#886/1336 短編
★タイトル (AZA ) 97/ 8/31 13:24 (182)
こころみ消去 なか゛やま
★内容
「僕は牛だ」
散々、注文をした最後に、山中大助が言った。
彼を見つめながら、外村有子も言った。
「私はうなぎ」
「ご注文は以上ですね?」
店員が伝票のメモを抱えて、言った。たくさんの注文が出たせいか、唖然と
しているように見受けられる。
「繰り返します。牛丼一つ−−」
「いえ、繰り返さなくて結構です」
つっけんどんな口調の山中。
「君の耳がまともなら、そして君の勤務態度が真面目なら、君は聞き間違えた
り聞き逃したりはしていないはずだ。たったこれだけの注文を間違えるほどの
愚か者ではあるまい」
「し、しかし、お客様」
店員の表情に怯んだ様子が色濃く浮かぶ。
「その、マニュアルというものが……」
「そのマニュアル、どうしても言わなければならないの?」
有子が口を挟む。
「はい、いえ、その……規則ですから」
「それなら、せめて、僕らの前でやらないでくれ。奥でこっそり、唱えるんだ。
ただし、間違った注文を持って来たときは、君の責任だからね」
「そんな」
「ああ、何遍言わせる気だ? もしこれで君が間違えたとしたら、君は大馬鹿
者だぞ。大馬鹿に接客させる店は、社会的制裁を受けるべきじゃないかな」
「……わっかりましたっ」
乱暴に言い捨てると、店員は凄い勢いで立ち去った。
「ちょっとやり過ぎじゃないか」
山中大助が店員の方を見やりながら、苦笑いをする。
「そんなことはない。繰り返している時間があるなら、さっさと引っ込んで、
早く注文を持って来いってんだ。店員がちゃんと聞いてりゃいいんだよ」
涼しい顔の山中。実際、口笛の一つでも吹きかねない。
「店員にいちゃもん付けてる方が、よほど時間の無駄だと思うね」
山中大助は首を振ると、お冷やを口に運んだ。ベルの音が、どこかでした。
その仕種につられたか、外村有子も水を飲んでから、尋ねる。
「ねえ、山中さんは何も食べないの?」
「ああ。さっき、ラーメンを入れてきたばっかりなんだ。それより大助、おま
えがあんなもん食うなんて、驚いたぞ」
山中が山中大助に言う。
「好みが変わったのか」
「いいじゃないか。俺の勝手だろ。−−有子さんまで、何も食べないの?」
「ええ。ダイエット中なの」
お腹の辺りに手をやる有子。それを見て、外村有子が膨れ面になった。
「あんたがダイエットなんて言い出したら、私はどうすればいいのよ〜」
「いいじゃない。あなたは今のままが、ちょうどいいんだから」
「そうかなあ」
「さっきだって、誰を見てたのよ」
「え?」
有子に質問された外村有子は、笑顔を強張らせた。
「またぁ、とぼけちゃって。注文してるときに、ぼーっと見てたでしょ。どの
テーブルかな?」
「ぼーっとなんかしてないわよ」
「いいからいいから。あの彼かな? 格好いい」
有子が指差した先を振り返った外村有子。そして顔を戻すや、ぶんぶんと首
を横に振る。
「違うったら。私が見ていたのは、その隣のテーブル。ほら、二人連れで、こ
っちに顔を見せてる……」
外村有子は、彼を指差した。
その品定めをせんとばかりに、有子だけでなく、山中大助と山中も軽く首を
動かす。
が、そこへ料理が届いてしまった。
不機嫌そうな顔の店員が、不機嫌そうな手つきで皿を並べていく。山中大助
の嫌がらせ(本気かもしれないが)に懲りたか、店員は無言のままである。誰
がどの料理なのかを確認せずに、どんどん置いて行く。そして全力疾走を思わ
せるスピードで、去って行った。
「さて、食べますか」
にやにや笑いながら、山中大助は割り箸を二つに割った。
テーブルの上にずらりと並んだ料理の中に、うなぎが使われている物はなか
った。
「牛丼、一度食ってみたかったんだ」
山中大助が、よだれを垂らして言った。その頭には、二本の角が生えている。
手は、意外と器用に箸を操っていた。
「私には共食いは無理だわ」
外村有子が、ぬるぬる光る身体をくねらせながら言った。それからおもむろ
に、注文した料理に口を付け始める。
「ところでさあ」
外村が言った。
外村有子、有子、山中大助、山中が一斉に声のした方を向く。
肩をすくめた外村が、ため息混じりにぽつりとこぼす。
「折角の宇宙旅行なんだから、もっと珍しい物、食べたらいいのに」
宇宙旅客船内の大衆食堂は、大変にぎやかだった。
−−終わり
登場キャラクター
山中大助・・・牛
山中・・・多分、人間。ラーメンを食べた直後
外村有子・・・うなぎ
有子・・・多分、人間。ダイエット中
外村・・・多分、人間
店員・・・何人いるか分からない
彼・・・誰のことだか分からない
*分かり易いよう、台詞のあとに誰が喋ったかを記した物も収録しておきます。
こころみ消去 なか゛やま
「僕は牛だ」(山中大助)
散々、注文をした最後に、山中大助が言った。
彼を見つめながら、外村有子も言った。
「私はうなぎ」(外村有子)
「ご注文は以上ですね?」(店員)
店員が伝票のメモを抱えて、言った。たくさんの注文が出たせいか、唖然と
しているように見受けられる。
「繰り返します。牛丼一つ−−」(店員)
「いえ、繰り返さなくて結構です」(山中)
つっけんどんな口調の山中。
「君の耳がまともなら、そして君の勤務態度が真面目なら、君は聞き間違えた
り聞き逃したりはしていないはずだ。たったこれだけの注文を間違えるほどの
愚か者ではあるまい」(山中)
「し、しかし、お客様」(店員)
店員の表情に怯んだ様子が色濃く浮かぶ。
「その、マニュアルというものが……」(店員)
「そのマニュアル、どうしても言わなければならないの?」(有子)
有子が口を挟む。
「はい、いえ、その……規則ですから」(店員)
「それなら、せめて、僕らの前でやらないでくれ。奥でこっそり、唱えるんだ。
ただし、間違った注文を持って来たときは、君の責任だからね」(山中)
「そんな」(店員)
「ああ、何遍言わせる気だ? もしこれで君が間違えたとしたら、君は大馬鹿
者だぞ。大馬鹿に接客させる店は、社会的制裁を受けるべきじゃないかな」(山
中)
「……わっかりましたっ」(店員)
乱暴に言い捨てると、店員は凄い勢いで立ち去った。
「ちょっとやり過ぎじゃないか」(山中大助)
山中大助が店員の方を見やりながら、苦笑いをする。
「そんなことはない。繰り返している時間があるなら、さっさと引っ込んで、
早く注文を持って来いってんだ。店員がちゃんと聞いてりゃいいんだよ」(山
中)
涼しい顔の山中。実際、口笛の一つでも吹きかねない。
「店員にいちゃもん付けてる方が、よほど時間の無駄だと思うね」(山中大助)
山中大助は首を振ると、お冷やを口に運んだ。ベルの音が、どこかでした。
その仕種につられたか、外村有子も水を飲んでから、尋ねる。
「ねえ、山中さんは何も食べないの?」(外村有子)
「ああ。さっき、ラーメンを入れてきたばっかりなんだ。それより大助、おま
えがあんなもん食うなんて、驚いたぞ」(山中)
山中が山中大助に言う。
「好みが変わったのか」(山中)
「いいじゃないか。俺の勝手だろ。−−有子さんまで、何も食べないの?」(山
中大助)
「ええ。ダイエット中なの」(有子)
お腹の辺りに手をやる有子。それを見て、外村有子が膨れ面になった。
「あんたがダイエットなんて言い出したら、私はどうすればいいのよ〜」(外
村有子)
「いいじゃない。あなたは今のままが、ちょうどいいんだから」(有子)
「そうかなあ」(外村有子)
「さっきだって、誰を見てたのよ」(有子)
「え?」(外村有子)
有子に質問された外村有子は、笑顔を強張らせた。
「またぁ、とぼけちゃって。注文してるときに、ぼーっと見てたでしょ。どの
テーブルかな?」(有子)
「ぼーっとなんかしてないわよ」(外村有子)
「いいからいいから。あの彼かな? 格好いい」(有子)
有子が指差した先を振り返った外村有子。そして顔を戻すや、ぶんぶんと首
を横に振る。
「違うったら。私が見ていたのは、その隣のテーブル。ほら、二人連れで、こ
っちに顔を見せてる……」(外村有子)
外村有子は、彼を指差した。
その品定めをせんとばかりに、有子だけでなく、山中大助と山中も軽く首を
動かす。
が、そこへ料理が届いてしまった。
不機嫌そうな顔の店員が、不機嫌そうな手つきで皿を並べていく。山中大助
の嫌がらせ(本気かもしれないが)に懲りたか、店員は無言のままである。誰
がどの料理なのかを確認せずに、どんどん置いて行く。そして全力疾走を思わ
せるスピードで、去って行った。
「さて、食べますか」(山中大助)
にやにや笑いながら、山中大助は割り箸を二つに割った。
テーブルの上にずらりと並んだ料理の中に、うなぎが使われている物はなか
った。
「牛丼、一度食ってみたかったんだ」(山中大助)
山中大助が、よだれを垂らして言った。その頭には、二本の角が生えている。
手は、意外と器用に箸を操っていた。
「私には共食いは無理だわ」(外村有子)
外村有子が、ぬるぬる光る身体をくねらせながら言った。それからおもむろ
に、注文した料理に口を付け始める。
「ところでさあ」(外村)
外村が言った。
外村有子、有子、山中大助、山中が一斉に声のした方を向く。
肩をすくめた外村が、ため息混じりにぽつりとこぼす。
「折角の宇宙旅行なんだから、もっと珍しい物、食べたらいいのに」(外村)
宇宙旅客船内の大衆食堂は、大変にぎやかだった。
−−終わり