#873/1336 短編
★タイトル (PRN ) 97/ 8/20 0: 4 (143)
お題>ノックの音がした>「本物のお姫様」 穂波恵美
★内容
ノックの音がした。
門番の穂波は、扉に視線を投げ、ため息をついた。
「これで、何人目だ?」
少なくとも、挑戦者は三百人を越えたと思える。
「やれやれ」
立ちっぱなしで、だるい脹ら脛をさすりながら門に向かう。
ふと背後の城を見上げ、またもため息が出た。
ことの起こりは、りりあん王妃の一言だった。
「ねえ、王子。あなたもそろそろ身を固めなくては」
亡き王の跡を継ぎ、立派に国を守っている王妃は、彼女自身が新しい夫を迎えても
不思議はない美貌と若さの持ち主だったが、義理の息子が立派な王になることに心を
砕くばかりで、本人にその気はまったく見受けられない。
有名な子供好きで、しょっちゅう孤児院に出かけ、時には子供を連れ帰ったりもす
る。夜中、子供のうめき声ともすすり泣きともつかない声が、王妃の部屋から漏れる
という噂もあるが、家臣達は口を閉ざしている。
りりあん王妃の優しい眼差しに負けたのであろう、悠歩王子は、とうとう身を固め
る決心をした。例の噂に負けたのでは、という声もあったが、腐っても王子、そんな
はずはないであろう。……たぶん。
王子は、容姿端麗、性格も少々真っ直ぐすぎるところと、一度言ったことは決して
翻さない強すぎる意志を除けば、すこぶる良い。
望めば、いくらでも嫁のあてはあった。
だが、王子も気ままな独身生活を簡単には捨てたくない。そこで、彼は后に迎える
者の条件を出した。
「本物の姫君なら、后に迎えよう」
本物の姫君……その条件は古より王家伝わる「秘伝の書」に書かれていた。
条件を判定する方法は、布団を何百枚と重ね、その下に敷かれた何かを判別すると
いうものである。それが出来た者が「本物の姫」と認定される。
かくして、城の広間に巨大な寝床がしつらえられ、計画は実行に移された。
無論始めのうちは、各国の姫君が押し寄せた。
政略的な意味合いも強かったが、本物の姫という称号にも惹かれるものがあったの
であろう。恐るべきは、政治か女の見栄か……
しかし、誰一人として「本物の姫」の称号を得られることはなかった。
不自然に敷かれた布団の山を見て、おおかたの計略を見抜いた姫もいたのだが、い
かんせん質問をしてくる相手が悪かった。
伝説の魔女、ルー。今でこそ宮廷魔導師として、平和な暮らしを営んでいるが、そ
の昔、国が戦に巻き込まれそうになったとき、たった一人で敵国に乗り込み、相手を
壊滅に追いやったという過去を持つ。
炎の魔法を三度唱えただけで、一つの城を完全に焼失させ、今ではその場所はペン
ペン草が揺れているという話だ。
そのような経歴を持つ魔女に、
「嘘をつけば、炎の洗礼を受けることになります」
と真顔で言われ、憶測など口に出せるはずがない。
かくして、姫君達は去り、噂を耳にした普通の娘達はほとんど後込みをしてしまっ
た。玉の輿には乗りたいが、命を懸けてまで……という意見はもっともである。
そして残ったのは、命を懸けるのを生き甲斐とするものたち。
いわゆる賞金稼ぎや、冒険者達であった。
その中でも、もっとも「本物の姫」の称号に近かったのは、謎の吟遊詩人、二十の
顔を持つといわれる永山だった。
惜しいことに、ベッドに入るときは、十二、三の美しい少女の姿だったのだが、質
問に答えるときには何故か、厳つい男になっていたため、正解を口にしたにも関わら
ず、失格となってしまった。
りりあん王妃は、「せめて質問に答えてからなら……」とため息をついたという。
吟遊詩人永山以降も、毎日のように挑戦者は訪れていたのだが、誰一人として「本
物の姫」ではなかった。
いい加減、悠歩王子も疲れていたが、今更適当に決めるなぞ、王子のポリシーが許
さない。ちなみに、彼のポリシーは、「男に二言はない」である。
そうして、日々はだらだらと流れていった。
穂波は、だるい足を引きずって門に近づいた。
「挑戦者の方ですね、どうぞ〜」
やる気のない声で、門を押し開けた穂波は、思わず目を見開いていた。
其処に立っていたのは、目の覚めるような美女であった。
長い黒髪を一つに束ね、白い肌に怪しいまでに輝く瞳。
かなりの長身だが、バランスのとれた身体つきをしている。
風邪でもひいているのか、咳をしている美女に、慌てて穂波は道を教えた。
「あの、でも本当に行かれるんですか?」
こんな美人が、魔法で黒こげにされるのは忍びない。
だが、美女は紅い唇の端をあげて、かすかに手を振ると城の中へと入っていった。
次の日、穂波は仲間に仕事を代わってもらい、広間にいた。
昨日の美女が、どうなるか知りたかったのだ。
既に、広間にはけっこうな人が集まっていた。マンネリ化していた行事だが、今日
のゲストは滅多にお目にかかれない美人である。
人が多いのも当然だった。
宮廷魔導師ルーが、トン、と杖をならすと、辺りがしーんと静まり返る。
「まず、宣言しておく。これからの質問に一つでも偽りを口にすれば、炎の洗礼が下
るであろう、それでもよいな?」
美女の頭が縦に揺れる。
「それでは、汝に問う。昨夜はよく眠れたか?」
美女は、頭を横に振った。
「ほう、理由を述べよ」
小さく咳払いをして、真っ赤な唇が開く。意外に、ハスキーな声が響いた。
「布団の下に、堅いものがありましたゆえ」
「堅いもの、それは何か判るか?」
「あのごろつきから判断して、丸みを帯びたもの……また、かなり小さなものだった
と記憶しております。そして、僅かに布団から漂ったあのかおり……おそらく、布団
の下にあったのは豆、それも日の国特産の小豆と思われます」
「見事だ!」
誰よりも早く立ち上がって叫んだのは、悠歩王子であった。
「そなたこそ、私の后にふさわしい! さあ、こちらに来るが良い、我が后よ」
だが、美女はその場に立ったまま、肩を震わせ始めていた。
「どうした? 感激のあまり泣いているのか?」
ルーの呼びかけに、美女は押さえきれなくなったように声をあげた。
「……くっくっく、ハーッハハハ、まんまと引っかかったな、悠歩王子!」
その声は、ハスキーなどというレベルではなく、どう聞いても男のものであった。
美女は、バッと上着を脱ぎ捨てる。中からクッションをぶったぎったようなものが
転がり落ちた。
「……男!」
りりあん王妃が、ショックを受けたのかよろめく。
「俺の名は、武闘! 見ての通り男だ。何故、俺が女装などしていたか、王子、お前
に分かるか?」
武闘と名乗った男は、握り拳を固めて力説し始める。どうも、自分の世界に入って
しまったようだ。おそらく、その先にいる王子の姿は見えていないのだろう。……見
ていたら良かっただろうに。
「俺の唯一人の可愛い妹、萌をよくも振ってくれたな! そのせいで、あいつは今で
も病の床にいるんだぞ!」
「へえ、妹さんがいるんですか? で、どうして振られたんです? テストに落ちた
んですか?」
いつの間に現れたのか、謎の吟遊詩人永山がマイクを武闘に差し出していた。
武闘は、フッと斜め下を向く。長い前髪が揺れ、憂いに満ちた表情が覗く。
「そうじゃない。萌は、妹は、炎に焼かれるという恐ろしい噂を耳にし、その対策と
して水ごりをしていて風邪をひいてしまったんだ!」
「…………それって、振られたっていうんですか?」
さすがの吟遊詩人も、呆然として問い返した瞬間、王子の朗々たる声が響きわたっ
た。
「よし! 男に二言はない! たとえお前の性別に障害があろうと、私が一度后にす
ると言った以上、その言葉に背くわけにはいかないな」
「さすがは王子! よく言ってくれましたね!」
りりあん王妃が、感動に目を潤ませている。どうやら、武闘が世界にはいっている
間、二人でこの先のことを決めてしまったらしい。
血はつながっていないが、思い切りのいいところはよく似た親子である。
逆に、予想だにしなかった展開にうろたえているのは武闘だった。
「ま、待て、何故そうなる? 俺は妹の復讐にきたのであって、嫁にきたわけでは…
…」
悠歩王子が、実に爽やかな笑顔をみせた。白い歯がキラリと光る。
「何、お互い初めて会ったばかり、色々意見の違いはあるだろうが、これから私と暖
かい家庭を築き、共に国を繁栄させていこうではないか!」
「ちがう〜」
武闘の声は、悠歩の演説に呼応して叫び声をあげた群衆にかき消され、誰に届くこ
ともなかった。
「今日は、いい天気だな」
妹にもらった黒こげの焼き菓子を手に、穂波は空を見上げていた。
国は平和そのものだった。ただ一つ心配事があるとすればそれは……
悠歩王子が、王になって三年……未だ、跡継ぎは生まれていなかった。
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この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
……ああ、すみませんごめんなさいいい。(夜逃げか、穂波?)