AWC 1999年1月1日・聡史の涙の意味  小畳首都麻呂


        
#983/1336 短編
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1999年1月1日・聡史の涙の意味  小畳首都麻呂
★内容
 1999年、人類は滅亡すると予言した人がいた。その年が、つい15分前に、つ
いにやってきた。
 本当かどうかなんて、滅亡してみなきゃわかるわけがない。でも、それが分かった
時には、もう遅い。だって、その時にはもう僕たちはみんな死んでいるだろうから。
 年末から、その話が、マスコミの間でもてはやされている。その勢いは、衰える兆
しも見せず、年が明けた。テレビでも、さっきから世界滅亡の話ばかり放送している
。地球物理学とやらの先生や、有名な占い師が、色々と云っていた。
「どうなるのかな?」
聡史が云った。聡史は、いわゆる同居人だ。同じ大学の、同じ三年生だ。
「人類が滅亡するかって事なら、考えるだけ無駄だよ。その時にはもう死んでるし、
僕たちごとき無力な学生にはなにもできないよ、そうだろ?」
「全くその通りだね。僕らにはなにもできない。」
聡史は、少し考えてからそう云った。
「そう、僕らにはなにもできない。だから、もう寝てしまえ。」
「うん」
「おやすみ」
数分もしない内に、聡史は眠りについた。
なぜか聡史の目には、涙が溜まっていた。

 僕は眠れなかった。枕元の時計は、午前三時を過ぎたところを指していた。
 ずっとさっきの人類滅亡の話のことを考えていたのだ。本当に、僕らにはなにもで
きないのだろうか。色々想像してみたが、今から間に合うものは一つもなかった。こ
れから科学の勉強をしたところで、なにもできないだろうし、逃げることもできない
。だいたい、これからなにが起こるのかも分からない。なにから逃げる?
 人類はなぜ、滅亡するのか。全く分からない。
 世紀末だから? 違う。西暦なんか関係ない。地球ができてからの正確な時間なん
て誰にも分からない。
 自然破壊が進行しているから? いや、数年前から進行は停滞している。
 それとも、超自然的なもの? そんなものなら、やっぱり僕にはなにもできない。
「やっぱり、僕にはなにもできない。寝ちまおう」
さっきの聡史の涙は、なにもできない自分たちに流したものなのかもしれない。
考えつかれて、数分もしない内に、僕は眠りについた。

 冬休みが終わっても、人類は滅亡しなかった。こんな事を言うと、僕は滅亡を望ん
でいるみたいに思われるかもしれないが、そんなことはない。僕は、まだ死にたくな
い。

 聡史が死んだ。僕と同じ年だから、21歳だった。
 僕が大学から帰ってくると、玄関で冷たくなっていた。これから出かけようとした
ところだったのだろうか、靴が片方だけ履いてあった。僕は、一年の時から落とし続
けている民法の授業が一限だったから、聡史よりも先に家を出たのだった。
 聡史の父親が云うには、内蔵を患っていたらしい。詳しい病名までは聞かなかった
が、手術をしても助かる可能性は、ほとんど無かったらしい。聡史は、それを知って
いた。
大学に残ることは、聡史の希望だった。あと数ヶ月の命だと知っていたのだから、大
学なんかやめて、自分の好きなことでもすれば良かったのにと僕は思った。聡史の両
親も、そう云って聡史を実家に帰そうとした。しかし、聡史は大学に残った。理由は
云わなかったと、聡史の父親は悔しそうに云った。

聡史の父親が帰る日。
「君はこの部屋を出るのかい?」
彼は云った。
「なぜです?」
僕は聞き返した。
「なぜって・・・、独りで住むにはここは広すぎるだろうし、それに・・・、聡史と
の想い出もあってつらいんじゃないかい?」
彼は、僕を気遣うようにそう云ってくれた。
「大丈夫です。部屋代はどうにかなります。聡史のことも。僕は、ここで聡史と暮ら
した三年間を、これで終わらせたくないんです。あと一年で卒業ですし、聡史がなぜ
大学を辞めたくなかったのか、今は何となく分かる気がするんです」
 彼はしばらく黙っていた。
「そのわけを教えてくれるかい?」
「ここで人生を終わらせたいと思ったんだという気がします」
「・・・・・・」
「うまく言葉にできないんですけど・・・、ここが、聡史にとってとても大事な場所
だったと云うことができると思うんです」
「私たちのいる故郷よりも?」
「それは、故郷も聡史にとって大事な場所であると思います。でも、ここは、そう云
ったところとは次元が違うんです」
「家族や想い出とは違う大事なもの、と云うことかな?」
「はい」
「でもそれがなんなのか、うまく説明できないんだね?」
「はい、・・・すみません」
彼は慌てて云い足した。
「いやいや、君を責めてるんじゃないよ。大学に入ってからの聡史のことは、私より
も君の方がよく分かっているだろうからね。それで良いと思う。」
「はい」
「もし言葉にできるようになったら教えてほしい。良いかな?」
「はい」

 彼は聡史と共に故郷に帰っていった。

 僕はこの時、聡史の父親に助けられた。精神的に。とても。

 僕を助けてくれたのは、彼だけではなかった。聡史もまた、僕のことを助けてくれ
た。

 その日の夜。
 僕は、布団に入ったが眠ることができずにいた。ずっと、聡史がここに残った理由
を考え、それを言葉にする作業を続けた。なんとなくは分かっていた。言葉にできな
いだけだ。
 諦めて眠ることにした。

 夢を見た。聡史が僕に聞いた。
「どうなるのかな?」
え? 何のことだ? 聡史、お前何のことだよ、なに云ってるのか分からないよ
「人類が滅亡するのか、だよ」
そんなこと僕に分かる分けないだろ、聡史
「そうだね、そんなこと誰にも分からないよね」
そうさ、誰にも分からない。人類の事なんて誰にも分からない。分からない。分から
ない。分からない。分からない。分からない。なにも分からない。僕にはなにも分か
らない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

違う。
人類のことを考えていたんじゃない。僕は、聡史のことを考えていたはずだ。
「そうだ。僕のことを考えていたんだったね、君は」
お前は何でここに残ったんだ?
「なぜかな。なぜだと思う?」
そんなこと僕に分かるわけないだろ。教えてくれよ、どうしてここに残ったんだ?
「・・・・・・」
おい、答えてくれよ。聡史、聡史、おい何か云えよ
「人類は滅亡するかもしれないけど、僕は・・・、今を生きたい。今この瞬間を生き
ていきたい」
え?
「死は確かにいつかやってくる。でも、決められた死だけはいやだ。自分が納得ので
きる生き方を全うして、そして死にたい。この部屋には、今の僕のすべてがある。自
分の人生を賭けるべきものがある。家族には悪いけど、短い僕の人生で、唯一この世
に残せるもののためには、命も惜しくはないよ。君には大げさに聞こえるかもしれな
いけどね、だから僕はここから離れるわけにはいかなかったんだ」
そのために・・・・・・
「そう、そのために」

「そうか!」
僕は、聡史の机の一番上の引き出しを開けた。そこには、原稿用紙の束が入っている
はずだ。
「あった」
聡史は、詩を書きためていた。この引き出しには、聡史の思いが込められていた。決
して見ないでほしいと聡史は云っていた。恥ずかしいからと云っていた。
「見るぞ、聡史」
原稿用紙は全部で百枚ほどだった。そのすべてが、四百字詰め原稿用紙一枚に収まる
短い詩だった。聡史は、夜寝る前にコツコツと書きためていた。
 用紙の下には通し番号が書かれていた。最後のものには102という数字が振られ
ていた。そこには、詩ではなく、日記のようなものが書かれてあった。
<人類が滅亡しようとも、僕のこの詩のようなものは、この世に残るだろう。僕が、
確かにこの世に存在したという証だ。たとえ人の目に触れることが無くても云い。た
だ、あの人に読んでほしい。それが僕の最後の望みになるのかもしれない。
そうだ、もし・・・がこの文を読めば、この詩をあの人に渡してくれるかもしれない
。そう願って筆をおろそう>
何で云ってくれなかった。この詩を見つけることができたから良かったが、そうでな
かったら”あの人”にこれを渡すこともできなかったではないか。
 そうだ。”あの人”がいるからここを離れることができなかったんだ。

「なぜ、家にも病院にも来なかったんですか?」
僕は彼女に聞いた。
「目を開けない聡史君には会いたくなかったの、ごめんなさい」
彼女は僕らの一つ年上だった。
「いえ、別に良いんですけど。それよりこれを見てください」
僕は聡史の『詩集』を彼女に渡した。
「”あの人”というのはあなたのことですよね?」
「ええ、そうね。多分そうだと思う」
「あの・・・、聡史のこと・・・」
「良いのよ、なにも云わなくて。私の中では聡史君はまだ私あてに詩を書いているわ
」

 やっとの思いで僕は彼女を捜し当てた。聡史の手帳なんかは彼の父親が持って帰っ
ていたから、友人や培地先の本屋の人に聞いて回った。
 彼女は、聡史の病気のことを知っていたと云った。
「そうですか、良かった」
僕はこう云った。

 本当に良かったと思う。聡史は彼女にすべてをうち明けていた。二人の間には、人
類滅亡も割ってはいることはできないんだと思って、僕は嬉しくなった。
 あの日の夜、聡史が「どうなるのか」と聞いたのは、人類のことではなく、僕のこ
とだったのかもしれない。
 なにも知らない僕が、聡史がいなくなった時、どうなってしまうのか。それを思っ
て悲しくなって流した涙なのかもしれない。
 今となっては誰にも分からないが。人類が滅亡したらどうなるのか、誰にも分から
ないように・・・。  



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