AWC 「願望」(5)


        
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★タイトル (EXM     )  94/ 6/ 5  15:50  (149)
「願望」(5)
★内容
                  ★
 「じゃ、後はお願いします」
 「わっかりました」
 三郎の勤務時間が終わった。時計は丁度4時を回ったところである。タイム
レコーダーにカードを押し込んで、軽装一つで勝手口から出た。
 「サントス大学前店」は大学の東門の向かい側にある。今日は別に講義があ
るわけでもない。サークルや部活帰りの女の子をちらほらと見かける程度であ
る。
 三郎の目の前をスクールバスが走っていく。大志女子大は一貫教育制度の学
校だ。あの緑の帯のスクールバスは小学校の送迎バスである。
 三郎の娘であるところの茜は市立の小学校に通っている。三郎と啓子が共稼
ぎしても大志女子大付属に入学させることは不可能に違いない。この光景を見
るたびに三郎は自分の不甲斐なさ、自分がエリートじゃないことを恥じるので
あるわけだ。
 「茜の奴、こんな親父じゃ不満なんだろな。啓子さんも・・・・・・」
 三郎は自分の奥方の事を「啓子さん」と呼ぶ。
 彼の今までの生涯はどことなくパッとしないものであった。小中高校全ての
人生において成績もいまひとつの劣等生であった。大学は、地元の工業大学に
通っていたが、かろうじて可で卒業するに止まっている。
 容姿にしても主観的にいいとはいえず、運動神経の方に至っては運動音痴と
いう言葉そのままが当てはまる有り様である。
 なんとか掴んだ職が喫茶店チェーンの店長という、これまたパッとしないも
のであったわけだ。
 三郎は自分に劣等感を持ち続けていた。
 しかし三郎にも人生を楽しむ権利はあった。
 啓子と結婚出来たのは人生における唯一の得点であり、三郎を知る人間が口々
に「大金星」と評したものであった。
 しかし三郎は啓子と結婚できたというそのこと自体を未だ勿体ないと思って
いるのである。自分に啓子さんは不釣り合いだと。
 啓子は都会の有名私立大の出であり、言わばUターンして郵便局に勤めてい
るのである。現在は係長、うまくいけば課長も間違いない。三郎の地味な人生
よりは華のあるものである。
 結婚してからも、三郎の劣等感には何の変化は無い。一緒に寝てくれる自分
の妻の事をさん付けして呼び、子供の言うことには何も逆らわない。自分の能
力に自信が無い男は家庭でも卑屈さを全面に押し出してしまっていた。
 昨日の茜の家出にしても自分の過失だと思い込んでいるのである。
 「家に帰っても・・・・・・  」
 バス停の前で足が止まった。
 渦姫市民公園方面行きのバスは三分後此処に到着する。母屋の下には一人の
女子高生がいるだけだ。
 母屋の中で待つことにした。涼しくなるまでにはもう少し時間がかかるのだ。
ちらりと女子高生の方を見る。こちらも寂しそうな顔をしているのに気が付い
た。
                 ★
 渦姫市民公園は海に面した絶好のロケーションの中にある。
 白州の美しいビーチは、夏になると海水浴客で賑わう恰好の海水浴場となる。
近郊から遊びに来る客も後をたたない。この時期はまだ泳ぐのには早すぎるが、
ヨットやサーフインに戯れる姿はちらほらと見かける。
 「久々だな」
 バスから降りて、海岸へ向かって三郎は歩いていった。
 そして海水浴場入口前にある、記念碑に腰掛けた。
 「渦姫のものがたり」
 三郎の尻の下にある記念碑は、この地の民話「うずひめ」に由来するもので
あった。「うずひめ」とは人魚姫と浦島太郎を合わせたような話である。
 海岸に遊んでいた海国の姫が粗忽者の漁師に苛められているのを、丁度そこ
に現れた若君が助けてあげたことから話は始まる。海国の姫は若君に恋をし、
五年の歳月の後再び若君に会いにいく。しかし、海国の家老が謀叛を起こし、
海国と若君の国は戦をおこす。その戦の最中二人は再会したが、海国の武将の
剣が若君の体を貫き、いったんは死の淵を彷徨う。しかし姫が自分の魂を捧げ
る事によって若君は生き返り、謀叛を起こした家老も戦死する。そんな筋書き
になっている。
 この海岸が渦姫と呼ばれるのは、若君が姫の体を海に流して弔おうとしたと
きに、迎えにきた海国の父王が渦の中に死んだ姫の体を引きずり込んだことに
由来するのである。この街の人なら一度は必ず聞いたことがある民話であった。
 三郎はこの話が好きだった。
 海の向こうをみつめていると渦姫が微笑む姿が見えるようで・・・・・・。
 そんな折、三郎の目の前に嫌な光景が映った。
 「ちょっとねーちゃん、つれねーじゃん」
 「俺のここさぁ、もうビンビンよぉ、たのむからよーーヤラせてくれよーー」
 チンピラ紛いの男二人組が女の子を囲って嫌がらせのような行為に及んでい
る。サングラスをしたその恰好はいかにも凶悪そうに見える。
 女の子は掴まれてる腕を振りほどこうと必死だが放してくれるわけが無い。
泣き出しそうな顔をしていた。
 しかし見たことがある女の子である。
 さっきの、一緒にバス停で待っていた女子高生だ。
 「たすけてーーー」
 女の子の悲鳴が聞こえる。
 無視しよう、悔しいけど。三郎の非力では返り討ちがオチだった。
 けど、何者かが三郎に訴えた。
 「助けて、三郎おじさん」
 「助けて、おじさん」
 「お願い」
 耳にその声が響く。
 チンピラ達の行為はさらに悪劣なものになっていた。
 彼女の持っていた文庫本が砂浜の下に、ポトリと。
 三郎は無意識に叫んでいた。
 「やめろ! お前ら! 俺は警官だ!」
 三郎は必死に厳めしい顔を作った。
 目をつりあげ、口をへの字に曲げる。
 「はぁ?」チンピラ連中が三郎のところに歩み寄ろうとした。
 「なんじゃ、ポリなんか怖くねぇぞ」
 それでも三郎は、自分が考えつくかぎりの凶悪な面構えを変えなかった。
 三郎は内心怖い。それでも引き下がることはしなかった。
 魂の中に響く声が「頑張って」と後押しする。
 ハッタリでも構わない・・・・・・。
 しかし、そのハッタリは効果的だった。
 「こんなブス、いてこましてもしぁないわいっ! 」
 運がよかったのだろう。チンピラ連中は三郎の所には歩み寄らず、明後日の
方へ訳のわからない捨て台詞を残して消えていったのである。
 数分後、チンピラの姿は見えなくなっていた。
 「ああ、こわかったこわかった」
 急に腰砕けになってしまった三郎。勇気を出してチンピラを追っ払った喜び
よりも、恐怖を脱した後のショックで泣き出しそうになっていた。
 三郎はこんな場所から逃げ出したかった。
 記念碑の所から立ち去ろうとしたとき、
 「おじさーん」
 後ろから声がした。
 「おじさん、いやお巡りさん。助けてくれてありがとうございます」
 女子高生が三郎の後を追いかけてきた。
 三郎が振り替えるとそこに女子高生、先程チンピラに囲まれて嫌な思いをし
た筈の彼女が既に背後に居た。
 「あれね、警官だってのは嘘だよ・・・・・・  ああいっておけば、引き下がるか
な? ってね」
 三郎は正直に言った。
 「けど、それだったらなおすごい。度胸があるね」
 女子高生はきんきんとした声で三郎の事を褒めた。
 「僕も、本当はすごく怖かったんだけど、君みたいな可愛い女の子があんな
目に遭っているのを見たら、なんだか黙ってられなくて」
 「可愛い? 私が? 」
 女子高生は笑った。「どうせだったら『綺麗だ』って言って欲しかったな」
 「綺麗ですね・・・・・・  」
 正直に言った。
 実際、この女子高生の容姿は相当のものである。ストレートのロングヘアと
きりりとした瞳が三郎にとっては印象的であった。紫色のブレザーが実に似合っ
ている。
 モデルとかやってないのかな? それだけのものはあると三郎は思った。
 「何より無事で良かった。それ、それよりも、ね、早くお家に帰った方がい
いよ。お母さんも心配してるだろ」
 家出娘の事もあったのか、そういう説教調のことを言った。
 「そうね、ウチのお母さん、厳しい・・・・・・  から」
 女子高生の表情が曇ったように見えた。
 「けど、もう少し此処にいる」
 「そう」
 三郎は、それ以上くどいことは言わなかった。
 「じゃ、僕はさきに帰るから」
 三郎は手を振って、海岸をあとにした。
 女子高生の視界から、次第に三郎の姿が消えていく。
 その、実は彼女にとって見覚えがある後ろ姿を見てこう言った。
 「三郎おじさん、やっぱり淋しいのね」
 女子高生はまた、海岸のほうへと戻っていった。
                 ★
 海岸の小さな貝殻を、綺麗な貝殻を拾って集めて、砂浜に腰掛ける。貝殻を
並べて宝石屋のショーウィンドゥのように並べてみた。
 夕焼けの茜色が次第に濃くなり、潮が次第に満ちつつある。
 「捨てられた・・・・・・  」
 女子高生の、先程とは対照的な淋しげな顔がうつむいている。
 貝殻ひとつ、なげた。

                         つづく




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