腰掛けて、媚び
る風なく驕らずに、礼に適った振る舞いで、里見の由来を説き起こし、結城の城
の落城まで、飾りもせずに卑下もせず、ありのままにて語り終え、「及ばずなが
ら軍門に加わりたし」と、願い込む。麻呂の五郎は義実が 思ったよりも若いた
め、侮り言葉もゾンザイに、「幕府に楯突く小童を、庇う謂(いわ)れは、全く
ない」、殊更大きく嗤いたてる。
ビクともせずに義実は、「麻呂、安西は当国の、誇りも高い名家とか。しかる
に前の戦いで、恩義を受けた鎌倉の、公方の持氏卿を捨て、指一本も動かさず。
此処に於いても幕府に媚び、我らを敵とするような、臆病者であるならば、何も
言わずに帰りましょう。そもそも我ら三人に、何十人もの兵を向け、身構えるの
は何故(なにゆえ)か」。
理に責められて景連は、「言われて初めて気が付いた。お前ら何故(なにゆえ)
客人に、弓矢を向けて居並ぶか。直ちに下がれ」と兵どもを、大きな声で叱りつ
ける。いつもながらの二枚舌、兵は呆れて引き下がる。しかるに麻呂の信時は、
あくまで虚勢を張り続け、「幕府の軍に攻められて、父さえ捨てて逃げてきた、
負け犬風情が生意気な」、故なく鼻でせせら笑う。我慢できずに杉倉が、ズズイ
と膝を押し進め、「事実を知らず御自分の 尺度を以て当て推量、押し付けられ
るは迷惑なり。敵を恐れて逃げたなら、三歳(みとせ)に及ぶ篭城を、戦い抜け
る筈がない。敵の囲みの十重二十重(とえはたえ)、切り抜けられる筈がない。
死ぬを禁じた御父君(ごふくん)の、御遺言をば守るため、恥を忍んで落ちてき
た。あくまで嘲りたまうなら、尻尾を巻いて逃げたという、証拠を見せていただ
きたい」。負けじと麻呂の信時は、「いやいや儂には分かってる。どうせ怖くて
逃げ出して、ここまで辿り着いたのだ」。安西、麻呂に理はないが、黒を白、白
を黒とも言い張って、義実主従を貶める。
二人の愚将の戯言(たわごと)が、一息ついた機を捉え、静かに義実は顔を上
げ、「この安房の国に辿り着き、民の噂を聞いたなら、安西氏(あんざいうじ)
と麻呂氏(まろうじ)は、今まで深く付き合った神余(じんよ)の家が逆賊に、
乗っ取られても知らん顔。本当ならば、情けない。そんなに卑怯で臆病な、主人
に仕える積もりはない」。そのままスックと立ち上がる。真っ赤になった麻呂五
郎、刀の柄に手を掛けて、「我慢ならぬ」と喚きだす。慌てて安西景連が、脇か
ら五郎の手を押さえ「まま、麻呂氏よ、落ち着いて」。里見の主従を振り返り、
「気を悪くすな、太郎冠者、そなたを試したまでのこと。天晴れ良くぞ申したり。
実は今まで麻呂氏と、逆賊・山下定包(さだかね)を、討ち取る話をしてたのだ。
そこでソナタに軍を分け、逆賊退治の先鋒に、なって欲しいが如何(いかが)か
な」。眉を顰める義実に、ニコリと笑って景連は、「実は当家の吉例で、戦の前
には尺鯉(しゃくこい)で、宴(うたげ)を張るのが慣習(しきたり)だ。三日
の後に挙兵する。見事な鯉を釣ってこい」。
鯉を求めて義実が、城を出るのを見計らい、麻呂の五郎の信時が、「何故あの
ように生意気な、奴を生かしておくか」と、怒り狂って叫びだす。ホホホと笑い
景連は、「はて 麻呂氏こそ何を言う。今も昔も此の安房に、鯉が生まれたこと
はない。それを知らない義実は、三日の間あちこちと、鯉を求めて彷徨(さまよ)
って、手ぶらで帰ってくるだろう。そこを理で責め詰め腹を、切らせた方が面白
い。なにせ彼奴(きゃつ)めは若くして知恵も勇気も兼ね備え、おまけに源家
(げんけ)の嫡流だ。家臣の端に加えたら、乗っ取られるのは明らかだ。とはい
え無闇に手を出せば面倒な、コトになりかねぬ」。ポンと膝打ち信時も、心地よ
さそに大笑い。
さて義実は白浜の、旅宿に戻り釣り支度。「あの景連は若君が、主(あるじ)
と頼むに足らない」と 渋る従者をせき立てて、「とにかく他に当てもない。ま
ずは鯉をば手に入れて、相手の様子を窺おう。太公望は七十歳を過ぎるまで、釣
りをしながら秋(とき)を待つ。しかも鯉とは出世魚(しゅっせうお)、滝を昇
って龍に化す。加えて鯉とは里の魚(うお)、里見の魚(うお)に他ならず。白
は我が家の幟旗(のぼりばた)、いま白浜に留まって、鯉を釣るなら大吉(だい
きち)だ」、意気揚々と竿を持ち、宿を出る。あくまで覇気ある若君に、不安を
一抹感じつつ、従者二人は付いていく。
肇輯巻之二第四回 流浪の将が烈士を得て再起し
法華の衆は仁君を戴き一揆す に続く。