AWC お題>タイムマシン     つきかげ


        
#1279/1336 短編
★タイトル (CWM     )  00/ 8/ 9   0:55  (142)
お題>タイムマシン     つきかげ
★内容
 この度は、ユージェーヌ・タイムマシン商会の商品カタログをダウンロードしてい
ただき、まことにありがとうございます。弊社の商品は、時空横断取引委員会の承認
をうけたものばかりであり、時間旅行監査局の審査済みのものをご紹介しております。
よって、弊社製品により因果率の混乱による蓋然性異常で日常生活に混乱をきたすよ
うなことはありません。ご心配なくお使いいただいて結構です。
 ただ、我々のものとは異なる文明世界から入手した物品ばかりですので、その使用
においては、十分ご注意ください。弊社の商品がお客様の精神の深層部へとアクセス
し、お客様自身が御存じないようなお客様の潜在能力を開放してしまう場合がござい
ます。その場合は時空局専任の医師に御相談いただくよう、お願いします。
 それでは、以下に紹介する弊社商品について御検討のほど、よろしくお願いします。

カタログNO.1:カレイドスコープ
(1)製品概要
 コルヴィヌス文明期にて調達。鑑賞用カレイドスコープ。
(2)製品説明
 大きさ約20センチ四方の箱であるこのカレイドスコープは、一方にのみ小さな覗
き窓が作られています。そこから見えるものは大抵、惑星です。広大な宇宙空間に浮
かぶ輝く星は、意識を集中すればかなり細部まで克明に見ることができます。
 見える星は、必ずしも同一のものとは限りません。地球のように青く輝く水と大気
に満ちあふれた星が見えることもあれば、熱気と水蒸気で目まぐるしく様々な色彩を
放ちながら変化してゆく表面を持った星が見える時もあります。
 時折、死を迎えようとしている恒星が見えることがあります。死を迎える恒星とは、
暗黒に覆われた地表に無数の傷痕のような紅い亀裂が走っており、その亀裂から時折
炎を噴出させる荘厳で壮大な物語の最終章を思わせる姿を持っています。
 このカレイドスコープから見える風景は、私たちが目で見ているとは言いがたい部
分があります。意識の集中のしかた次第で惑星の驚くほど細部、例えば巨大な渓谷を
渡る水や、山脈に生える木々といったものまで克明に見えるためです。私たちはこの
小さな箱を通じて精神を飛翔させ、別の天空にアクセスしていると考えるべきだと思
われます。

カタログNO.2:椅子
(1)製品概要
 サンキーヤ文明期にて調達。瞑想用の椅子。
(2)製品説明
 外見は木製の4本足の椅子にすぎません。この椅子は、そこに腰かけた人間の思念
を記録するように作られています。私たちがこの椅子に座って微睡んだとします。私
たちは夢の中で、様々な物語に触れることができます。
 たとえば、古に数百万の人間を生きながら地中に埋め、その死に行く様を鑑賞した
狂った王の思念に触れることもあれば、かつて存在したといわれる竜族と会話し、そ
の英知の一部分を授かったと思われる哲学者の思念と接触することもあります。
 必ずしも夢に訪れるのは人間ばかりとも限りません。炎の元素だけで生成された精
霊の思念にふれることもあります。その時、あなたは大気を熱に変換しながら、天空
を飛翔するということがどのようなものであるかを知ることになるでしょう。

カタログNO.3:タペストリ
(1)製品概要
 ナギラ文明期にて調達。室内装飾用。
(2)製品説明
 その大きさ1メートル×1.5メートルほどのタペストリには幾何学的文様が全面
に描かれています。それは巨大な迷路を描いたもののように感じられます。実際、あ
なたが根気よくそのタペストリを見つづけたとしたら、やがてあなたは迷路の中に立
っていることに気がつくでしょう。
 このタペストリは見るものの精神を吸い込み、その中にとり込む作用を持っていま
す。迷路にとり込まれたあなたは、一瞬途方にくれることになるかもしれませんが、
心配することはありません。必ず、外に出ることはできますし、外にでればあなたは
元どおりタペストリを外から見つめていることになります。
 なぜ迷路から抜けられるかご心配な方のために説明しておきますが、迷路に入り込
んだ瞬間にあなたのそばにナビゲータがつくことになります。その人は多分あなたが
知っている懐かしい人のはずですが、どういう関係であったかを明確に話すことので
きない人です。その人があなたを迷路の外へ連れていってくれます。その人は多分、
ありえたかもしれない平行世界でのあなたの恋人、あるいは家族、それとももう一人
のあなた自身かもしれません。

カタログNO.4:箱庭
(1)製品概要
 チュウリン文明期にて調達。室内鑑賞用。
(2)製品説明
 約1メートル四方の砂が盛られた箱です。初めは何もその箱の上には存在しません。
あなたが、毎日その箱庭を見つめつづけると少しづつ変化が生じてきます。
 大抵は、小さな森が出現することになります。やがて地形が変化してゆき、山がで
きあがることもあれば、渓谷が形成されることもあります。湖や河ができることもあ
るでしょう。
 地形の変化がおさまると、今度は生命体が発生しはじめます。大抵は小動物の出現
からはじまりますが、その多くは私たちが見たこともない形態を備えた動物たちです。
うまくゆけば、幻想的な物語にでてくるような動物たちを出現させることに成功しま
す。例えばユニコーンやマンティコラ、あるいはバジリスクのような。
 あなたが飽きずに見つめつづければ、龍を育てることにも成功するはずです。龍は
大体は山の洞窟に棲み、一日のほとんどを微睡んですごしています。時折、龍の見る
夢が箱庭全体を覆いつくし、色とりどりの輝く宝石や乱舞する精霊たちが出現するこ
とになります。
 時折、森以外のものがいきなり出現することがあります。たとえば突然、太古の神
殿のように壮麗な建物が出現したり、精密で緻密な機械のように複雑な構造を持った
都市が現れたりします。これは大体は前にその箱庭を育てていた者の見ていた風景で
す。ただいきなり巨大で黒い卵が出現した場合は、注意が必要です。
 その黒い卵は、あなたの心の深層と箱庭が繋がった時に出現するものです。その卵
がかえる時、あなたは自分の心の底に秘められていたものと対峙することになります。
それがどのようなものであったとしても、(時としておぞましいものであったり、奇
怪なものであったりすることもありますが)驚いたり不安に駆られることもありませ
ん。あくまでもそれはあなたの一部分にすぎず、あなたの本質を示すものではないの
です。

カタログNO.4:電話
(1)製品概要
 ボーアダーム文明期にて調達。室内用。
(2)製品説明
 これがもともとどのような目的で使用されていたものかは、不明です。ただ形状が
電話とよく似ているから、そう呼ばれています。それは30センチ四方ほどの黒い箱
です。ダイアルや番号ボタンに類するものは、一切ついていませんのでこちらからコ
ールする手段は不明ですが、受話器だけは私たちが普段使用しているものとよく似た
形状をしています。
  時折、呼出音が鳴ります。その時は受話器をとってみてください。そこから聞こ
えてくる声は、あなたのよく知っている人の声だと思います。あるいは、あなた自身
の声であったりします。
 その会話の中であなたは、忘れていた何かを思いだすでしょう。けれど、受話器を
戻した途端、その何かは再び失われます。この電話はあなたが失った何物かを一瞬だ
け補完してくれます。それは午睡の夢のように、はかなく消えてゆきます。
 あなたが電話で話している間、あなたの中に深い懐かしさと信頼感が生じてきます。
しかし、電話の相手は黄昏時に会った人のように茫洋としてその正体が掴めず、あな
たの心だけが満たされることになるでしょう。そしてあなたは多分受話器を置いた時
にはじめて、自分が長い間何かを失っていたのに気付いていなかったことを知り、愕
然とするはずです。

カタログNO.5:指輪
(1)製品概要
 アブラクタス文明期にて調達。装身具。
(2)製品説明
 その金色に輝く指輪は、身につけた者の精神に不思議な作用を及ぼします。指輪を
身につけることによって、全ての事物のありうるべき可能態が見ることができるよう
になります。
 いいかえれば、ある事物が別の世界でそうであったかもしれない物のように見える
ということです。そして見える可能性の世界は、人によって全ったく異なったものと
なるため、あなたがこの指輪をはめた時に見える世界は予想するこみとができません。
 あなたは指輪をはめたとたん、全てのものが何重もの影を纏ったように見えること
に気付きます。そして、その影たちは内に様々に色彩を秘め、想像もしないようなリ
アリティを持って事物を彩ることになります。
 暫く指輪をはめていると、その影のうちの一つがあなたの精神とシンクロしていく
ことが判ります。そのシンクロナイズは次第に強固なものへとなってゆき、最後には
あなたの見たこともないような別世界の光景が出現します。
 幾つか例をあげてみましょう。
 この指輪をはめたA氏は、全てが水晶でつくられたように見えました。天空は水晶
で形成された巨大なドームとなり、あたかもとてつもなく大きな水晶球の中に閉じ込
められたような気分になったそうです。そして輝く太陽は、無数の色彩を放つ水晶の
多面体となり、幾重もの虹を纏ったように見えたそうです。
 地上は無数の水晶の柱が建ち並び、光の森林に迷い込んだようです。その中を水晶
となった人々が、緻密で鋭角的なガラス細工のように煌めきつつ、走りぬけてゆきま
す。
 また、女性のBさんは、地上にある全てが天体、つまり天空を駆ける星々となって
見えたそうです。地上を疾走する電車は光彩を放ちながら疾駆する彗星となり、摩天
楼は大きな輪を纏った土星のような惑星となりました。
 小さな恒星となった自動車が走りぬけるモーターウェイは天を横ぎる銀河のごとく
地上に光を散りばめ、ショウウィンドウの奥には色とりどりの小惑星が乱舞したそう
です。




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