AWC クリスマスソング        リーベルG


        
#962/1336 短編
★タイトル (FJM     )  97/12/24   2:52  (181)
クリスマスソング        リーベルG
★内容

 世界の最後の一日は、奇しくもクリスマスイヴにあたっていた。かつて、愛し
合う恋人たちのためにあり、今や人類への挽歌となった無数の甘いラブソングが、
祈ることを諦め、呪うことにも疲れた人々の耳を優しく慰撫していた。
 最後まで希望を捨てていない、もしくは捨てていないふりをしているパイロッ
トたちは、夜明けのラ・ガーディア国際空港に集結していた。100機足らずの
戦闘機が、夜明けの攻撃開始を待って全ての滑走路を埋め尽くしている。その周
辺には、たとえ無駄とわかっていても、最後まで義務を放棄しようとしない男女
が、黙々と最後の点検作業を行っていた。その人々の上にも、甘く楽しげな音楽
が流れていた。
 空港から5キロほど離れた公園で、少女は男に出会った。
「ハロー、お嬢ちゃん」男はベンチに座ったまま呼びかけた。「散歩かい?」
「ハロー、ミスター」少女は礼儀正しく挨拶を返した。「隣に座ってもよろしい
ですか?」
「遠慮することはないさ」
 少女は男から1メートルほどの間隔をとって座った。
「こんなところで何をしているんですか?」
「世界に最後の別れを告げていたんだよ。ろくでもない世界だったがね」
「まだ、攻撃があるんでしょう?」
「無駄だよ。のろまな蠅みたいに叩き落とされるさ」
「知ってるわ」
 少し離れた場所から爆発音が聞こえてきた。
「全く、人間ってやつは」男は舌打ちした。「静かに最後の時を迎えるつもりは
ないのかね」
「サウス・ブロンクスのあたりはずっと燃えてるわ」
「お嬢ちゃんはどこに住んでるんだ?」
 少女はかぶりを振った。
「ニューヨークに家はないの」
「そうか。日本人か?」
「ええ。二週間前にこっちに来たの。あの騒ぎで帰ることもできなくなったわ」
「悪いときに旅行に出たもんだ」
「そうじゃないの。あたし、心臓に病気があるの。とっても珍しい病気で、手術
できるのは世界に一人しかいないって。やっと、その先生の予約が取れたから」
「少し遅かったわけだ」
「どっちみち成功率は30パーセントだったんだけどね」
「寒いのに出歩いて大丈夫なのか?」
「もうどうでもいいから。おじさんは何のお仕事をしてたの?」
「役者だったんだ」
「へえ、すごいわ」
「売れない役者だった」
「どんな役をやったの?」
「ハムレットだってやったさ。酷評されたけどな」
「to be,or not to be」
 男はにやりと笑った。
「寒くないのか?」
「大丈夫。でも、少し近づいていい?」
「いいよ」
 少女は男と肩が触れ合うまで近づいた。男は巻いていたマフラーを、少女の首
にかけてやった。
 夜明けの息吹が感じられるまで二人は寄り添っていた。曙光がビルの谷間から
鋭い剣となって伸び始めたとき、空港の方から無数の光点が一斉に上昇していっ
た。
「始まったわ」
「最後の大いなる無駄遣いだ」
 男の言葉と同時に、遙か上空から針のように細い光が走り、懸命に上昇する戦
闘機の一機を貫いた。戦闘機はあっけなく空中で飛散した。続いて別の一機に光
が命中し、同じように炎と爆風と破片に変えた。
「あの戦術AIは、1秒間に512個の別々の目標を捕捉できるんだ。無駄だよ」
「でもみんながんばってるわ」
「そうだな。だが、どうせがんばるのなら、こんなことになる前にがんばるべき
だったんだ。あんな軌道兵器を空に浮かべる前に、そんなものが必要じゃない世
界を作るべきだった」
 少女は同意しなかったが、否定もしなかった。
 今や、明け方の空は無数に開いた炎の花で覆われているようだった。永遠に世
界の平和を約束するはずだった軌道兵器は、人々の最後の希望を効率的に排除し
ている。それは恐ろしい光景ではあったが、同時に美しくもあった。
「ねえ、おじさん」
「なんだ?」
「あたし、まだ恋をしたことがないの」少女は空の光景から目をそらさずに言っ
た。「恋ってどんなもの?」
「たいていは後になって錯覚だったとわかるものさ」
「ずいぶん醒めた見方をするのねえ」
「それが大人になるってことだ」
 少女はくすくす笑った。
「あたしは幸い大人にならずにすみそうだわ」
「不幸中の幸いだな」男も微笑んだ。「この出来事にも少しは良い面があると知
るのは嬉しいね」
 人間の持つ最良の勇気を証明するかのような攻撃は、しかし早くも終わりにさ
しかかっていた。もともと攻撃が成功する見込みは無に等しかった。空に浮かん
でいた無数の炎も、今はほとんど消えかかっている。
「少なくとも、パイロット連中は自分のプライドを守って死んでいけたわけだ。
奴らは空を舞台に死を演じる俳優だ。地上で座して死を待つことなど耐えられな
かっただろうな」
「おじさんも舞台で死にたかったの?」
「できればな」男は肩をすくめた。「もっとも、おれの劇場は燃えちまったし、
たとえ舞台が無事でも観客がいるとは思えないからな。誰にも見てもらえない芝
居などマスをかくようなもんさ。おっと、失礼」
 少女は口元をほころばせた。
「ねえ、おじさん。ここで演じてみてよ」
「なんだって?」
「ここを舞台だと思って」
「お嬢ちゃんが観客というわけかね?」
「そうじゃないわ。私が共演するのよ」
「どんな役を?」
「恋する乙女の役に決まってるじゃない」
 男はしばらく少女を見つめていた。
「あのなあ。気持ちはわからんでもないが、ここで恋する演技をしたところで、
恋を経験したことにはならんぜ?」
「そんなことわかってるわよ。でも、おじさん、役者なんでしょ?」
「売れない役者だ。売れなかった、というべきか」
「だったら私に恋してる演技ぐらいできるでしょ?」
「そりゃ、やってやれないことはないと思うが……」
「ここで会ったのも何かの縁よ。最後の芝居を見せてよ」
「うーん。そりゃ無理だな」
「どうしてよ?」
「なぜかと言うとだな。一目見たときから、君を好きになっていたからなんだ。
だから芝居じゃない」
 言葉と同時に男は少女の身体を抱き寄せ、優しく唇を重ねた。少女は一瞬抵抗
する素振りを見せたが、すぐに力を抜いて男に身体を預けていった。
 二人の周囲で時が歩みを止めた。
 長いキスが終わったとき、少女は頬を真っ赤に染めて目を閉じた。
「なんか心臓がどきどきいってる。病気が悪化したのかしら」
「違う病気だよ」
 再び唇が重ねられた。



 究極の戦術人工知能<エンジェル>は、人類を滅ぼす複数の兵器を活性化させ
たまま、目に入るあらゆる事象を観察し、分類し、記録していた。数十発の戦略
核兵器、対都市用粒子ビーム兵器、迎撃用レーザーキャノン、マイクロウェーヴ
照射システム……<エンジェル>はその全ての準備を終え、7時間後のゼロアワ
ーを待っているところだった。
 <エンジェル>の地上監視システムは、飽くことのない好奇心で地上の人々の
営みを眺めてきた。今、高性能電子アイ群と映像分析ルーチンが捉えているのは、
公園で抱き合っている男と女だった。
 普段ならば戦術的要素に関わりのない事象は、あっさり見過ごすのだが、この
ときの<エンジェル>は、好奇心を満足させることを優先していた。成長し続け
る<エンジェル>の電子的自我が、論理的思考を上回った結果である。
 多くの点で、今目撃している光景は興味深いものだった。男と女はついさっき
出会うまでは、全くお互いを知ってはいなかったはずだ。それなのに、今、二人
は何十年からの恋人同士であったかのように、熱烈な口づけを交わしている。
 <エンジェル>の好奇心は限界を越えた。
 その瞬間、完璧だった防衛システムに、ほんのわずかな瑕疵が生じた。最後に
残っていた数機の戦闘機が、驚くべき幸運に支えられて<エンジェル>に急迫し、
先頭の2機は対衛星ミサイルの照準をロックできるポイントまで到達することが
できた。
 2基のミサイルが戦闘機の機体から離れた。強力な推進剤が点火され、ミサイ
ルは軌道上の<エンジェル>に向かって真空を切り裂いていった。



「素敵だった」少女は頬を染めたまま言った。「身体が溶けちゃうかと思った。
心臓が破裂しなかったのが奇跡みたい」
「クリスマスイヴだ。奇跡だって起こるさ」
「あと、どれぐらいかしら?」
「1時間かそこらのはずだ」
「もう一度キスして」



 監視装置が警告を発すると同時に、<エンジェル>はレーザーを発射した。だ
が、数百分の1秒の差で、ミサイルの一基が危険距離まで到達していた。レーザ
ーはミサイルに命中したが、同時にミサイルは無数の金属片と化して<エンジェ
ル>に襲いかかった。



「まだ戦闘機が残っている」
「そんなことどうでもいいから。ねえ、ちょっと胸に触ってみてくれる?」



 だが、その事態は<エンジェル>が保有する交戦シナリオの一つで予測された
ことだった。防衛システムは直ちに対応策を展開した。熱いヘリウムガスと電磁
波のシールドが<エンジェル>を覆った。ミサイルの金属片は、ことごとくそれ
に阻まれ、ついに<エンジェル>に損傷を与えることはできなかった。1秒後、
レーザーが最後の数機を破壊した。
 <エンジェル>は今の事態を熟慮した。そして、内部ロジックの診断ルーチン
を再チェックするまで、破壊兵器の放出を中止することを決定した。
 今や、<エンジェル>は戦術的要素を排した目で地上を眺めていた。そして、
地上には興味深い事象が満ちあふれていることに気付いた。



 小さな奇跡を起こした少女は、そんなことには気付かず、ほんのひとときの甘
美な想いに酔いしれている。
 どこかから、クリスマスソングが流れはじめた。


                                                                 The End




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