#1042/1336 短編
★タイトル (PRN ) 98/ 5/16 20:49 (141)
お題>ショータイム ジョッシュ
★内容
「今日は学校を休みなさい」
カロリー制御された朝ごはん「カロリー・フレンド」を不味そうに食べていた
父が突然そう言った。その一言にそれまでぼんやりとテレビの「銀河ニュース・
朝はどこから」を見ていた母が緊張するのが分かる。
トモコは手にしたビタミン剤をテーブルにおいて「はい」とかしこまった。
「そう言えば、地球防衛軍江ノ島ベースの花火大会は今夜だったわね」
母が急に思いあたったかのようにわざとらしいと惚けた顔で言う。壁に貼られ
た特大ポスターは毎日のように見ていたはずなのに。
「うむ。そこで特別室を予約しておいた。相手はわたしの後輩、地球防衛軍江ノ
島ベース勤務のカンノだ」
父は重々しく宣言した。トモコの見合いの相手だった。
「あらあ、地球防衛軍ということは、国家公務員じゃないのぉ。素敵じゃなーい」
母が今度はミーハーな声をあげた。
トモコの父は地球防衛軍の一期生である。もう既に引退したが、宇宙全人類の
ふるさとである地球を守るという仕事に誇りをもっており、一人娘の結婚相手は
なんとしても地球防衛軍の男と決めていた。
父の言うカンノという男をトモコはまったく知らない。母はパイロットだと言
うが、それがどういう仕事なのかイメージが湧かなかった。
今、宇宙のあちこちで武力紛争が起きていることは「銀河ニュース」を見てい
れば知識としてはいってくる。しかし、自宅と学校を往復するだけの毎日は、ま
ったく平穏で退屈なくらいだった。銀河ニュースの紛争はトモコにとっては別世
界の出来事でしかなくて、地球防衛軍と言ってもぴんとこなかった。
ただ、だからといってトモコはカンノとの見合いが嫌ということではない。父
が選んだのなら間違いのない相手だろうし、トモコも15歳になっていた。相応
の結婚相手を定めて繁殖活動に入る。
そんな時期になっていた。ただそれだけだった。
「花火大会には浴衣よね」
一番はしゃいでいるのは母だった
サイバー・ショッピングで浴衣を買い、ヘア・オンデマンドを予約して「アン
トニオさん」と指名した。
「アントニオさんはとっても上手なのよ。トモコの髪は見違えるようになるわ」
母のうきうき声。
「こんな時じゃないと、髪のカットなんてできないから」
トモコは頭をすっぽり覆っている減菌キャップの上から、耳の上に僅かに生え
たヘアを確かめた。
江ノ島へは、最寄り駅から電車で出かけた。磁気の反発力で走る無音のオダキ
ューは、家族3人をあっと言う間に江ノ島海岸へと運んでくれた。江ノ島の上、
舞い上がった塵で年中真っ暗な空には、前時代的なイルミネーションが輝いてい
る。
「祝・地球防衛軍江ノ島ベース・満25周年」とか「地球防衛軍・万歳!」とか。
空から見物するつもりらしい無重力型ヤカタブネが由比ケ浜上方にひしめき合
っている。
「馬鹿ものどもが。花火というのは地上から鑑賞するものだと平成の昔から決ま
っておる」
父は特別室の展望窓越しに吐き捨てるように言った。
特別室に現れたカンノは普通の男だった。少なくともトモコにはそう見えた。
ピンク色の制服には金銀のバッジが光っている。無口なカンノに代わって、父が
一々それらを説明してくれた。それらはカンノの地球防衛軍における活躍の印だ
った。
しかし、残念ながら狂喜する母ほどにはトモコには感銘を与えなかった。地球
防衛軍について、何も知らないトモコだから宜なるかな、であった。
それよりも、カンノが普通の男だったことにがっかりした。
最近、トモコの学校では「マルチ遊び」が流行っていた。男は女の、女は男の
生理的機能を埋め込んで、気分によって自分の好きな方を選んで遊ぶというやつ
だった。もともとは深刻な出生率の低下対策として、繁殖機能を高めるために開
発されたものらしいのだが、最初は子供たちのままごと遊びとして爆発的に売れ、
いつのまにか学生の中では必須アイテムになっていた。
カンノにはマルチのサインがなかった。ひょっとしたらマルチ遊びそのものを
知らないかもしれない。
カンノはろくにトモコの方を見ようとはせず、父と熱心に話し込んでいた。も
ちろん、トモコの珍しい浴衣姿についても何も言わなかった。
こんな男は嫌だなとトモコは思った。
やがて、何の前触れもなく花火大会が華々しく始まった。
上空から散る白や青の火花、江ノ島ベースの上で弾ける赤い光り。斜めに鋭く
走り、素早く回転しながら上昇してゆくレーザー光線。予算で苦しんでいる地球
防衛軍にしては、派手な花火大会だった。
トモコは母と展望窓から眺めていた。22世紀になったと言っても、これほど
のまばゆい光景はなかなかお目にはかかれない。
「危ない! その窓から離れて!」
あんぐりと口を開けて、花火大会に見とれていた母子二人に向かって、カンノ
が叫んだ。窓の向こうから見慣れない球形のものがかなりの速度で近づいていた。
母子二人は足がすくんで動けない。
球形のものは窓にぶつかると共に爆発して、特別室が大きく揺れた。
「ちょっと花火大会にしちゃ、やりすぎなのじゃないかね」
父がカンノに話しかけたとき、ウーウーウーと第1種空襲警報が鳴り響いた。
「これは銀河反乱軍の攻撃です。カンノ直ちに出陣します」
カンノはそれまでの穏やかな顔から、見事に彫りの深い戦闘用の厳しい顔にな
り、直立不動で敬礼した。くるりと180度体を回すと、駆け足で特別室を出て
いく。
トモコはカンノの見事な変身が気に入った。
−−マルチもいいけど、あんなのもいいかな−−
「花火大会に来て、地球防衛軍の出撃が見れるとはラッキーね」
母はのんきなものだ。敵軍の登場は花火大会を盛り上げるための演出だと思っ
ている。父も嬉しそうにトモコの手をとった。
「見ていなさい。これからがショータイムだ。噂に聞いた地球防衛軍の華麗な戦
いぶりを。おまえの婚約者・カンノの活躍を、しっかりと見るんだ」
真っ暗な空には色とりどりの飛行物体が目まぐるしく飛び交っている。こんな
にたくさんいたら、どれが味方でどれが敵だと分かるのだろうか。トモコにはも
ちろん区別は付かない。
「ほーら、あれが地球防衛軍の迎撃隊だ」
父が興奮している。
江ノ島ベースの上空に豆粒のような編隊が現れたかと思うと、一斉に花火のよ
うな光線の中に飛び込んできた。豆粒軍団はひとかたまりになって、さっきから
特別室目掛けて執拗な砲撃を繰り返している敵軍らしき一団に向かっていく。防
衛軍はさっと敵軍の顔面にまで迫ったかと思うと、一気に反転して退避する。
「あれが地球防衛軍の最新戦術、ダッチロールだ。究極の専守防衛術として私が
編み出した。全宇宙で特許公開されているんだぞ、すごいだろ」
「あの、お父さん」と母。「地球防衛軍は花火は打たないのですか」
トモコも同感だった。地球防衛軍のほうからはまったく応戦がない。
「あれは花火ではないぞ、母さん。敵が使っているのは本物の武器だ。だけどな、
地球防衛軍は地球を守るためのものなんだ。例え、敵と言っても決して攻撃して
はならない。これは平成の昔からそう決まっておる。あくまでも、武器を使わな
い平和的な解決が第1なのだよ」
「そうすると父さん、地球防衛軍は一体いつまで、ああやってダッチロールを続
けるんですか」
「そうじゃな。敵があきらめて帰るまで、だな」
父は重々しく頷いた。
その間にも、江ノ島ベースの上空で地球防衛軍は、行っては戻り、突っかけて
はさっと逃げるという華麗な専守防衛を展開していた。敵軍もそろそろうんざり
しかけたらしい。火花の上がる頻度がだんだん落ちてきた。
それまで腕を組んで戦況を見つめていた父が突然
「あ、カンノ、ばか」
と呟くように言った。
江ノ島上空を、きりもみ状態で墜ちてゆく地球防衛軍機らしいものが見える。
「あ、カンノ、撃たれてしもうた」
父があんぐりと口を開けて、見送っている。
「あ、あ、そのような無体な」
母は髪を振り乱して喚いた。
最後っぺのような敵軍の一発が、偶然にもカンノの操る軍機に命中してしまっ
たらしい。
カンノの地球防衛軍機は漆黒の江ノ島海岸に墜落した。
帰りのオダキューで、母は落胆を隠さなかった。父は腕を組んだまま、虚空を
睨んでいる。気まずい沈黙だった。トモコの見合いはカンノの戦死であっけなく
破談になってしまった。
「トモコ、明日は学校へ行きなさい」
父が唸るようにやっとそれだけの言葉を吐き出した。
さすがに母の方が立ち直りは早かった。がばっとトモコを抱き寄せると耳元で
こう囁いたのだ。
「まあ、いきなり戦争未亡人にならなくて、不幸中の幸いよね」
「はい」
(おしまい)