AWC 詩>天使の梯子               κει


        
#971/1336 短編
★タイトル (WJM     )  97/12/29   0:49  ( 57)
詩>天使の梯子               κει
★内容

                  ・

 あなたは心の優しい人。そうしてどこか孤独な世界を持ち合わせているような強さ
を感じさせるよ。凍てつくような空から雪が降り始めた晩に、未来への仄かな焔が私
の胸に宿ったよ。あなたのダッフルコートに埋もれていたどうしようもない私へと注
がれる温もりだったよ。

                  ・

 様々な感情の停滞。泉のように胸に湧く一つの愛情。素朴な言葉に命を吹き入れて
、くすんだ視界へ向けぽつりとつぶやく。あなたが笑う。幻の永劫不変の最後の砦。
汚れた新聞紙が冬風と俗っぽく踊る。一匹の妖精が私の肩に触れ、頬に触れ、唇に触
れて。街の聖者の優しい眼差し。


                  ・


 天空で聴くものもなく奏でられる未知の音楽やその下で月に煙る幻の湖。蜘蛛の糸
にのる精霊の涙。未熟な魔法使いの繰り返される恋いの呪文。世界の終焉に咲くのを
待つ一輪のすみれの花。赤ビロードの椅子に腰掛けて物憂く溜息をつく神の憂鬱。直
立する日時計と化したエチオピアの聖人の郷愁。世界の孤独。

                  ・

 朝の陽に幸福が秘密裏に溶かされる。スパイスを過去への哀愁にして。そうして甘
美で危険な誘惑が冷たさの残る空気に漂う。無数の夢が窓ガラスを抜け晴天の空へと
ゆるやかに昇り混じり終える頃、最も神聖な食卓から命の水が大気へといくらかこぼ
れる。雑木林に潜む魔女も思わず溜息をもらす。

                  ・

 私は屋根裏部屋に潜む古代からのとげとげしい哲学者。厳めしく現代をブランデー
でかき消して、純潔の精神に思いを馳せる。何千年もの時のうねりが洪水のように部
屋へ押し寄せて、すばらしい昂揚をもたらす。そうして私はまた一つの呪縛にとりつ
かれることになる。

                  ・

 地中深く殉教者の眠る草原やその木立に吹いてくる春の風を受け、充足した心で少
女が静かに歌を口にした。砂浜に一つ忘れられたきりのランタンが白波を照らしてい
る。静かな季節だった。暖炉の傍らで目を閉じるペルシャ猫が主人の心の傷を癒す夢
をみる。その手入れのほどこされた毛並みを彼女の夢が子供のように滑って戯れる。

                  ・

 名もない一匹の野良犬からきよらかな雨の滴が地球へと一滴一滴と滴ってゆく。け
れどもアスファルトで覆われ黙りこくった地球。夢の樹木と花に埋もれたくても。墜
ちた放蕩息子が豚の餌を食べている。愚かしい街を徘徊する聖者が堅く握りしめてい
た拳をゆっくりとひらけば、そこへ注がれた天使の梯子。





                          κει(けい)



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