AWC おかしまんΩ[7]/有松乃栄


        
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★タイトル (WMH     )  93/ 9/ 8  17:55  (106)
おかしまんΩ[7]/有松乃栄
★内容


 突然だが、花宮は田舎である。これは、花宮の存在する兵庫県芦神宮市という
ところが、人口もたいして多くない小都市なので、仕方のないことである。しか
も花宮はその北部地域に位置し、周りは山ばかりで、決して開けている土地では
ない。北が山で、南が海というのは、兵庫県南部地域住民独特の土地感かもしれ
ないが、とにかく市内の北部にはロクなモンがないのである。
 しかし、こんな花宮にもついに、カラオケボックスなるものが進出してきた。
トレンドにうるさい花宮の若者が、これに飛び付かない訳がなく、連日超満員の
噂を聞いた愛子ら一行も、マイクを振り回して歌い狂うのであった。
 『こっぬか、雨ふるーっ、みどーすじー。イェイ、イェーイ』
 『港のよーこ、よこはま、よこすかぁぁっ』
 『あなたにだかれて、わったっしは、ちょーになるぅぅぅ』
 『あーるひっ、きんたが、あるいているとぉぉっ』
 すっかり歌い疲れた、福良愛子、成覚院依音、そして小学生コンビ高野太郎&
坂上花子の四人は、ヘトヘトになりながら商店街への帰り道を歩いていた。
 「それにしても、みんな歌がうまいのにビックリしちゃったわ。ほら、イネちゃ
んが歌った、芸者ワルツ。あれこそ秀逸よ」
 愛子が言う。
 「そんなことないですよ。花子ちゃんと太郎君が、デュエットで歌った、二人
の銀座も、ノリノリでよかったですよねー」
 依音が言う。
 「山内賢って……いいのだな」
 花子がぽつりとつぶやく。それを聞いた愛子と依音、顔を見合わせて、
 「うん……いいよね」
 と、うなずき合う。なんともいえない間が生まれる。その間、三人がそれぞれ、
山内賢の顔を思い浮かべて、ニヤニヤしている。なんとも、気持ちの悪い集団で
ある。
 「で、でもさあ」
 太郎が話題を切り替える。
 「やっぱり、愛子お姉さんがトリに歌った、あれ。よかったよねえ」
 「そうそう。上海帰りのリル!」
 とまあ、こんな風に、花宮の文化というのは、おそろしく遅れている、という
かバラバラなのである。商店街のBGMとして流されている有線からは、いつも、
ドリフのズンドコ節や、浪曲子守唄が鳴り響いているぐらいだ。
 恐るべき、花宮……。まさに、芦神宮市内の未開地である。
 四人は、花宮南商店街に戻ってくると、福良書店の前で解散することになった。
ん? 福良書店……?
 「じゃあ、あたしはここで」
 「あ、また行きましょうね。さよならぁ」
 と、帰りかけた依音の背中を、愛子がグイと引き止めた。
 「な、なん……ですか?」
 「今日は水曜日でしょ、イネちゃん。ア・ル・バ・イ・ト」
 「え? ええ? だ、だって前回、店の本が全部なくなって、仕事がもう……」
 うろたえる依音の姿を見て、愛子がニヤッと笑った。
 「何、言ってるのよ。イネちゃん、ささ、仕事、仕事」

          ☆★☆★☆

 「史満さん! 史満さん! オカシマンさんっ!」
 アパート塀星館、201号室。言わずと知れた……かどうかはわからないが、
岡史満の城である。ドアをドンドン叩く音に目を覚ました史満は、パジャマ姿の
まま、眠そうにドアを開けた。
 「おお、太郎君か。どうした、こんな早朝に」
 「もう、お昼とっくに過ぎてるよっ。そんなことより、愛子お姉さんが、変な
んだっ。早く、早く来てよ」
 「おお?」
 太郎に言われるまま、史満はさっさと服に着替えて、サンダル履きのまま商店
街へと向かった。
 「今日はカラオケに行ってたんじゃないのか?」
 「そう。史満さんが、カラオケ嫌いだって言うから、依音さんと、花子ちゃん
と四人で行ってきたんだ。福良書店があんなことになって、愛子お姉さんも落ち
込んでるだろうと思って……」
 「小学生のクセに、ええやっちゃのう」
 「それで、さっき帰ってきたんだけど……」
 「うえっ!」
 元、福良書店の前に来た史満は、思わず奇声をあげた。入り口のカンバン、自
動ドアのガラスに書かれていた“福良書店”の文字からは、キレイに“書店”の
文字だけが消され、“福良”になっている。
 空っぽの棚だけが置かれ、一つの商品もなく、異様に寂しい店内では、レジの
前に立ったエプロン姿の依音の顔がひきつっていた。そして、空っぽの本棚に、
黙々とハタキがけをする愛子の姿があった。
 「お、おいイネちゃん。なんで、店に立ってるねん」
 「わ、わかんないんですぅ。あ、愛子さんが……」
 愛子は嬉々として、本棚にひたすらハタキをかけている。その目はうつろで、
まるで何かにとり憑かれているかのようだ。
 「アイコン、売るモンがないのに、なんで店開けてるねん」
 「あら、シマちゃん」
 今、史満の存在に気がついたように、愛子は向き直った。
 「ここは私の家であると同時に、日々の生活空間なの。確かにこの前までは、
福良書店だった。けれど、福良になった今、なぜ生活スタイルを変える必要があ
るっていうの? 福良書店という場所で生活をしていた私にとって、ここは、家
そのものであると同時に、生活の場、すべてなのよ」
 「し、しかし、本がなくなったんやから、ここは書店ではないぞ」
 「誰が書店だっていったのよ。入り口にちゃんと“福良”って書いてあるでしょ
う。私は例えここが、“福”や“ふ”になったとしても、この生活スタイルを絶
対に崩さないわ。それにね……」
 愛子がふっと、哀愁の漂う表情を見せた。
 「いつか、あの本達が帰ってくるかもしれない。その時の為に、出て行った時
とまったく同じ状態にしといてあげるの……」
 「狂ってる、あ、アイコンは狂ってるぞ」
 ケケケケと、愛子が笑った。そして、また愛子のハタキがけが始まる。イネちゃ
んも、この不条理さについて行けないようで、ひたすらひきつった笑顔をしてい
る。史満と太郎は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 我が子、いや、我が本を失った愛子の精神状態は、まさに子供を失った母親そ
のものであった。愛子は、ぶつぶつと我が子、いや、我が本の名前をつぶやいて
いた。
 「……家庭画報ちゃん……噂の眞相くん……めばえちゃん……」
 その時である。
 店、いや“福良”の自動ドアが開いて、誰かが入ってきた。
 「あっ、お、お前らは!」
 入ってきた、二人組の姿を見て、史満が声をあげた。
 「な、なんですのん、これ。店の改装でもしはるんですか?」

                                (つづく)





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