AWC ちょっと恐い話 第二話  登季島


        
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★タイトル (LLD     )  95/ 1/23  18:12  ( 96)
ちょっと恐い話 第二話  登季島
★内容
 片山次郎は、一年の浪人後、学生時代を田舎で過ごすこ
とになった。そこの人文学部で法律を学ぶことになった。
ただし、司法試験を目指して、という目標をもって日々を
送ろうという意志はない。かといって、ただ就職につぶし
がきくから、といった理由で法律を学ぶことを選んだわけ
でもない。彼は多少の正義感を持ち合わせており、法律に
少なからず興味をもっていた。将来は地方公務員になって、
その知識を生かせれば、と考えていた。
 大学の所在地にわざわざ田舎を選んだのは、その生活に
少しばかりあこがれがあったからである。ずっと都会育ち
の次郎には、自然の中で過ごす、ということばは、大いに
新鮮に響いてきた。先に現役で地方の大学へとすすんだ高
校時代の同級生は、
「やめた方がいいぞ、どこへいく、と聞くと、ちょっと町
に、で通じる世界だ」
 と笑っていたが、次郎はそれに対して
「すばらしい世界じゃないか」
 とやはり笑って応えていた。

 アパートは、月一万五千円の家賃のところをわざわざ選
んだ。いくら田舎といっても、これはかなり安い方だった。
もちろん建物は決して立派とはいえないものだ。次郎の家
は比較的裕福で、その倍や三倍、いや四倍の値段のところ
に居を定めることも十分に可能だったが、次郎が選んだの
はボロアパートだった。彼はそこで四年間を過ごし、
「俺、貧乏だから」
「俺、本当にお金がないから」
 としばしば友人に語ってみせた。

 卒業後はまた首都圏に戻ってきた。田舎での刺激の少な
い生活は、彼にはもう四年で十分だった。そこで彼は念願
の地方公務員である市役所の職員となった。ただし、そこ
は首都圏といっても東京ではなく、神奈川にあった。大学
のサークルの先輩がそこに勤めており、次郎に受験をすす
めたのである。
 次郎の実家は、東京でも埼玉県寄りのところにあり、そ
こから勤務先である神奈川の市役所に通うのは厳しかった。
再び次郎はアパートを借りることになった。今度は月三万
五千円の、そのへんではごく平均的なアパートよりやや安
めの物件だった。

 次郎の父親が死んだのは、それから三年後である。次郎
は、二人兄弟で、すでに結婚している兄がおり、兄夫婦は
その死んだ父親の援助で、家族向けのマンションを買って
住んでいた。しかし、父親が死んだことで、兄夫婦はそこ
から実家に入ることになった。母親を一人にはしておけな
かった。兄夫婦にはすぐに赤ん坊が生まれ、次郎の実家は
悲しみを乗り越え、にぎわった。

 さて、次郎本人についてであるが、次郎は兄夫婦が住ん
でいた四部屋ある家族向けマンションに移ることになった。
死んだ父親は、兄夫婦のマンション購入に際して相当な金
額を援助しており、兄夫婦自身のわずかばかりの貯金と合
わせて、それを即金で買っていた。つまり、ローンは組ん
でいなかった。
 しかし、片山次郎は、そこに入るのをいやがった。
「そんなところに一人で住んだら、何言われるかわからな
い」
 次郎は言い張った。しかし、
「資産はむやみに売るものではない」
 という母親と兄の意見ももっともで、結局次郎は折れる
ことになった。

 次郎におかしな言動が目立ち始めたのは、それから半年
ほどしたあたりからである。

 そして一年後、無断欠勤を続ける次郎のマンションを訪
れた彼の上司はそこで驚くべき光景を見ることになる。鍵
のかかっていなかった次郎の部屋には、紙が散乱しており、
それにはすべて「俺は悪人じゃない」となぐり書きがして
あった。奥をのぞくと、次郎が歯をむきだしにして、上司
をすさまじい形相でにらみつけた。


                       おわり


 私自身も、この作中の次郎と似たような経験をもってい
る。学生時代は月一万円のアパートに四年間住んだ。その
後、月三万三千円のアパートに住み、その後、父親の死に
よって、兄夫婦が住んでいた四部屋のマンションに何と住
むことになってしまった。しかし、ぜいたくな悩みだと言
われようが、これははっきり言って地獄だった。だいたい
人間には少なからず敵がいるものだが、そういうところに
一人で住んでいれば、それは絶好の攻撃される材料となり、
そして、攻撃されれば勝ち目はないのである。
 しばらくは独身が続くことがおそらく決定的な私は、無
理を言って、このマンションの所有者である母と兄にそれ
を売ってもらうことにした。私は、二月の終わりか、三月
のはじめには普通のアパートに引っ越すつもりだ。私は今、
何だかとてもほっとしている。


                    登季島 吾郎






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