AWC お題>子守歌  みのうら


        
#1041/1336 短編
★タイトル (ARJ     )  98/ 5/12  17:38  ( 72)
お題>子守歌  みのうら
★内容

 駅に着いたら、やっぱり雨が降ってた。

 やることなすことうまくいかないってのじゃないけど、最近運が悪いってよ
り、気合いが足りないのかな。あんまり占いとか信じてないけど、隣の席の子
に雑誌見せてもらったら今月の天秤座は最悪。一気にやる気なくなるよね。
 まあ結婚してからこっち、うまくいったことなんてなーんにもないもん。し
なきゃよかったよー、結婚。母性愛なんて、嘘だよね。父親どもが勝手に作っ
た幻想。女ばっか働かせようと思ってさ。第一あの子、あたしよかダンナのが
絶対好きだし。
 仕事して、帰ったら子供引き取って夕飯作って、風呂わかして、なんであた
しだけこんなに働くの? ダンナは仕事しかしてないのに。あたしは時給もら
ってもいいくらい働いてるよ。母さんがいつまでうちの子預かってくれるかも
わかんないし、仕事やめたらやっぱブラウス一枚買えない人生になっちゃうの
かな。それだけはイヤ。
 駅のそばのスーパーで、卵とほうれん草とにらと、それからいろいろ買う。
火曜日は特売日だから。混んでるから大変だけど、でもミヤザキくんがいるか
ら楽しい。
 あと邪魔者は四人。ミヤザキくんまであと三人。細かいものいっぱい買った
から、いつもより時間かかるしね。前のおばさん、カゴゆがむほど野菜つめて
んの。あれじゃ漬け物になっちゃうわ。やーだ、魚のパックを一番下に入れる
バカがどこにいる〜ってここか。あーあ、もうちょっとアタマ使えよなあ。
 あと二人。ミヤザキくんは背が高くて、ちょっと猫背なのはレジが低いから。
高校んときつきあってた子に少し似てる。声は高いかな。鼻にかかった声。は
っぴゃくななじゅうえんのおかえしですぅ〜なんて変な声。
 あたしの番が来た。ミヤザキくんがあたしのさわった牛乳や、卵や、ほうれ
ん草を隣のカゴに移してる。あたしは時間が気になるふりをして、向こうの時
計を見る。ミヤザキくんばっかり見ないの。だって恥ずかしいじゃん。向こう
も迷惑かもしんないし。
 お金を渡すときと、お釣りをもらうときだけ、ちょっとだけ目が合う。ミヤ
ザキくんの目は茶色い。色が白くて、ウサギみたい。小さな名札に「宮崎」っ
て書いてあるけど、あたしのミヤザキくんはレシートに打ち出された「担当:
ミヤザキ」なのよね。

 買い物袋を両手に下げて、バックは幼稚園がけにして、ぎしぎしのバスに乗
る。同じ団地でみんな降りるのに、痴漢してくるヤツがいるって信じらんない
よね。あーバカバカ。わざとらしく揺れたりしないでよ! 卵が割れるでしょ。
ミヤザキくんはおとなしそうで、きっと痴漢なんかしないよ。うちのダンナは
しただろうなー、きっと。今もしてたりして。あーヤダ。娘になんていいわけ
するつもりかしら。
 ひとしきりあたしの腰やらお尻やらさわったあげく、あたしが動かなかった
もんだから胸に手を出してきた。ばっかでー、揺れて女の胸につかまりました、
とか言うつもり? 
 でも待ってたんだ、わざわざ戸口近くのこの位置。荷物置くスキマがあるか
ら、ここに来ると絶対来る痴漢。会社の子に教わった方法で、思い知らせてや
る。
 ヤツの手があたしの右胸をぎゅ、って掴んだ瞬間、あたしは子供用の小さい
ホチキスをすごい勢いで二回、ヤツの手に打ち込んだ。あーっ、とか何とか悲
鳴あげてたけど、ちょうどカーブでよかったじゃん。痴漢したらホチキス喰ら
いました、とか言わなくて済んでな。次はよく切れないカッターにしよう。錆
びたやつ。ちょうど会社の机の間から出てきたんだよね。通販で買った文具セ
ットに入ってた、小さいやつ。あ、ホチキスも針、錆びたのにすればよかった
んだ。くやしい。
 ヤツは団地の一駅前で降りた。薬局があるからだと思うけどね。あたしはち
ゃんと自分の駅で降りたけど、なんとなく怖くなって走って帰った。子供は母
さんに連れてきてもらおう。玄関で電気付けたら、胸のとこに血のシミがあっ
た。イヤだけど、洗って落とそう。捨てられないもん。

 夕飯食べて、子供寝かせて、ダンナも隣で寝てるのに、あたしはいつも眠れ
ない。今日も明日と同じ一日だ。明日はミヤザキくんバイト休みの日だから、
いつもより悪い日。でも天秤座最悪なんだから、今月は仕方ないよね。
 ミヤザキくんミヤザキくん。あたしの家計簿には、彼の名前が入ったレシー
トが、どんどん積み重なってる。下の方はもう黄色くてかすれてる。ダンナは
家計簿なんてまともに見ないから、きっとミヤザキくんには気づかない。
 これって浮気かな。気持ちだけでも浮気? でもダンナにだって本気になっ
たことないしなー。ミヤザキくんとえっちしたいって思ったこともないし。で
もミヤザキくんいいよね。ミヤザキくんミヤザキくん。
 ミヤザキくんの青いエプロンがまぶたの裏に広がって、ようやくあたしは眠
りにつける。あーあ、次の土曜日草むしりだっけ。自治会のオヤジ、やっぱ手
に包帯でもしてくるんかなー。思ったより傷深いみたい。ざまあみろって、女
房になんていい訳すんのかな……あの傷。





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