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★タイトル (AZA ) 93/ 9/12 9:27 (200)
アノンサーガ (14) 永山
★内容
「本当か?」
マニマニから飛び降りたキッドは思わず、旅人の内の一人に掴みかかるよう
に聞いた。
「な、何だね、あんたは……」
「あ、すいません。本当なのですか? そのシャムファットの国が壊滅したと
いうのは」
「ああ、本当だとも。知らないのかい? そりゃ、珍しい」
男は目と口を丸くして、興味深そうに答えた。
「クローナスは焦土と化しているらしいよ。ドグマの手によって、シャムファ
ットは討ち取られたと聞いたし、もう、これでウェルダンの天下は永劫に続く
だろうさ」
もう一人の男が、あきらめ加減に答え、続ける。
「わしら商人はまだよいが、百姓達は大変だよ。税の圧迫がねえ」
「そうそう。あんたらも百姓じゃないんだろ? こうして旅なんぞをしている
からには。ほんとによかったのう。商いは領主にちょいと”もの”を包めばい
いんだから」
聞いていて、キッドは腹が立ってきた。だが、それをここでぶちまけてもま
るで意味がないので、ぐっと堪える。
「どうもありがとう。引き留めてしまって」
「いやいや、構わんよ」
キッドの礼を聞き流した旅人二人は、また何か別の話をしながら、反対方向
に去って行った。
「……いよいよ、時間がなくなってきた訳です」
ルイコウは、旅人らが声の届かぬ距離になるのを待って、口を開く。ルイコ
ウもマニマニを降りていた。声を落とし、ユークに尋ねた。
「時間の余裕はどのくらいありますか?」
「正確に知るすべはありませんが、クローナスから引き上げ、戦勝報告や恩賞
の時間があって……最低六日は持つと……思いたい」
ユークはうつむき加減になりながら、絞り出すように言った。自然、歩みは
遅くなる。
「六日ですか。先ほどの二人の話が二日遅れで伝わったのだとして、四日」
考え込む様子になったルイコウ。
その間に、キッドはエアに話しかけた。
「エア、今夜もやっぱり、宿は無理かもしれない」
「そんなの嫌だよ」
年端の行かぬ少女は、今までの話ぶりから察していたか、短く反対した。
「ついさっき、言ったじゃない。嘘つき」
「やめなさい、エア」
たしなめるのはレジュン。と言っても、彼女にしても、クローナスの敗北が
どうしてより急がねばならないことにつながるのか、知らない。
「キッド」
「何、ルイコウ?」
ルイコウはキッドに近付くと、さらに声を小さくして続けた。
「ユークもちょっと……。今夜は宿に泊まろうと思うのですが」
「どうして? ユークの一族が危険にさらされるかもしれない」
「それは承知しています。ですが、今、私達の歩みは、進むべき道をはっきり
とは捉えておりません。まず、クローナスに関する詳しい事実を知らなければ
いけない。本当に壊滅してしまったのか、生き残りはいないのか。ドグマの地
位はどうなるのか、上がるのか変わらないのか、もしかすると下がるのか。そ
ういった事を知った上で、進むべき道を決めるべきです」
「しかし、進行を早める以外に、何があると言うんだ?」
「早く行くだけが至上ではない。いつ、ウェルダンに対して対抗する旗色を鮮
明にするか、難しい問題でしょう。それに、他の方法もあります。あくまで例
えば、ですが、ユークの一族を守るため、私達全員が捕まったふりをし、ドグ
マの所へ出るという手段もありましょう。クローナスの地が不安定ならば、そ
こを狙うのも有り得ます」
「……わかった。自分はルイコウに従うさ。だけど、ユークは」
キッドはユークを見やった。ユークは硬い表情だ。
「確かに、ドグマはこの時期になっても私が戻っていないことを知れば、不審
の念を抱くでしょう。こう言っては何ですが、ドグマは多分、『マヅ達を打ち
破った男』に対して、さほど注意を向けてないはずです。ただ、私が命を遂げ
て戻らぬ事を疑うだけ。私としては、とにかく、人質とされている仲間の安全
を考えたいのです」
「それについては、考えがあります。今は私を信じ、ついてきてくれませんか」
ルイコウはきっぱりと言った。その目には、確信めいた物があった。
「……信じます」
ユークの答は決まっていた。
三人の男の意志が統一することは、間接的にエアを喜ばせた。何故ならば、
宿に泊まれ、久しぶりにちゃんと眠れるのだから。
「ヴィノが、あのひ弱な王子が、ワイリ王に文武の教えを乞うたのか!」
部下から知らされた話を、ドグマは驚きを持って受け止めた。
「その通りです。どういう風の吹きまわしか知りませんが、次期王は確定かと」
ドグマの野望を知る部下は、気遣いながらもその言葉を口にした。
「言うな!」
怒鳴るドグマ。酒を飲んではいなかったので、叩きつけるグラスもなかった。
まさか、あの王子が、武人としても出てこようとは……。前のままであれば、
名ばかりの二代目王として、適当にあしらうこともできたろうが、ヴィノが本
気で王となる気なら……消すしかない。それより以前に、王女のミオンを射止
めておかねばなるまい。ふん、あんな小娘に形だけでも求愛せねばならんとは
しゃくだが、それも将来のため、我慢するとしよう。
しかし、今は機会ではない。クローナスを攻略したはいいが、ワイリ王に与
えた印象は決して良いと言えぬ。論功行賞はまだなされてないものの、間違っ
ても自分に大きなほうびがあるとは思えない。クローナスの統治も近隣の郡主
が合わせ持つことになろう。単に、このドグマを援軍したというだけで……。
こざかしいロハンにケムロックを見つけ出し、汚名を晴らすか、それとも山
賊の征伐で手柄を取るか。くっ、もはやウェルダンに敵は少ないことが、かえ
って手柄を立てにくくしてるな。皮肉だ。
ウェルダンが大陸に進軍を始めたあの頃、ミオン王女がある程度の年であっ
たならば、堂々と名乗り上げられたものを。と、昔の事を言っても始まらぬ。
この二十年を無駄にする気はない。ここまで妻をめとらずに来たのは、ただこ
れだけのためと言ってもいいのだからな。
「次の巡行はいつからだ? それに王女は付き添うのか?」
ドグマはある目算を立ててから、部下に質した。
「はっ。確か、ちょうど一月後だと記憶しております。当然の事ながら、ミオ
ン王女様も付き従われるはずです」
「そうか」
不敵な笑みを浮かべると、ドグマは目の前の部下を下がらせ、“非公式な部
下”を呼んだ。
「レジュンとエアは、もう寝たみたいだな」
キッドは部屋に入るなり、そう言った。他にいるのは、ルイコウにユーク。
「心おきなく話せる。ルイコウ、クローナスの状況はどれぐらいわかった?」
「怪しまれぬよう、細心の注意を払ったため、あまり詳しくは聞き出せません
でしたが、国土そのものは壊滅状態のようです。しかし、クローナス国王シャ
ムファットの息子・ケムロックは、腹心のロハンら数名と共に逃亡している模
様。ウェルダン側は、これを躍起になって追っているらしいですね。
それからドグマの事ですが、シャムファットを倒した功績はあるものの、ケ
ムロックらを逃した点や予想外の戦力を割いた点を差し引かれ、結局は現在の
地位のままだろうという噂です。正式な論功行賞は行われていませんので、断
定はできませんが」
「なるほど。それで、それらの事から何をどう判断するのだ?」
「まず、ユーク。あなたはすぐにドグマに報告に戻るのです」
「ええ? 何と?」
ユークは、ルイコウの顔をまじまじと見た。が、彼にはこの軍師が何を考え
ているのか読み取れない。
「無論、手ぶらで帰れるはずはないでしょうから、首を用意しなければならな
い。顔は、さほどキッドに似ていなくても構わないが、性別と年齢ぐらいは同
じにするのがいい」
「しかし、ルイコウさん。どうやって首を手に入れるのです?」
「そうだよ。まさか、墓を荒すなんて事はできない。真にせっぱ詰まっている
のならともかく、今はまだ他にも道はあるのだから」
ユークに続いて、キッドも言った。彼らに対し、ルイコウは軽く微笑んで見
せ、言葉をつなげた。
「私が考えているのは、チムニーのことです。彼に頼めば、首を用意する事ぐ
らい、簡単でしょう。その上、他人の遺体から首を拝借するのが嫌でしたら、
人そっくりの造り物の首をあつらえてくれるはずです」
「そうか、チムニーか……。どうしてこんな簡単な方法に気付かなかったんだ」
キッドは、情報屋のチムニーの、奇妙な髭面を思い出していた。
「そのチムニーという人の所へ、私が行けばいいんですね?」
ユークが聞いた。
「そうです。私とキッドが一筆したためますから、それを相手に見せて下さい。
情報屋の中では数少ない、信用できる男です」
「わかりました。明日の朝一番に発ちます」
「宿の主人に、ゴウを一頭、都合してもらいましたから、それを使って下さい。
あとは、あなたの演技次第です。
そして、うまくやりおおせたら、暇を取って、一族の住む村に合流してもら
いたい。私達は準備を整え、時機が到来すれば、そこへ攻め込みます。そのと
き、内部から領主軍に攻勢をかけるのです」
「お言葉ですが、村を治める軍はおよそ千人。一族の中で戦える者は十人に満
たないのです。どうやって攻勢をかけろと……」
「攻勢という言葉は、まずかったようですね。手引をしてくれるだけでいいの
です。城門を開くだけでもいい」
「それぐらいなら、兵として志願すれば何とかなるでしょうが……。そちらの
軍勢はいかほどなのです?」
ユークは心配顔になっていた。
それはキッドも同じで、ルイコウの言葉を信じて旅してきたが、ルイコウの
旧友というのがどれほど力となりうるのか、はっきりと聞いてはいないのだ。
「そうですね。私とキッドを併せて、十七人」
「十七人!」
「少なすぎると思っていますか? そんなことはありません。私に任せて下さ
い。十七対千でも充分に勝算あり、です」
「そんな無茶な! いくら私が中から門を開いたとしても、かなうはずがない」
「いや、時間を選べば、勝てる。決行は夜!」
ルイコウは宣言すると、さらに細かい作戦を話し始めた。
宿を発ってから四日が過ぎていた。
「ユークさん、出て行ったの?」
レジュンは、宿を発つ前に、ユークの姿が見えないことに気付いた。
「そうなんだ。急用ができたって、朝早くに出て行ったんだ。まあ、ここまで
案内してもらえば充分だったからね」
こう説明したキッド。別に、本当の事を話してもいいのだが、そうなるとユ
ークが元はキッドを殺そうとしていたことまで話さなければならなくなり、面
倒だ。結局、そのまま押し通している。
「もうすぐ……昼には、目的地に到着します」
さすがに肌が日焼けし始めたルイコウが、マニマニを操りながら言った。さ
っきから、山道を奥へ奥へと進んでいる。
「一体、何という村なんだい、そこは?」
「名前はありません、キッド。だからこそ、私の旧友はそこで暮らしていける
ようなものですが」
「どういうことです?」
レジュンが不思議そうに質問した。
「村は村なんですが、地名というものがないから、地図の上に存在しない。逆
に、地図に存在しないから、名前もいらない訳です。つまり、ウェルダンから
逃れて暮らす者にはうってつけとなるのです」
「レジュン、エア。二人はそこにとどまってもらいたい」
キッドはルイコウと話し合って決めた事を告げた。
「とうとう……戦闘を始めるのね?」
察したレジュンは、小さく漏らした。
「どうして? 私がいれば、流血獣とか来ても、薬草でやっつけられるよ」
エアの方は、わからないとばかり、首を横に振った。
「あの時はエアの薬草が役に立ったけれど、今度のは、もっと大がかりで、獣
なんかは出てこないと思うんだ。だから、大人しくしていてほしいんだ」
「ふうん、ま、いいけど。負けても知らないよ」
「ぷっ! はは、それはいいな!」
思わず、キッドは笑いが出た。小さなエア一人で勝敗が左右されるとしたら、
さぞかし滑稽な話だ。
「あっと、見えました。あの湖のほとりに住んでるんです」
ルイコウが示した先には、湖があった。こんな山奥に、緑に隠されるように
して、大きな湖がそのたたずまいを見せている。
「パトリシア!」
ルイコウが不意に、これまで見せたことのないそぶりで、大声を上げた。彼
の向いている方向には、淡い緑色の服をまとった、色白の人がいた。
「ルイコウ! ルイコウじゃない!」
こちらが近付くと、その人は、驚きの表情をしながら、嬉しそうな声。
それに応えたルイコウは、微笑みを止めることができないといった風に、キ
ッドらに話した。
「皆さんに紹介します。彼女が私の旧友、パトリシアです」
−つづく−