#1037/1336 短編
★タイトル (SGH ) 98/ 4/29 17:59 (118)
通勤電車創作日記 その1(改訂版) 沖田
★内容
【誘拐】 作:沖田 珂圃 監修:永山 秀智
男は車を路肩に寄せて停めると、エンジンをかけたまま電話ボックスに入った。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け……)
男はゆっくりテレホンカードを差し込むと、震える指でプッシュホンのボタン
を押し始めた。頭の中で手順を確認しながら相手が出るのを待った。
(用件だけ伝える。10秒もあれば充分だ……そしてすぐにこの場から……)
Pururururu…… Pururururu…… Pururururu……
(くそっ早く出ろ!)
『はい、○○です』
「お宅の娘を誘拐した。身代金として五千万用意しろ。警察には知らせるな」
『うちには娘なんていません!』
ぷつっ。
「2時間後にまた……なに!?」
『ぷ〜っぷ〜っぷ〜っ』
男は数秒固まっていたが、受話器をフックに戻した。
(○○? ちっ間違えたか……)
(落ち着け、娘をかっさらってから1時間も経ってない。まだ警察にも通報して
いないはずだ……)
男は大きく深呼吸すると、テレホンカードを入れ直し、左手のメモを凝視しな
がらボタンを一つ一つ押し始めた。
『はい、☆☆です……』
「お宅の娘を……」
『……ただ今留守にしてます。御用の方は発信音の後にメッセージをどうぞ。
お急ぎの方は050−***−****へお電話ください。ぴぃ〜〜〜』
男は電話のフックを押し下げた。
(あのうちには専業主婦の母親とばばぁが居るはずだが……留守電じゃ声が残っ
ちまう。証拠を残す訳にはいかねぇ。)
(くそっ!)
男は数瞬考えたが、また同じ番号をプッシュした。
『……へお電話ください。ぴぃ〜』
(この番号は携帯、いやPHSか。医者のくせしてケチるんじゃねぇ。携帯く
らい持て、馬鹿野郎……)
男は言葉に出さずに毒突きながら乱暴にボタンを叩いた。
Pururururu…… Pururururu…… Pururururu……
『おかけになった電話は電波の届かない……』
男はフックを殴り付けた。
(仕方ねぇ。親父の病院に直接かけるか。だが、直接本人が出る可能性は低い。
多分受付けから呼び出しになる……まぁ、大丈夫だろう。まだ1時間も経ってな
いんだ、警察が居る訳はない……)
男はくしゃくしゃになったメモをにらみ付けながら、予め調べておいた父親が
経営する個人病院に電話をかけ始めた。
『ぴぃ〜ががががが……』
男は受話器をフックに叩き付けた。
(FAXだと!)
(待てよ。番号を調べた時にもう一つ電話番号があったな。あっちか!)
男は足元の電話帳を取ると、めくり始めた。
(あった。これだ!)
男は電話帳を片手に、勢い良くボタンを押し込んだ。
Pururururu…… Pururururu…… Pururururu……
『はい、☆☆整形外科です。』
「△△と申しますが、院長先生をお願いします」
男は適当な名前をでっち上げながら言った。
『申し訳ございません。院長は急用で席を外しております』
「……何時頃お戻りでしょうか?」
『今日は戻らないとの事です。よろしければ御用件を承りますが?』
「いえ、結構です」
男は受話器をフックに戻すと、ため息をついた。
(待てよ、ひょっとして自宅に戻ってるんじゃ……)
(10秒で用件だけ伝える!すぐにこの場から離れる!よっしゃ!)
男は、受話器を取るとテレホンカードが吸い込まれると同時にメモの番号を勢
い良く打ち込んだ。
『はい。☆☆です』
「お宅の娘を誘拐した。身代金として五千万用意しろ。警察には知らせるな」
『ま、待って下さい!娘は、幸恵は無事なんでしょうね!?』
「2時間後にまた連絡する」
(身代金の受け渡しが一番危険だが、なぁに、俺が考えたあの方法なら完璧だ。
これで借金を叩き返して、海外へ……)
電話ボックスから出ようとした男の動きが凍り付いた。
いつの間にか、目つきの鋭い男が二人、遮るように立っていた。
「ちょっとお話を聞かせてもらえませんか」
手にした手帳には、菊の紋章が輝いていた。
男は弾かれたように車を振り返った。婦人警官が毛布に包まれた子供の様子
を確認しているところだった。
「逆探知ってのは今じゃ一瞬で済むんだよ。あとはいかに犯人をその場に留ま
らせるか、でね。最初の間違い電話、あれ、番号が違ってた訳じゃないんだ」
「きったねぇ……」
男のつぶやきは、誰の耳にも届かなかった。
夜のニュースでは、この誘拐事件についてほんの数十秒だけふれた。
『今日午後1時頃、東京都新宿区**で誘拐事件がありましたが、事件発生か
らおよそ70分という短時間で犯人が現行犯逮捕され、同時に犯人の車から被
害者の☆☆幸恵ちゃん10歳も無事に保護されました』
『被害者のお子さんが無事だったのは、なによりでした。日本の誘拐事件の検
挙率は世界一だそうです。日本の警察は優秀ですからね……』
−終り−
【後書き】
UPしてから、フレッシュボイスで永山さんに色々教えていただいて、次回
は気を付けよう!と思っていたのですが、助詞を間違ってたのが発覚しました。
あと、UPする前に文章を削ったところの前後がやはり気になったので、反則
かもしれませんが、改訂版をUPしました。
改訂前のやつを削除しようと思ったんですが、削除の仕方が判かりません。
どの程度変わったか比較してもらうのも面白いと思うので、このまま置いて
おきたい気もしますが、いいでしょうか?