AWC    9 乗車券


        
#3838/7701 連載
★タイトル (GSC     )  94/ 9/24   4:12  (164)
   9 乗車券
★内容

 乗り物で何が一番好きかと問われたら、私は即座に「汽車」と答えるであろう。
 私は子供の頃、父に連れられて汽車に乗り、故郷と盲学校の寄宿舎を往復したもの
だ。今と違って交通が不便だったから、毎日通学することはできず、春・夏・冬の長
い休みの時だけ、汽車に乗って行き帰りした。休みが終って家から学校へ行かねばな
らない時のつらくて情けない想いに比べ、休みになって久しぶりで学校から家に帰る
時の嬉しい気持ち!その度ごとの懐かしい思い出については、別の随筆に書いたので、
ここでは省略するが、汽車は私の幼少期における〈ゆりかご〉だったに相違ない。

 「汽車と電車とどちらが速いの?」
というのが、幼い頃の私の疑問の一つであり、本当は
 「汽車の方が速いさ。」
と言ってほしくて、何人かの大人に尋ねたものである。
 SLのファンは多いが、私にはその姿が見えないから、汽車と言えばすすの匂いと
音である。煙で真っ黒になるのは困るけれども、すすの匂いの染み着いた車輌に乗る
と郷愁を誘われる。
 「シュッシュッシュッシュッ」「ポッポッポッポッ」
という蒸気機関車の音、そして、
 「ポーオーオーッ」
と鳴る汽笛こそは、幼い時から慣れ親しんできた『音の風景』である。

 電気機関車が登場し、ディーゼルカーからやがて電車に替わってからも、私は私鉄
よりも国鉄の方が好きだった。確かにサービスは悪いし、駅員は皆、偉そうに威張っ
ていたが、みんなの鉄道という意識が働いていたのだろう。
 『日本国有鉄道』が『Japan Railroad』に変わって、ある意味でサ
ービスは良くなり、経営も改善されたとは思うが、個人企業としての利益追求が第一
となってしまうのは寂しい気がする。

 さて、子供の頃、私の家の本立ての引き出しに、汽車の切符が束ねて入れてあって、
何故そんな物がしまってあるのか分からなかったが、大人になってから、私も列車の
切符を集めるようになった。
 そういう話をしていたら、あるボランティアの人が、乗車券のコレクションを私に
下さることになった。いわゆる記念切符で、『何何記念』という美しい絵入りの切符
が200枚もあった。
 「その道の人にとっては、すごく値打ちのある物らしいですよ!」
と言った人がいて、私は固く遠慮したのだが、そのボランティアの人は、
 「私も人からもらった物で、本当の値打ちは分からないから…。」
と言って下さった。
 今もそれは大切に保存してあるが、せっかくのご好意ながら、人が集めた物よりは、
自分が実際に乗った列車の切符の方に愛着がある。
 私は職業柄、あるいは故郷を遠く離れて暮らすことが多かったせいで、鉄道にはよ
く乗っている。列車の切符は基本的には出札口で駅員に手渡すべき物であるが、乗り
換えの都合で必ずしも手渡さずにすむことも多い。また、これは大きい声で言えない
ことかも知れないが、私が今住んでいる所の最寄りの駅は、かつて無人駅だったので、
珍しい乗車券だと、出札口の箱に入れずに持って帰ったこともよくあった。運賃をご
まかしたことは一度もないからよいようなものの、切符を家へ持って帰るのは多少後
ろめたい気がする。願わくば、自分が乗った切符については、希望により持ち帰って
よいことにしてほしいものだ。けれども、駅員の立場から言うと、不正行為につなが
りかねないので、望ましいことではあるまい。

 このことについては一つの思い出がある。
 札幌から何年ぶりかで故郷の愛知県に帰ってきた時のこと、新幹線という物に初め
て乗ったので、その券がほしくてたまらない私は、わざわざ豊橋駅で名鉄電車に乗り
換える時、出札口で切符をくれるように頼んだ。駅員は暫く迷っていたが、その乗車
券に〈無効〉の印鑑を押して返してくれた。ところが少し歩いた時、背後から先ほど
の駅員が私たちを呼び止めたのである。
 「モシモシ」
 「はい!何でしょうか?」
 妻がびっくりして振り向くと、その人が小声で言った。
 「他の人には言わないようにね!」
 とにかく私は大いに喜んだが、まだ若かった頃でもあり、特にそういうことの嫌い
な妻は大層不愉快を感じたようで、その後も度々不平を言われた。
 似たようなことは色々あった筈だが、昔のことで忘れてしまった。

 一口に乗車券といっても、紙質・大きさ・番号など様々あり、私が一番好きなのは、
手売りの分厚いボール紙の切符で、それを買うため、わざわざ駅の反対側から乗り降
りしたほどである。今ではほとんど自動販売機になってしまい、しかも自動改札用の
磁気性切符に替わっていくのは残念だ。

 切符に印刷されている番号も重要な要素であり、例えば、平成2年2月22日の
2222番がほしくて、その日は私たち一家総出でJRと地下鉄の駅へ出かけて行き、
目的の数字が出るまで何枚も切符を買ったものだ。物好きと言われてもいたし方ない。

 集めた切符類はどこにしまってあるかというと、卒業の時にもらった愛知県知事賞
のオルゴールの箱の中である。そのオルゴールは大ぶりの木の箱で、当時の県知事だ
った桑原幹根の名前が彫ってある。
 私は表彰されたことを自慢するつもりはないし、人間が人間に賞罰を与えることに
つき、賛否両論のあることもよく承知しているが、この木の箱は自分の趣味に合うと
いうのも事実で、オルゴールの音楽が『越後獅子』であるのもよい。若い時は、
 「こんな古くさい曲でなく、西洋のクラシックだったらよかったのに…。」
と思ったこともあるが、このごろでは、日本の伝統音楽だからなお良いと感じるよう
になった。





   10 他人のコレクション

 切手や絵はがき、こけしやしおり、洋酒の空瓶、寿司やの湯飲み、割り箸の紙袋や
駅弁の包み紙、そして車のホイールなどなど、それぞれ人によりコレクションは様々
である。

 私の先輩に、長年に渡ってマッチの空箱を集めていた人がいて、ある日それを私に
全部くれた。ところが、程なく私は札幌から名古屋へ転勤することに決まり、なるべ
く荷物を減らさなければならなくなった。せっかくもらったマッチ箱だが、何しろ大
きな段ボールにいっぱいあるので、息子と二人して半日がかりで精選した。気に入っ
た色目や印刷の物だけを厳しく選んだつもりだったが、それでも300〜400個は
残ったと思う。名古屋へ引っ越ししてきてから、そのマッチの箱が役に立ち、子供た
ちは退屈になると、よく廊下にそれらを一列に縦並べて、将棋倒しをして遊んだもの
だ。

 私の長女も、役に立たない品物を色々買ってくるが、今父親の私がホトホト呆れて
困っているのは、雑誌や文庫本を山ほど買ってくることだ。本を買って読むのは悪い
趣味ではないが、大作とか全集物、学術的な本などではなく、軽い読み物が多いよう
で、それがまた、部屋中、家中乱雑に散らかしてあるから困る。最初に与えた彼女の
部屋はとっくの昔に物置と化し、兄(長男)が独立して出て行った後の部屋を占領し、
末娘の部屋をも浸食してきた。それでもなお足りずに、納戸から廊下にいたるまで、
文庫本で埋まってしまっている。たまりかねて私が手当たり次第強引にそれらの本を
壁際のあちこちに積み上げ、頭の高さを越えても、まだいっこうに片づかない。毎月
の廃品回収の時には、なるべく不要な書籍を出すように言うのだが、一晩がかりで段
ボールの箱に5、6杯も捨てたかと思うと、また新しい本を買ってきてしまう。これ
はほとんど病気というしかない!
 ある真夜中のこと、突然ものすごい地響きがし、てっきり地震だとばかり思って目
を覚ましたが、どうも様子が違うので、確かめてみると、二階の本類が一気に崩れ落
ちた音だった。

 これと幾分似たような話をラジオで聞いたことがある。NHK通信高校講座の国語
の時間で、どこの大学の何という名前の講師だったか忘れたが、その先生の話ぶりか
らして、おそらく随筆か何かにこの話も書いて発表しておられるような気がする。以
下はその概略である。

 「書籍が増えすぎて整理がつかず、同じ本をまた買ってくることもある。」
 このテキストにそう書いてありますが、私にも思い当たる節があります。
 研究論文を書いている途中で急に参考書を調べたくなることがありまして、以前確
かに買った筈の書物が、そういう時に限っていくら捜しても見つかりません。結局ま
た本屋さんへ行って買ってくるということはよくあることです。そんな風で、私の書
斎は本でいっぱいになり、ネダ板(床下に横に通っている支えのための太い木)が折
れてしまいました。思案の末、近くにアパートを一部屋借りて、そこを書庫として使
うことにしたのです。
 さて、参考書を調べたくなる時というのは案外夜中が多いものでして、800メー
トルほど離れたアパートへ、時々自転車で本を捜しに行きます。ところが、いつも深
夜によそのアパートへ行って何やらゴソゴソやっているので、胡散臭い人間と見られ
たらしく、お巡りさんに不審尋問されてしまいました。事情を説明してもなかなか信
用してもらえず、わざわざアパートまで付いて来てようやく納得してくれたものの、
今度は説教を聞かされる始末です。
 「大学の先生なら分かっているでしょうが、夜中に勉強するのは不健康だし、それ
に、いらない本をもっと整理したら、こんなにいっぱいにならずに済むでしょう。」
とかなんとか…。


 私の同級生に、やはり盲学校の教員をしている全盲の男がいる。彼は学生時代から
真面目なクリスチャンだったが、生涯の仕事と趣味を兼ねて、『手で見る博物館』を
創るべく、色々な珍しい品々を集めている。彼は言う。
 「我々視覚障害者が知識として知っていても、実際に手に取ってみたことのない物
は、この世の中に沢山ある。それで僕は考えるんだが、全盲者が誰でも何でも何時で
も自由自在に手で触れることができる博物館のような物が絶対に必要なんだ。そう思
って、僕は珍しい物があると聞くと、なんとしてでもそれを手に入れたくて矢も楯も
たまらず、何処へでも出かけて行くんだ。」
 そして、日頃の静かな話ぶりと打って替わって、手に入れるまでのいきさつや苦心
談や、それら貴重な品々の特徴を、熱のこもった口調で語り続けるのである。
 彼は岩手県に住んでおり、盲学校の修学旅行のコースの中に、『手で見る博物館』
を含める学校もあるそうだ。私はまだ一度も見に行ったことはないが、とにかく色々
な物があるらしい。
 例えば、鯨や鮫の骨格や歯、外国の民族衣装、エアバスのタイヤなどなど、大きな
物から小さな物まで、家の中はごったがえしているらしい。
 当然奥さんの協力あってのことだし、ボーナスは勿論のこと、毎月の給料もほとん
ど『手で見る博物館』につぎ込んでいるようだ。
 それに比べて私の収集は、なんと無意味でくだらない物か!!









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