AWC お題>大型恐喝小説  「プライベートは誰だって」  ゐんば


        
#870/1336 短編
★タイトル (GVB     )  97/ 8/18   0: 5  ( 83)
お題>大型恐喝小説  「プライベートは誰だって」  ゐんば
★内容

 ノックの音がした。
 若い女性の一人暮らしであるから、当然梅田手児奈はいきなり開けたりしない。
「どなたですか」
「乾日新聞ですが」
 ああ、またかと思う。
「新聞とってくれませんか」
「ウチは他のとってますから」
 いつもはそれでおとなしく帰るはずだった。が、この日は違った。
「いいんですかそんなこと言って」
 予想もしてなかった言葉に、手児奈は一瞬どう反応していいかわからなかった。
「どういうことになるかわかってるんでしょうね」
 手児奈は得体の知れない恐怖を抑えながら応えた。
「どういうことでしょうか」
「まあ、まずは出て来て下さいよ」
 ドアを開けるべきかどうか。ためらいはあったが、このままだと大ごとになり
そうな気がする。手児奈はドアを開けた。
“新聞セールスマン 松本喜三郎”という名札をつけた男が立っていた。
「ま、とりあえずこの洗剤どうぞ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「ちょっと見て欲しいものがあるんです」
「何でしょうか」
 喜三郎は力バンかう一枚の封筒を取り出して開けた。
「まあ、この写真なんですけどね」
 写っていたのは手児奈に間違いなかった。
 バスローブ姿の手児奈。鏡の前で口紅を手にしている。そしてその口紅を――
鼻の穴に突っこんでいる。
「ああああんたこんな写真をどこから手に入れたのっ」
「蛇の道は蛇ってね。この写真あんたの職場に配ったらみんな喜ぶだろうねえ」
「これは、これは違うの。何で口紅があるのに鼻紅がないのかなって、ちょっと
思っただけなんだから、」
「んー、ま別に何ででもいいんだけどね」喜三郎は詰め寄った。「新聞とってく
れるかい?」
 手児奈は怒りで真っ赤になった。
「ああああんた脅迫する気」
「おやおや人聞きの悪い。ま、洗剤どうぞ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「誰が、誰があんたの新聞なんかとるもんですか」
「ほう。じゃあ、しょうがねえな」
 喜三郎は「俺もここまでやりたくはなかったが」と言いながら一枚の写真を取
り出した。
 写っていたのは手児奈に間違いなかった。
 べッドの上。手児奈が体をくねらせている。足を大きく拡げ、その足を両手で
支え、足の指を鼻の穴に突っ込まんとしている。
「やだ、違うの、いや、試しただけ、ほら人間ってね、足で鼻をほじくれるもん
かどうかね、」
「これあんたの親がみたら悲しむだろうなあ」
「だめ、だめ、絶対だめ」
「そうか。あんたがだめなら親御さん、て手もあるな」
「ななな何よ、親まで脅迫する気」
「‥‥親御さんご近所?」
「し、新幹線で二時間かかるよ」
「新幹線に乗って新聞配りにも行けないわな。ま、俺としてはあんたが新聞とっ
てくれりゃそれでいいんだ。ま、どうぞ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「いやだ、いやだ、殺されたってあんたの新聞なんかとるもんか」
「おや強情なお嬢ちゃんだ。じゃあ、これをごらん」
 写っていたのは手児奈に間違いなかった。
 ソファーに横たわる手児奈。手児奈はTシャツをめくり上げている。そしてそ
のおなかの上にはヤカンを乗せている。
「やだやだやだ違うの、ほら、へそが茶を沸かすっていうじやない、そりゃ、本
当に沸くとは思ってないけど、」
「‥‥変なねえちゃんだねえ」
「な、なによ人のプライベートの写真ばかり、」
「プライベートってのはアホなもんなんだね」
「ア、アホで悪うござんしたね」
「ふーん。焼き増ししてウチのチラシにはさんで配るってのも楽しいかもな」
「やめてやめて、やだやだやだ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「新聞とってくれる気になったかい?」
 手児奈は涙を溜めていた。
「ネガ返してくれる?」
 喜三郎はうなづいた。
「ねえ」
 手児奈が顔を上げる。
「なんでこんなことまでして新聞とって欲しいの?」
 喜三郎は鼻の頭をかいた。
「つーかねー、こんなことまでして写真撮ったんだけど、これじゃせいぜい新聞
とってもらうのが関の山なんよ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡して言った。
「プライバシーってね、意外とつまらないもんよ」

                               [完]




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