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★タイトル (EXM ) 94/ 8/12 20:30 ( 78)
JETBOY第6話(1)
★内容
第6話
「開幕前夜」
1
ざっと報道陣の数は100人をこえていた。
全日空スポーツが用意した取材許可証は既に品切れとなり、あぶれてしまった
マスコミ関係者は遊軍記者となってグラウンド外の取材に明け暮れるありさまで
ある。
取材の数だけで驚いてはいけない。
「やっぱ、効果あったなぁ」
矢島宏樹がちらりとグラウンドの外に目をやった。
全日空菅田グラウンド開設以来の快挙である。金網越しから幾千ものの視線を
そのほとんどの視線は、特に若干数のカメラ小僧のファインダーをも含めて、
一人の選手に向けられていた。
彼女のスパイクは、今日はじめて菅田の人工芝を踏みしめた。
背番号は協会届出番号の24番を背中にしょっているが、既に加茂監督の頭の
中には彼女の10番があるのかもしれない。
「まこと様! こっち向いてぇ!」
その期待に満ちた声援に笑顔で応える。
矢島の口頭からもたらされた「井上誠、菅田初見参」の情報はサッカー面の大
半を占めるにいたる。
こうして集まったのは、その記事を手にしたサポーター達であった。
井上誠がグラウンドを一周するたびに、悲鳴は更にボリュームを増していった。
「矢島ちゃん、チケット余ってない?」
「それだったら僕が欲しいくらいだよ」
記者ががっくりとうなだれた。多分、三つ沢での開幕戦のチケットをせがまれ
たのだろう。矢島と親交のある記者が、開幕戦のチケットをねだったのである。
しかし、このチケットはプラチナペーパーと化していた。横浜ジェッツの優先斡
旋は井上姉妹が本土に上陸した翌日に満杯となり、店頭販売及び全日空フリュー
ゲルス観戦ツアーの分も既に空席はない。
彼女たちのテクニックはサッカー通を魅惑する。しかし、Jリーグいや世界初
の女性リーガーというアドバルーンが効果てきめんであったことも否めない。
チケットを持っている人は幸運である。大衆は、SFチックな刺激のなかに自
ら飛び込んでいくことを厭わない。
選手はどうか。
姉妹の評価は真っ二つに割れた。
渚に声援が飛ぶこともある。カルト的なサポーター達が渚の後を追う。
本土上陸の翌日から練習に参加し、フリューゲルスイレブンとも溶け合って、
「マエゾノ、渚ちゃんから離れろよ、ボケ!」
「一平、俺達の渚ちゃんに手を出すな!」
フリューゲルスには若い未婚の選手が多い。渚は既に選手たちの人気者となっ
ていた。
特にご執心なのが前園と渡辺一平という「両巨頭」である。練習開始から一時
間が経過したが、渚から離れる気配は無い。
渚もこの二人とは波長が合うのか、和気あいあいと練習をこなしている。
シュートの練習中に度々、渚のロングキックが決まる。その度に肩を抱いたり、
頭を撫でたりする二人である。嫌がるどころか素直に受け入れるから、二人のや
んちゃは止まらない。
「あいつ等、渚はええから、もっと自分の練習に身ぃ入れてくれへんかな」と
いう加茂監督のボヤキなんて二人の耳には入らないだろう。
このボヤキは含み笑いを伴う。
しかし加茂監督の目の前を、もう一人の「ジェットボーイ」が通過する度に、
今度は正真正銘のボヤキが口をつく。
「あんなんで大丈夫かな?」
加茂監督の不安は誠に向けられた。
誠がフリューゲルスの練習に参加したのは始めてである。怪我をしたわけでは
ない。本人の意思だ。
加茂は、選手の自主性を尊重する監督である。練習量の大小で選手起用をする
ような小人物ではない。しかし、全く練習に参加しない選手を起用するなら、イ
レブンの反発を買うことは必至である。
誠は契約書に一筆入れた。「練習の参加は本人の自由に任せる」ということを。
加茂監督は、それを受け入れてしまったことを後悔している。ミニゲームをや
らせれば起用の方針が固まるのだろうが、外された選手の不信感は相当なものに
なるにちがいない。
イレブン全ての、誠に対する評価は最低であった。
「渚ちゃんの姉やなかったら、ロッカールームで強姦しとる」
ゴールキーパー・森敦彦のこの言葉でもまだ生ぬるいかもしれない。
イレブン全ての中にある誠の印象を決定づけたのは、あの鹿島での「事件」の
その後の経過であった。
「ハイヒール履きでグラウンドに入る馬鹿に、ボールを蹴る資格なんてあるも
のか」
この物騒なもの言い、鹿島の神様であり世界のサッカー界の神様でもある、ジー
コの発言なのである。このジーコの発言が、誠のキャラクターを決定付けてしまっ
たのであった。
誠は、神様を敵にまわしたのである。