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★タイトル (AZA ) 93/11/13 9:41 (200)
アノンサーガ(16) 永山
★内容
名乗りを上げたのは、エチーニもまだしかと覚えていない、新顔のきこりだ
った。無口な野郎というだけの、印象の薄い男だ。新顔と言っても若くはなく、
仕事にあぶれ、仕方なくきこりになったような感じだった。
「おまえ、大丈夫か?」
「はあ」
頼りなさげな口ぶりで答えると、新顔きこりはそろそろと前に進み出た。巨
漢の割に、細やかな歩き方だ。
「やらせてもらいます……」
「どうぞどうぞ」
賞金をかけている男は、真剣な表情で促した。よくよく見れば、かなりの美
男で、どこぞの貴族かと感じさせる面影がある。
それに対し、きこりの方は、目が顔に埋もれてしまいそうなほど小さく、身
体と釣合が取れない。最も、丸みを帯びた顔そのものは、巨体に合っている。
「よっし」
きこりは槍を持ったかと思うと、数歩後戻りをし、勢いをつけるようにして、
一気に的を狙った。
腕を放れた槍は、先のエチーニがやったときと同じ様な音を立てながら、ぐ
んぐん的に近付くと、そのまま的を貫いた。それだけでなく、何と、的を掛け
てあった大木の幹までも貫通しかけていた。
「おおぅ!」
どよめきが起きた。
こいつが、あの大人しいのが、簡単にやってのけるなんて。エチーニは信じ
られない気持ちだった。
「見事だ。ふむ、素晴らしい。狙いの正確さといい、力といい」
男はしきりに感心した様子で立ち上がると、きこりを誉め讃えた。
「あなたの名は?」
「ロイドンといいます」
「私はマルケスです。とにもかくにも、賞金をお渡ししたい。付いてきてくれ
ますか」
「ええ。きこり仕事じゃ新顔で、あまり回してもらえないんで」
ぼそぼそと言うと、ロイドンはマルケスの背中を追うように歩き出した。
「最近、頻繁に来られるな、ヘックス殿」
若き女王ハツは、ウェルダンからの謁者の度重なる訪問に、ある種の違和感
を覚えていた。
「本日は、ご内密の話がありまして、できれば他の方々には席を外してもらい
たいのですがね」
「……」
ヘックスを見据えてから、ハツは左手を軽く挙げた。それを合図に、従者数
人が場を去る。
「これでここには二人、ヘックス殿と私しかおらん。何用か?」
「……他の皇国の方は、もうお年ですなあ。若い方は、あなたぐらいのもので
す、ハツ様」
「何が言いたい?」
「再興する気がお有りなのは、あなたぐらいではないか、ということでさあ」
「我がワンラ皇国は、もはやほんの数名からなる、国と呼べぬ集まりに過ぎぬ。
そう自覚しておるが……」
「ワイリ王が、そう思わせたがっておられますからな。その意味でウェルダン
の策略は当たっている。ですがね、ちょいとつついてご覧なさい。水風船は破
裂し、大混乱となりますよ」
「たとえ話は、好かぬ」
「これはこれは。まあ、言いますと、ウェルダンの統治じゃ不満を持っておる
者はいくらでもいる。ただ、ちょいとばかし、ウェルダンの力が恐ろしいから、
平穏に見えるだけで。ここで盤石の体制を築かれたら、ウェルダンの世は永久
に続きましょうな。ガキ一人が生き延びたとはいえクローナスは滅び、残るは
賊の類だ、盤石の体制の完成も間近ですな」
「そちらにとって、思いの通りではないか」
「それはどうですかね。自分は世渡りが下手でしてね、こんなお使いしか仕事
をさせてもらえない。まあ、出世は見込めないという訳ですな。
それよりも、ハツ様。完全に平定がなれば、皇国は不用になる。この事には
お気付きでしょうな?」
「何を言う。ウェルダンは、現在の皇国を永代に渡って、保護すると約束して
おる」
「そんな甘言、信用してはいけませんぜ。皇国は、あくまで『もしも』のとき
のため、ウェルダンが皇族の名を利用し、人心をとらえようとせんがため。こ
の大陸が完全に平定されたとき、どうなるか? 聡明なハツ様が推測できぬは
ずありますまい」
ハツは押し黙るしかなかった。事実、その事には感づいていたのだ。だが、
いたずらにそれを触れて回っても、我が皇国の命を縮めるだけ。少しでも、心
配事は先に延ばそうと願う、後向きな考えをせざるを得なかった。
もっとも、他の皇国の御人はその事にさえ、気付いておらぬ様子であるが。
「それがわかっていても、どうにもならぬ。どうしろと言うのだ?」
「およそ一ヶ月後、王は巡行に出かけられる。無論、この皇国にも回って来ら
れ、その威光を見せつけるでしょう。ですが、こいつはいい機会でもある。最
もこの皇国から離れた地を王が巡行しているときに、反乱を起こせば、成功す
る確率はかなり高いと思いませんか?」
「何を言い出すかと思えば……」
疲れたように、ハツは背もたれに身体を投げ出した。
「そんな事は夢物語。皇国には何の武力も持たされておらん。それで、どうや
って反乱を起こせるのだ」
「当然ながら、皇国の方に武力面で期待をしているんじゃあ、ありません。私
はハツ様の、人心を引き付ける力をお借りしたい。あなたさえ動いてくれるな
らば、強調の意を示す者は数多くいます」
「一族皆殺しにされかねない話をしておるな、ヘックス殿。我々の間には信頼
関係がない」
「それは悲しいですな」
「ここでそなたの計画を承知して、そなたが我らをウェルダンに売り、自身の
出世に役立てないとは言い切れまい?」
「手厳しい。どうすればわかってもらえますかね」
考える格好をするヘックス。本当に考えているのかどうかは、判断できない。
「こんなのはどうですかね。ウェルダンの大物役人をここの視察に招き、暗殺
するってのは。暗殺を命令する文書を、私の血判を付けてお渡ししますよ。信
頼のために」
「話半分で聞いておるのだが……。どうやって暗殺するのだ? さほどの大物
役人ならば、簡単にはいくまい」
「あなたの術がありましょう。一般の民から見れば、あなたは『神』なのだか
ら」
ハツは多くの皇族の中でも、神秘的な術を使える事になっている、一種の巫
的存在である。少なくとも、ウェルダンの侵略前まではそう通っていた。
「冗談を聞くつもりはない。我が力がまやかしであるのは、もはや公然の事」
「ですが、お札なんて物があるでしょう。あれを使えば、ある種の事故死に見
せかけて、人を殺すことができる」
ハツが黙っていると、ヘックスはまず、血判状を書いてみせると言い出した。
「いかに事故死に見せるかは、その後ということで」
気乗りしないそぶりをしながらも、ハツはヘックスに血判状を書かせた。
そうしてヘックスは、殺人手段を耳打ちし始めた。
マルケスに連れられ、ロイドンは廃坑跡の穴に足を踏み入れた。
「驚きましたか? 奥に私の住まいがあるのです」
冗談でも言うような口ぶりのマルケス。しかし、その表情は徐々に引き締ま
っていくようである。
「こんなとこ、住んでいるとは、あんたぁ、ただの人じゃないようで」
ロイドンのそんな言葉には答えず、マルケスはさらに奥へと進む。すぐに天
幕のような物が見えた。黒く汚れているが、丈夫そうである。
「狭いところですが、二人ぐらいなら広く使えます。どうぞ中へ」
「……」
もはや何も言わず、ロイドンは中に入った。明りが弱々しく灯してある。つ
いでマルケスが入り、素早く入口の布を閉ざした。
「早速ですが……お約束の賞金は、ここにあります」
書き物机のような木の台の下から、マルケスは革の袋を取り出し、床にどん
と置いた。
「確かめたければ、数えてください。その後でよいですから、少し、私の話を
聞いていただきたいのです」
「……いや、数えなくていい。先に話を聞かせてください。気になってしょう
がないんで」
どうにか落ち着いてきたロイドンは、普段の口調に戻って言った。
「では……」
居住まいを正したかと思うと、マルケスは今まで以上に真剣な表情となり、
やがて口を開いた。
「私、マルケスは、テラエル国の生まれです。ご存知かどうか、テラエルはウ
ェルダンに征服された国の一つで、二つの国はかつて同盟の関係にありました」
「知っております。ウェルダンは裏切った」
「その通り。人の心を持たない奴らは、知略と称して平気で我がテラエルを裏
切り、その領土を奪った」
マルケスの拳は、膝の上で強く握られていた。話を聞くロイドンも同じよう
にしていた。
「私の父は、テラエルで宰相をしていました。裏切りの日まで、父はウェルダ
ンの者と協力し、二国の理想的関係の実現に尽力していたのですが……。裏切
りの日、真っ先に殺されたのです、父は。父を含め、テラエルの政を司ってい
た者の大半がいわれのない罪を着せられ、処刑されたのです。そして権力はウ
ェルダンに移りました。それと同時に、何とか生き延びることのできた私は、
決心したのです。私の残りの人生は、ウェルダンの王に居座るワイリを、この
世から消し去ることに使おうと。そして、それを実現させるために、あなたの
協力を仰ぎたい。七日後、このアックスの地を、ワイリ王の巡行が通りかかる
予定になっています。あなたはその腕で、ワイリめがけ槍を投げつける! …
…それだけです」
「……」
息を飲んでいるロイドン。
マルケスは話を終えると、どこから取り出したのか、短刀を右手にロイドン
の巨体に近寄り、右手の物を首筋へと突きつけた。
「ここまで聞いてもらったからには、否と言われても、もはや帰す訳にはいか
ん。死んでもらうことになります」
マルケスは強く、押し出すように言った。
が、惚けたようなままのロイドンに、少し不安に駆られたか、
「応か否か、返事を!」
と、問いをはっきりと繰り返した。ようやく答えるロイドン。
「応、です」
「……よかった」
相手の目をのぞき込み、その真意を確かめた上で、マルケスは短刀を収めた。
「マルケス殿、このために、あなたは賞金まで用意して、あのような競争をさ
せたのですか」
「そうなのです。あの槍を遠くまで、正確に投げる力が私にはない−−」
「いえ、そういうことじゃなくて、あんなことをしなくても、そのまま私に声
をかけてくれれば、私は喜んで協力しました。もちろん、そんなことはできな
いのでしょうが」
ロイドンは複雑な笑顔を作ってみせた。今度はマルケスが戸惑う番だ。
「?」
「私もテラエルの生き残りなのです」
ロイドンは、今はない祖国の同志と引き合わせてくれた偶然に感謝していた。
「ロイドン!……さん」
そして、驚いたような声を上げるマルケスと、しっかりと抱き合った。
月がかわった最初の日、ワイリ王を筆頭とする巡行が出発した。一つの街が
移動しているかのような、仰々しいまでの行列である。そのほとんどの者は、
王の身を守るためにいるのだ。ワイリ王自身は、黒く立派な造りのゴウ車−−
窓の具合いを調節することによって温かくも涼しくもできることから、温涼車
と称される車の中にいる。そこから威光を発するのだ。
一行には、王子のヴィノや王女のミオンはもちろん、ウェルダン四大将軍と
呼ばれる内の三人、マリオス、シャイア、そしてドグマも付き従った。もう一
人の将軍、ザルツは王都の警護を任ぜられたため、巡行には付いて行かない。
マリオスは鉄球鎖と剣の使い手で、それらの武器を振り回して戦う姿から、
人間風車と称されている。四大将軍の中では年長者であるが、無尽蔵の体力を
誇る。
シャイアは長刀の名手。軽やかに動き回りながら長刀を操る姿は、女性だと
いうことを差し引いても、美獣と呼ばれるにふさわしい。男への対抗意識が強
く、他の将軍との協調性は薄い。
今回は留守部隊の長となったザルツは、彗星に例えられている。と言うのも、
彼の得意とする鎖鎌の動きが、彗星をほうふつさせるからである。また、長髪
をなびかせ、ゴウを疾駆させる格好が彗星に似ているためもある。
彼らに対し、ドグマは恐竜とあだ名されている。大剣を牙あるいは巨大な爪
のように用い、猪突猛進する戦い方にぴたりと重なろう。兵士や民の間での彼
の勇名は、クローナスを叩き潰したことで、また上がっていた。
無論、「ケムロックらを逃したではないか。詰めが甘いんじゃないのか」と
陰口を叩く輩もいたが、ドグマ自身は全く気にしていない様子でいる。やっか
み半分の連中なぞ、取るに足りない存在なのだ。彼が気にするのは唯一つ、王
たるワイリが彼を見る目のみ。
ドグマが温涼車を振り返ると、お付きの者が何か伝えているところであった。
「そろそろアックスに通りかかります」
−つづく−