#982/1336 短編
★タイトル (BYB ) 98/ 1/14 18:56 (176)
お題>「復活」下 つきかげ
★内容
おれはとりとめのない回想から意識を運転に戻した。信じられないものを見たか
らだ。おれは隣で眠っているリカを揺り動かした。
リカは寝ぼけまなこをこすりながら、言った。
「どうしたのよ」
「みてみろ、街の明かりだ。人間のいる街だ」
リカはその言葉で目が覚めたらしい。おれたちはいくつもの街をみてきた。その
街はすべてゾンビに支配された街だった。機能を維持している街はひとつもなかっ
た。
しかし、とうとうおれたちは明かりの灯った街を見つけたのだ。
「アキラ、落ち着いてよ」
「落ち着け?落ち着いてるさ」
「電気が使われているからといって生きた人間がいるとは限らない。ゾンビたちだ
って電気くらい使えるでしょうよ」
確かにリカの言うことには一理ある。やつらとコミュニケーションをとろうとし
たが、無駄だった。やつらはとにかくおれたちを殺そうとする。しかし、やつらに
は明確に知性があった。やつらは不死身の身体をっている為、食事や暖房といった
文明の利器には無縁である。だから都市機能を放棄しているらしい。
しかし、やつらは知性をもっているはずだ。行動を見ていればなんとなく判る。
やつらは死なないためおれたちと違った行動をとるが基本的に論理的に説明のつか
ない行動はしない。
「まあ、その可能性は否定できないな。しかし、なぜやつらは電気を使う?やつら
は娯楽とも暖房とも無縁の存在だ。理由がない」
「それは判らないけど。用心するにこしたことはないわ」
当然である。おれたちの乗るランドクルーザーは明かりの灯った街に入った。リ
カはショットガンを構えて上半身をサンルーフから出す。
この街にやつらの気配はなかった。姿が見えなくてもなんとなくやつらがいれば
判る。殺意があちりに満ちているためだ。
おれたちは一時間ほど街の中を走り回った。生者も死者もいない。動くものの影
も見えない。
明かりのついた建物に入ってみたが、人の気配はない。それどころか長い間、人
が踏み込んだ様子がない。
「結局ここも同じか」
「偶然、電気の供給が生きていたのでしょうね」
おれたちはくまなく調べまわった結果、モーテルに入ることにした。長い間使用
されていなかったようだが、エアコン等の設備は生きているようだ。
部屋に入るとおれはリカに言った。
「交代で眠ろう。まずおれが見張りをする」
リカは微笑む。
「眠るだけなの」
おれは苦笑し、リカを抱き寄せくちづけをした。
おれは夢見ごごちのリカのからだから離れ、服をみにつける。窓から外をみた。
あいかわらず人の気配はない。おれは服を身につけているリカに声をかけた。
「少しでてくる」
「一人で?」
「ああ」
「大丈夫?何をする気?」
「たばこの自販機が生きてるようだ。行ってくる」
リカは苦笑した。
「気をつけるのよ」
おれはリカにほほ笑みかけると部屋を出た。おれはすっかり気がゆるんでいた。
しかし、完全に油断していたわけではない。たばこを自販機からとりだした時にも、
そいつがいることには気づいていた。おれは振り向くと、冷静にM19をそいつに
むけた。
しかし、おれは自分の甘さを思い知ることになった。おれは自分の足元に転がっ
たそれが何かは判ったがよけることができなかった。そいつはスタングレネードだ。
M19を撃つ前にそいつが炸裂し、激しい光りと轟音でおれは視力と聴力を失う。
その直後に背後から打撃がおれを襲った。
おれが気がついたのは、民家の中でだ。もう夜は明けたらしい。おれは椅子に座
らされていた。武器はなくなっているが、体の自由はある。
目の前に三人の男がいた。その姿から判断するとどうも自衛隊員らしい。しかも
レンジャー部隊のようだ。
ひとりの男が言った。
「佐山明さんですね」
「ああ」
「私です。田村です。あなたの部下だった」
おれは苦笑する。
「そんなときもあったな」
おれは田村に問いかける。
「おまえらは死者なのか?」
田村はやさしくほほ笑んだ。
「あなたがお望みならそういってもいいですよ。私たちは死んで甦った」
田村の顔にはなにかとても満たされたものがある。安らぎと言うべきなのだろう
か、それを。かつて精悍な戦士であった面影はない。
「佐山さん、私たちはずっとあなたたちを見ていました。もっと早くこうすべきた
ったと後悔しています」
「こうすべきとは?」
「あなたたちとコミュニケーションをとるべきだったということですよ。あなたた
ちに全てを説明し、自主的に死を迎え入れてもらえばよかった」
「冗談じゃない。死を迎え入れるだと」
「そうです。死はもう忌むべきものではない。復活のときを過ぎたのだから」
「なるほど、死ねばおまえのように幸せな顔になれるのかもしれんが、いずれ寿命
がくればおれたちは死ぬんだ。ほっといてもらおう」
「神に会いたくはないのですか」
「神だと?キリストのことを言ってるのか」
「はい」
田村は頷く。その顔は仮面に見えた。至福の表情を焼き付けた天使の仮面。
「救い主はエルサレムにおられます。わたしたちは皆、エルサレムに行き、裁きを
うけねばなりません」
おれは首をふった。
「裁きをうけるとどうなるんだ」
「赦されたものは天国へ」
「おれは地獄いきだよ」
「神に祈りなさい」
「ほざけ」
田村は銃をつきつけた。
「こうはしたくなかった。あなたに理解してもらいたかった。しかし、しかたがな
い」
おれは肩をすくめる。
「いそぐなよ。死ねば理解できるんだろうがもう少し話そう」
「はい」
「都市機能はすべて死んだ訳ではないのだな」
「ええ。おそらく数十年は維持させねばならないでしょうね。日本で死んだすべて
の者をエルサレムへ運ばねばなりません。今、全ての船と飛行機がその為に使用さ
れています。今はまだ復活のときに死んだものしかいませんが、次第に過去に死ん
だものが甦ってきます。急がねばすべての機能がとまります。数十年後に死んだと
してもエルサレムにいく手立てが残っていないかもしれません」
「泳いでいくさ」
「本当にそうすることになりますよ」
おれは突然笑いの衝動にとらわれた。まじめな顔でおれを心配する田村を見てい
るうちにどうしようもなく馬鹿馬鹿しくなったためだ。
おれは笑った。どうしても笑いがとまらなかった。涙がこぼれたが笑いつづけた。
田村の目に殺意が宿る。それでもおれは笑っていた。
突然、田村の顔が消失した。ダフルオーバックの散弾が炸裂した為だ。後ろの二
人が銃を撃ったのと同時におれの水面蹴りが二人の足をなぐ。
おれは田村の銃を奪う。ブローニングのダブルアクションオートマチックだ。お
れはその銃を使って倒れた二人の男の足を打ち抜く。
おれは窓辺へ走りよった。そこにはショットガンを構えたリカがいた。リカと一
緒におれたちはランドクルーザーに乗る。
おれはリカの青ざめた顔に気づく。
「撃たれたな」
リカは無言で頷いた。
おれたちはとある山荘に潜んでいた。リカは腹を打ち抜かれている。放置してお
けば死ぬだろうがおれにはモルヒネを打ってやる以外手当てのしようがなかった。
「アキラ」
横たわったリカの呼びかけにおれは答える。
「なんだ」
「あなた全ての真相を知りたがっていたわね」
「ああ」
「今なら私は全てを説明してあげれる」
おれはリカの顔をみつめる。
「どういうことだ」
「私に死が近づいている。だから判るの」
おれは無言でリカの手を握る。
「すべての人間が死んで甦ったのはエントロピーの逆転のせいだわ。宇宙的なレベ
ルの変動がおこってエントロピーが逆転したのよ」
「エントロピーだと」
「そう、これまで正のエントロピーの自然界の中で唯一負のエントロピーを持って
いた生命は、エントロピーの逆転の中で一度死んだ。でも自然界が負のエントロピ
ーに逆転したため、もう一度甦った。世界と一体化して」
「しかし、天使や神はどう説明する」
「ユング心理学が説明してくれるわ。宇宙的激変に直面して人間の集合無意識部分
に眠っていた元型が表面に浮上したの。神は精神と元型が一致することによって甦
ったのよ。今、自然界は負のエントロピーに覆われており、そのことがシンクロニ
シティを促進した。すべての死者は集合無意識が表層化することによって繋がって
いる」
「じゃあ、おれたちだけが死ななかったのはどう説明する」
「一番簡単な説明よ。多分アキラ、あなたも気づいている」
おれはリカを見つめていた。
「私たちは死んだのよ。天使が喇叭を吹いたとき。でも私たちは自分たちが死んで
甦ったことに気づいていなかった」
「なぜだ」
「それはよく判らない。多分、私たちは元型を無意識の層に持っていなかったので
しょうね。長い間私たちが戦場にいたことと関係しているのかもしれない」
おれはリカの顔に手をあてる。
「もう休め、リカ」
「お願いがあるの、アキラ」
「なんだ」
「私は死ぬ。死んだら私の体を焼いて。甦る前に」
おれは言葉を失った。
「お願い、アキラ。あなたを殺す私を想像したくない。今度死んだらもう元型の力
に逆らえなくなるわ。私の中に元型が目覚めつつあるのが判るの」
「判った。約束しよう」
「ありがとう、愛しているわ。アキラ」
それから数時間後にリカは死んだ。おれはリカの言ったとおりにその体を焼き尽
くした。灰は山にまいた。
今、おれは山荘の部屋にいる。部屋じゅうにガソリンをまいた。外には数台の軍
用ジープが止まっている。多分、田村のやつが甦っておれを迎えにきたのだろう。
おれはゆっくりライターに火をつける。たばこを一服すると、それを床へ落とし
た。
紅蓮の炎が部屋を覆う。この後おれに訪れるのはおそらく、復活。
終わり