#3471/7701 連載
★タイトル (RDF ) 93/11/10 19:38 (119)
憧憬異常 <1> 月境
★内容
からん。
扉の鈴が鳴った。入ってきたのは二人組の少年。
もう、暮れどきの、とある喫茶店。ふたりとも白を基調にしたラフな恰好をしている。
「いらっしゃい」
アルバイトの少年がふたりのテーブルに水をもってきた。
「何時ごろ終わる?」
唐突にひとりの少年が声をかけた。茶色い瞳に茶色い髪。良家のご子息らしく、物腰や
しぐさのひとつひとつに気品がつきまとう。
「後、30分くらいかな」
「おい、30分も待たせる気かよ」
応じたのはもう一人のほうの少年。黒い瞳に黒い髪。さらさらの前髪が顔をもたげると
わずかに耳にかかる。純和風少年。
「しょうがないじゃないか史生。お客さんがいるんだから。聡貴、僕ココアね」
しう、と呼ばれた少年は、不機嫌そうに相手の少年をみる。少年のほうは一向に気にし
ない様子で、全く別のことをいいだした。
「史生は何にする?」
「コーヒー」
仏頂面を向けたままボソッと答えた。
「コーヒーとココアね」
聡貴は明るく応じるとぱたぱたと奥のほうへ姿を消した。史生の仏頂面には馴れている
ようで、相手の少年同様、気にしている気配は微塵もなかった。
彼らは名門校・条等学園高等部所属、3年E組の同級生である。
聡貴はともかく、ほかの二人は、個性や容姿がどうこういう前に名前で注目された。
『塚本史生』。
『天奏襲』。
それぞれ『つかもと しう』、『てんそう かさね』と読む。 しかし、彼らの名前を
一回で読める教師も生徒も皆無だった。
「史生、宿題終わった?休み時間中机にかじりついていたようだけど」
「あと1ページ残ってる。かさね、お前は?」
「僕?僕は家で終わらせてきた」
長期休暇の宿題は、休暇に入る前に終わらせるのが彼らの流儀である。旅行にでるとな
ると、尚更のことだった。彼らはこの夏休みに行く旅行の予定の、最後の確認をとるた
めに集まったのである。
「寮のほうの手続きは済んだ?」
「ああ。昨日すませた」
「どうせなら、うちに来ればいいのに。帰省の手続きしてさ」
「やだよ。サブ・コンと毎日顔会わすなんて」
「史郎が嫌いなわけ?」
「嫌いじゃない。尊敬してるよ。だけど苦手なんだ」
「複雑」
神月史郎は襲の育ての親で従兄弟でもある。天奏の家風にならっていえば『お守役』。
襲の家はいまだに封建制度まがいのものが顕在し、多忙で一年中ほぼ帰ることのない主
人のかわりに、先祖代々仕えてきた神月家の人達が天奏の家の中を仕切っている。とく
に『お守役』の史郎はほぼ住み込み状態だった。
その史郎が大学時代、親戚のコネで半年間ほど、プロのオーケストラの副指揮者をし
ていたことがあった。その時期に、全国規模のコンクールで優勝を獲得した史生が、ゲ
ストとしてそのなかにいたという。
史生は、この七月に条等学園に転入してきたばかりである。にも関わらず、ずいぶん
と前からパソコン通信を通じて知りあっていたせいで、その結果として、史生も襲も互
いのことについては結構詳しい。
「正直、今でも信じられない。あのサブ・コンがお前を育てたなんて」
「僕は史生の言ってることのほうが信じられない。あの史郎が怒鳴るなんて」
史生の話す『神月史郎』は、襲の知っている史郎とはまるで別人のようにるォつい性格で
ある。これじゃあ、まるでジキルとハイドだと、襲は眉をひそめた。
そんな襲に史生はわずかに身を乗り出していう。
「2回、間違えるとストップがかかってさ、冷たい視線で全員をジロッと睨みつける。
んで、3回間違えると怒鳴りつけるわけだ。『やる気がないなら帰って下さい!』って
ね。でも人気はあったぜ」
「どうして?」
不思議そうに襲が問い返す。史生は淡々として答えた。
「サブ・コンの指導はいつも的を射ていて、曲が完成するのがものすごくはやいんだ。
それにあの綺麗な容姿だろ?」
襲はすこし間をおいてこたえた。
「なるほど」
「それはともかく、あのサブ・コンが育てた坊っちゃんが何でこんな柔和な性格なんだ
ろうな。おれとしてはもっときっつい性格であって然るべきだと思うけど」
史生は「奇々怪々」とつぶやいて襲をみた。
「案外、僕も二面性をもつ人間かもよ?」
彼にしてはめずらしい、皮肉っぽいわらいが口元にうかんだ。
「ジキルとハイドみたいに」
史生はわずかに目を見開いた。
何が言いたい?と問いかけるはずの声は聡貴の「おまちどうさま」で中断された。
「はい、ココアに、コーヒーね」
手際よくテーブルにおくと、またぱたぱたと奥へいってしまう。
「有難う」
襲は聡貴にむけて言った。客はかなり減ってきている。
「面白いこと、教えてあげようか?」
一拍おいて襲が言った。
「面白いこと?」
「きみのいう『サブ・コン』が、現在どんな仕事についているかってこと。史生、君は
何をしていると思う?」
襲は悪戯っぽく笑って史生を見ている。史生はすこし考えをめぐらせてみた。ちょっと
想像つかない。そこで、絶対ありえそうにないようなことを口にしてみた。
「サブ・コンの仕事ねえ・・。案外カウンセラーとか?」
言って、彼は吹き出した。
「まさかね」
ところが襲は驚いたように眉をあげた。
「当たらずとも遠からず。史郎はね、今は精神科医してる」
史生は思わず襲を凝視した。
「いま、なんていった?」
襲はにっこり笑った。ついで、ぐっと身を乗り出して史生をみた。
「せ、い、し、ん、か、い、って言った」
絶句した史生を楽しげに観察しながら、襲は続けた。
「老若男女を問わずすごい評判のいい、優秀な、お医者さましてるよ」
史生はぽかんと口を開けて襲をみた。
「サブ・コンが医者だぁ?」
ことごとく音階の狂った声。
「ぷっ!」
普段が油断も隙もないような人間なだけに、この声にこの顔は立派に笑える。数十秒後
、ぽんと肩をたたかれて、彼はなんとか笑いをおさめて振り向いた。
「聡貴。ああ、終わったんだね」
何時の間にか客は襲と史生だけになっている。午後7時半。襲たちがきてからちょうど
30分をまわったところだった。
「なに笑ってんの」
「史生をみてよ、豆鉄砲くらったハトみたい」
またうつむいてくっくっと肩をゆらす。言われて彼は史生をみた。
「あや、ほんとだ。史生、しっかりしな」
史生は茫然と聡貴をみた。
「聡貴、神月さんが精神科医って本当か?」
「神月・・ああ、史郎さんのこと。そうだよ、お前最近転入したばっかりだから知らない
かもしれないけど、学校のちかくに大きな総合病院があってさ、そこの精神科の先生し
てるんだよ」
数分間の沈黙の後。史生はひどく生真面目な顔でつぶやいた。
「精神病には気をつけよう・・・」
「ぷっ!くくく・・」
襲はテーブルにつっぷした。