AWC    11 冒頭の名文句


        
#3839/7701 連載
★タイトル (GSC     )  94/ 9/24   4:14  (185)
   11 冒頭の名文句
★内容

 形のある物を集めるのがコレクションなら、知識を集めるのも一種のコレクション
になるのではないか。そう考えた私は、小説の冒頭の文章を幾つか暗唱して、頭の中
へ収集してみることにした。
 古今の名作と言われる小説や随筆の出だしの文章は、いずれも皆、流れるような美
しい調子で書かれている。受験勉強で苦労した人なら誰でも、有名な古文の書き出し
の何節かは覚えているであろう。
 下にその代表的な幾つかを掲げてみるが、私は点字(仮名を主体とする記号文字)
で勉強してきたので、歴史的仮名使いや漢字を全く知らない。書物で確かめて正しい
漢字仮名混じり文で書けばよいのであろうが、人手を借りなければならないし、わざ
わざ私がそうしなくても、読者の方がよくご存じなので、ここではむしろ点字と同じ
ように仮名文字で記述する方が実感も湧く。と言いつつ、本当は面倒なのであるが…。

 いずれの おんときにか にょーご こーい あまた さぶらいたまいける なか
に いと やんごとなき きわにわ あらぬが すぐれて ときめきたもー ありけ
り。 (源氏物語)
 ぎおん しょーじゃの かねの こえ  しょぎょー むじょーの ひびき あり
しゃら そーじゅの はなの いろ  じょーしゃ ひっすいの ことわりを あら
わす  おごれる ものわ ひさしからず  たけき ものも ついにわ ほろびぬ
ひとえに かぜの まえの ちりに おなじ。 (平家物語)
 つれづれなる ままに ひぐらし すずりに むかいて こころに うつろいゆく
よしなしごとを そこはかとなく かきつくれば あやしゅーこそ ものぐるおしけ
れ。 (徒然草)
 ゆく かわの ながれわ たえず して しかも もとの みずに あらず  よ
どみに うかぶ うたかたわ かつ きえ かつ むすびて ひさしく とどまりた
る ためし なし。 (方丈記)
 つきひわ ひゃくたいの かきゃくに して ゆきこー としも また たびびと
なり  ふねの うえに しょーがいを うかべ うまの くち とらえて おいを
むかうるも ひび たびに して たびを すみかと す。 (奥の細道)

 記憶違いもあるかと思うが、ご覧のように、点字では文節ごとに升明けをし、助詞
の「は」「へ」を、「わ」「え」と書く決まりになっている。また、音を長く延ばす
所では「う」を使わず長音符を用いる。

 明治以後の作品で、次の物は特に名高い。

 ちに はたらけば かどが たつ。  じょーに さお させば ながされる。
いじを とおせば きゅーくつだ。  とかくに ひとの よわ すみにくい。
(草枕)
 せきたんをば はや つみはてつ。  ちゅーとーしつの つくえの ほとりわ
いと しずかにて しねつとーの ひかりの はれがましきも いたずらなり。
(舞姫)
 きそじわ すべて やまの なかで ある。  ある ところわ そばづたいに
ゆく がけの みちで あり …… ある ところは やまの おを めぐる たに
の いりぐちで ある。 (夜明け前)
 みちが つづらおりに なって そろそろ あまぎ とおげが ちかづいたと お
もう ころ あまあしが すぎの みつりんを わけながら ものすごい はやさで
ふもとから わたしを おって きた。 (伊豆の踊り子)

 完全にそらんじているつもりだったが、どれも皆あやしい。


 今は下火になったが、浪曲にも冒頭の名調子が多い。

 旅ゆけば 駿河の国の茶の香り…。 (広沢虎造  清水次郎長伝)
 利根の川風袂にいれて…。 (玉川勝太郎  天保水滸伝)
 遠くちらちら明かりが見える…。 (三門博  唄入り観音経)


 最近流行の小説や漫画の中には、どのような名文があるのだろうか?
 テレビ番組の「大江戸捜査網」というドラマの冒頭に、私の好きな名調子が、バッ
ク音楽に乗って登場する。

    隠密同心 心得の条

  我が命 我が物と思わず
  武門の義 あくまで陰にて
  己の器量を伏し
  御下命 いかにても果たすべし
  なお、死してしかばね 拾う者なし
        死してしかばね 拾う者なし。





   12 茶碗

 茶碗にも色々あるが、まず湯飲み茶碗から話を始める。
 円筒形の湯飲み茶碗もよく使われるが、私はやはり昔ながらの上に広がった形の方
が、いかにもお茶を飲んでいるという感じがして好きである。と言っても、私が今大
切にしている二つの湯飲みは、その中間くらいの形であろうか。
 一つの方は、合格祈願に伊勢神宮へ行った時、二見ヶ浦で姉が買ってくれた物であ
る。素焼きに近い手作りの品で、口に当てるとちょっと歯が浮きそうな感じがするが、
茶碗の側面にはめ込んである小さな蟹が実に色鮮やかだと言う。
 もう一つの方は、北海道博覧界の物産展で買った物で、これも手作りだが上薬がた
っぷり塗ってあり、持ち上げると重みがあって、側面には馬の頭が浮き出しになって
いる。
 急須も気に入ったのを何度か買ってきたが、不注意ですぐ割ってしまうので、最近
では平凡な物で我慢している。「形ある物は何時かは壊れる」とはいえ、掛け替えの
ない陶磁器は戸棚の引き出しにしまっておいて、滅多に使わない。

 抹茶茶碗には何万円もする物が少なくないが、私にはその値打ちが分からない。
 高校生時代に住み込みのアルバイトをしていた治療院の主人が抹茶好きで、朝・昼・
晩の3回、毎日必らず従業員全部に、手づから抹茶を立てて飲ませてくれた。それで
私は若い頃から抹茶を好んで飲む。そうなれば当然、茶碗も欲しくなり、旅行に行く
といつもみやげ物売り場を捜すのだが、一番安い物でも千円以下では買えないから、
なかなか集まらない。京都の清水焼・岡山の備前焼・佐渡の赤玉焼、それと祖母が昔
使っていた茶碗が五つばかりあるだけだ。

 5、6年前には、コーヒーカップを集めたこともあり、どうせ茶碗の色目や模様が
見えないのならということで、私は角張った物を揃えることにした。現在手元にある
のは、カップが四角で皿が菱形、カップが五角で皿が三角、カップも皿も八角形・十
角形・十二角形などのセットである。値段はいずれも一組1000〜2000円程度
で買える。

 茶碗ではないが、備前焼について、以下のような俗っぽい話がある。
 スナックが今ほどにはポピュラーでなかった頃、私はある知り合いの経営するスナ
ックへ初めて行った。名古屋の中心街のビルの一角にその店はあり、こぢんまりとし
た感じの良い店だった。経営者(オーナー)の特別の計らいで、私は一律2500円
支払えばよいと言われたが、当時の相場ではどんなに安く見ても5000円以上はし
たであろう。そうとも知らず私は、そのスナックに何時間も座って、ハイニッカの水
割りをガブガブ飲んだものだ。何回か行くうちに少しばかり申し訳ないような気がし
てきたので、3000円ずつ支払うようにし、自分では結構いい気になっていた。
 それにしても、私は酒を飲み初めると加速度的にピッチが上がってゆき、コップに
何杯くらい飲んだのか分からなくなってしまう所がある。かといって私は決して飲兵
衛ではなく、酒など何年口にしなくても平気なのだ。
 ある日、私はスナックのママに尋ねてみた。
 「私はいつも何杯くらい飲んでるのかなあ?」
 「そうですねえ、20杯以上は確実ですね。」
 私がいくら物事を知らないからといっても、名古屋の町の真ん中にあるスナックで、
水割りを20〜30杯も飲んで、つまみも食べるしカラオケも歌う。これが3000
円で済む筈がないことはさすがに分かる。
 それ以後、私はそのスナックへあまり行かなくなった。行けばつい沢山飲んでしま
うし、飲めば5000円くらい出さねばならない。私のこづかいではそれは無理だっ
た。
 1ケ月ほど遠ざかっていたある晩、スナックのホステスさんから電話がかかり、
 「今度の土曜日に、カラオケ大会をすることになりましたので、よかったら出てみ
ませんか?」
と言い、経営者も、
 「備前焼を賞品に出しますが、デパートで買うと十万円はしますよ。」
と誘ってくれた。

 話はさらに続くので、わずらわしく思う人はここから読み飛ばしてほしい。
 土曜日の夜、スナックに集まった20人ほどの人たちは、おおむね馴染みの客だっ
た。ママの司会でコンクールは始められ、二人一組で対向試合を行なうということで、
私は偶然にも勤め先の学校の生徒の父親とペアを組んだ。二人の内、一人が歌い、他
の一人が投票するという方式である。
 抽選で私がトップバッターに決まり、『別れの一本杉』を歌った。全部で10組だ
ったと記憶しているが、中に一際歌のうまい若者がいて、その歌いっぷりは堂々たる
ものだった。
 一通り歌い終って得点を集計した結果、私とかの若者が同点決勝となり、若者は2
曲目に、ニックニューサの『さち子』を歌った。
 私にはあまりカラオケのレパートリーが無いので、千昌夫の『北国の春』を歌うと
言ったが、会場からその時「これで勝負あった。」という雰囲気が伝わってきた。
 何しろ若者の歌にはメリハリがあり、地声を巧みに織り混ぜた歌い方は迫力満点だ
った。それに引き替え私の歌謡曲は丁寧にきちんと歌うだけで、味もそっけもない。
しかも『さち子』はドラマティックだが、『北国の春』はいかにもありふれていて鈍
くさい。
 けれども、私には他に歌い込んだ曲などないし、音の高さがちょうど良い。表現力
が乏しいとは言え、あがりさえしなければ私にだって音程と小節には多少の自身があ
る。
 爽やかに前奏が始まり、私は落ちついて歌い出した。
 「白樺 青空 南風…」
 何故か普段より楽に歌えて、2番へ進んだ。だが、3行目の歌詞を度忘れしていて
思い出せない!2行目が終わる所で、私は左側に座っている相棒の方へ助けを求める
ように顔を向けた。すると間髪を入れず彼が、
 「好きだとお互いに」
と次の歌詞を読んでくれて、ぴったり間に合ったのである。

 最後の投票により、私たちのグループは1票差で優勝できたが、後から考えてみる
と、お情けだったような気がする。
 今から20年も前の話で、近頃の私には、カラオケを歌って賞品をもらおうなどと
いう元気も根気もなくなっている。ただ、人間にはそういう時期もあるということだ
ろう。

 賞品の備前焼については、これまたはなはだ値打ちの分かりにくい陶器で、きりの
箱の紐を解くと、中から瓦のような焼き物が現れた。手触りがザラザラしていて、皿
というにはいかにもごつい。
 「これが十万円もするのだろうか?」
といぶかるような品だった。ちなみに百科事典で備前焼の項を調べてみると、
 「窯で焼く時、藁縄で縛っておくと、縄目の痕が付いて独特の模様ができる。この
模様のある備前焼は高級品とされている。」
とあり、確かにその模様らしき痕が残っているようだ。
 スナックの経営者については、別の物語になるのでここでは省くが、備前焼は彼が
郷里の岡山へ帰った折りに、知り合いの陶工に依頼して焼いてもらった物で、彼が言
うには、
 「これを焼いた人は、今はまだあまり知られてはいませんが、将来必ず一流になる
人です。名前も彫ってありますから、いずれ値打ちが出ますよ!」
とのことだった。









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