AWC ちょっと恐い話 第一話  登季島


        
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★タイトル (LLD     )  95/ 1/13  22:41  ( 88)
ちょっと恐い話 第一話  登季島
★内容
 それは夕方のことだった。私は自宅で商品紹介の文を書
いていた。といっても、私が華の雑誌記者であるとか、そ
ういったわけではない。友人と二人でソフトウェア開発会
社をはじめ、私が一度脱落し、友人は別会社を興してがん
ばり、虫のいい私は今度はそこにおじゃましてCD−RO
Mソフトの輸入販売などをやろうとしているのである。
 虫のいい私だが、さすがに給料は完全歩合にしてもらっ
た。したがって、CD−ROMを必死に売り歩かなくては
ならない。そのための資料作りを行っていたのである。
 それを行いながら、私は、ああ全部解禁してくれないか
なあ、と考えていた。全部解禁とは、もちろんあのことで
ある。あれが解禁されれば、アメリカからアダルトものを
直接輸入して販売できる。これは結構いけるかもしれぬ。
モザイク処理をして焼き直すなどの資金力のない我社では、
それはたいへんにありがたい。
 しかし、現実には規制がある。私は20種類ほどのまじ
めな輸入CD−ROMソフトを前にして、軽くため息をつ
いていた。
 電話が鳴ったのはそういう時だった。
「はい、もしもし・・・」
 私はぶっきらぼうに応対した。
「もしもし、芝池さんですか・・・」
 それは私にも、会社にもいっさい関係のない名前だった。
「は?」
 私の口からやや非難めいたことばが出た。
「どうもすいません」
 相手が謝った、その時だった。すさまじい赤ん坊の鳴き
声が電話口から鳴り響いたのである。
「いやあ、どうもすいませんねえ」
 突然相手の口調が変わり、抑揚のない機械的なものにな
った。
「いや、間違えちゃって・・・」
 中年らしい、男の声は言った。電話だからもちろん相手
の顔は見えないが、私はそのことばに含み笑いを感じとっ
た。
「あ、あの・・・」
 私はあわてて口走った。しかし、電話は切られ、信号音
だけが耳に響いた。
 私は独身だし、誰かに赤ん坊を産ませたままにしている
覚えもないのだが、私はそれが気になった。

 それから一週間後のことである。私は先週と同じく、相
変わらず資料作りに精を出していた。というのも、扱うC
D−ROMの種類が20種類から60種類に増え、それを
何としても来週には売って歩きたかったからである。
 仕事を始めたのが昼を過ぎていたこともあり、時計はす
でに夜の十一時を回っていた。電話が鳴ったのはそういう
時だった。
「はい、もしもし」
 私はやはり無愛想に返事をした。
「あの、塚本さんですか・・・」
 また、間違い電話だった。
「いいえ、違います」
 私は語気を強めて応対した。
「ああ、そうですか、違いますか」
 中年の男の声が、また抑揚のないものになった。そうい
えば・・・それは先週聞いた声とよく似ていた。
「あ、あの・・・」
 私が言いかけると、見えない中年男の背後で激しくせき
込む老人らしい声がした。
「どうもすいませんねえ」
 中年男の声が響き、また向こうから電話が切られてしま
った。私は再び、ツーツーという信号音を聞いていた。

 私はしばらく考えた。そういえば、私はここ一年以上も
ろくに収入のない状況だった。売れるあてのない小説など
を書いたりしていたのである。数年前に父親が亡くなり、
相続は放棄したが、毎年数十万円ずつ生前贈与された私名
義の貯金があった。それで生活をしていたのだ。
 しかし、それはもちろんほとんど税金を払わないことを
意味している。つまり、私のような人間は、赤ん坊や老人
の敵であることを電話の主は・・・。
 それにしても見えない相手はどんな男なのだろう。とん
でもない奴なのだろうか。いや、おそらく、きっとまじめ
な公務員であるに違いない。職務に真剣に取り組んでいる
公務員に違いない・・・。
 私はあわてて散らばっていたCD−ROMをスーツケー
スの中に詰め込むと、それをもって全速力で深夜の町を走
りだした。なぜか疲れは感じなかった。走って走って、や
がて大通りに飛び出した。もの凄い光の束とけたたましい
クラクションが私を包みこみ、私はそれに抱かれるように
寄りかかった。



                    おわり






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