AWC お題>『ノックの音がした/戦闘マシーン』……武闘


        
#864/1336 短編
★タイトル (FWG     )  97/ 8/15   1:33  (190)
お題>『ノックの音がした/戦闘マシーン』……武闘
★内容
 ノックの音がした。
 武闘は不吉な予感に襲われた。
 悠歩さんが破壊した扉は、修理して鋼鉄製の頑強なものに変更してある。それでも、
まだ不安は解消されない。できれば壁にも3センチ厚の鉄板くらいは使用したいと思
っている。とはいえ普通のマンションでは、大家がリフォームだといっても許可して
くれるわけがない。
 武闘は足音を立てずに扉に近づき、さらに向こう側の気配を探った。
「こんにちは。Volです。武闘さん、遊びましょう」機械的で抑揚のない声だった。
 マズイ! そう考えた武闘は、マンションから逃げることに決めた。新品のバスケ
ットシューズを履き、2階の窓を開ける。下は芝生になっていて、人工灯が緑色を浮
かび上がらせている。武闘は音も立てずに跳躍した。芝生に着地すると、武闘の顔に
ライトの焦点が合った。
「武闘さんの行動パターンは全て記憶してあります。やはり逃げましたね」
 眩しい光の背後に黒いシルエットが浮かんでいる。
「Volさん、いやだなあ。逃げるなんて人聞き悪いよ。単なる跳躍訓練だってば。
というか野外訓練というか……」武闘は言葉を濁した。目の前の存在から目線を離せ
ない。
 Volは全身を軽装甲の強化服(スーツ)で包んでいる。スーツは白いエナメルの
輝きを灯し、頭部は黒い装甲メットで覆われていた。右目の位置にカメラのレンズが
三つ見える。それぞれ機能が異なっていて、赤外線投射型距離計を内蔵した望遠レン
ズ、赤外線サーモビジョン、服が透けて見える透視レンズ、と切り替えることができ
る。両腕には装甲アーマーがオプションで取り付けられていて、それぞれ特殊機能を
装備していた。さらに右肩には2連装ミサイルランチャーを、左肩にはスポットライ
トを装着している。スポットライトの点照明は武闘の顔に焦点を結んでいた。
「ドアを開けたら、ドッカーン、でしたよ。ドアの開閉でスイッチが入り、400グ
ラムの火薬に点火するのです。まあ、万が一を考えて実際に仕掛けるのが通のやり方
ですよね。ちなみに声はカセットテープに録音したものです」
 薄い振動膜を通したVolの声には抑揚やリズムが欠けている。それでも音の強弱
から楽しんでいるという気配は伝わってくる。
「私の近代兵器が勝つか、それとも武闘さんの古くさい戦闘法が勝つのか、勝負です。
ねっ、命をかけた楽しい遊びでしょう?」
 武闘は逃げようと周囲を窺った。
 いま二人がいる場所は樹木に囲まれた広場の中央だ。Volがどのような罠を仕掛
けているのか想像できない。安易に動けば死の手に絡みとられる可能性が高く、それ
が武闘の動きを封じていた。
「パワードスーツは白兵戦には向きません。今回は対人戦闘用の薄く軽いスーツを選
びました」
 Volが無造作に近づいていく。武闘との距離は5メートルを切った。
「ちっ!」舌打ちとともに、武闘は懐からナイフを取り出し、Volに向けて投げつ
けた。甲高い金属音が鳴り、ナイフはVolの装甲メットに弾かれる。ナイフは紐に
つながれてる。武闘が紐を引くと、掌の中に戻った。
「そのような玩具じゃ、ぼくと遊べませんよ」
 Volが左手を振ると、金属のアーマーから2本の光る爪が飛び出してきた。爪の
長さは30センチ程度で、手首からはみだしている。先端は鍵爪状になっていて、マ
ニュピュレーターとして使用することもできる。
「これは玩具じゃないですよ。高出力放電ブレードです。触れたら死ぬでしょうね」
 鍵爪の付け根が蒼白い火花をたてる放電現象で覆われた。大きく開いた2本の爪が
武闘の顔面を狙い殴りつけてくる。
「ふっ」と武闘はひとつ溜め息をつき、ナイフ頭上へと放り投げ、重心を大地へと沈
めた。
 刹那、武闘の身体がVolの視界から消えた。
 背の高い樹木の間にピアノ線が張られている。ナイフにつながった紐をピアノ線に
絡め、樹木のしなりを使って武闘は頭上高くへと跳躍した。
「人間の視野は横に広く、縦に狭い……Volさんも人間である限り、縦の変化には
弱いはず。古くさい戦闘法と馬鹿にするけど、それなりに使える物なのさ」
 武闘は空中で体勢をととのえ、ピアノ線に絡まった紐からナイフを外し、両手で掴
んだ。
「Volさん、さようなら」
 頭上から、装甲メットに全体重を乗せた一撃をくらわす。
 ナイフの切っ先が黒い装甲メットに触れた。
「げっ」装甲メットには、ひびひとつ入らない。
「5.56mmマシンガンでもびくともしないのだから、ナイフなど文字通り歯が立つわけ
がないですよ」Volの声が響く。
 それでも武闘はスーツの背後に回った。一般的に背嚢はエネルギージェネレーター
になっている。手動でエネルギーの供給を遮断するスイッチがあるかも知れない、武
闘はそう考えた。だが、背嚢で目立つのは数本のスリットだけだった。たぶん、スリ
ットの奥は呼吸用のフィルターが納められているだろうと想像した。
「このスーツ、悠歩さん直伝の『透し』では役にたてるかな?」
 武闘はスーツの脇腹に手を当てた。張りつめた神経が、一瞬で開放されるとき、尾
てい骨を起点とした振動が生まれる。振動は腰から肩を通り、肘から手へ、相手の身
体へと波紋となって伝わっていく。『透し』は目に見える部分は傷つけず、内臓に回
復不可能なダメージを負わせる。
「どうだ!?」
 武闘の呼びかけに、Volはゆっくりと振り返った。不透明なマスクからは表情は
読みとれない。カメラのレンズが焦点を合わせるために、小刻みに前後運動をしてい
る。
「残念だね、武闘さん。このスーツは重層構造になっているんだ。ありとあらゆるシ
ョックを吸収することができる。『透し』であろうと、スーツの前では無価値なんだ
よ」
 Volの右手が弧を描きながら武闘の胸部に迫った。武闘は一歩しりぞき、Vol
の右手は空を切った。Volは一歩間合いを詰めた。
「引っかかったね、わざわざ頭上に飛んだ意味を考えなかったのかな?」
 武闘は右手に掴んだロープをVolの目の前に差し出した。ロープの先端は細いワ
イヤーと繋がっている。ワイヤーはさらに上へと伸びている。ロープの反対側は大き
な円を描いて大地に横たわっていた。円の中にVolの足が入っている。
「頭上に小さな滑車があるんだ。もちろん樹の間に張ったピアノ線に掛けてある。ワ
イヤーは滑車を通り、さらに次の滑車へ、そして大きな岩に結ばれている。岩は一本
のロープで抑えているけど……」
 武闘がナイフを背後に投げた。樹木が作りだした影の部分に姿を消し、Volの身
体が宙に浮いた。足にロープが絡みつき、Volは中吊りになっている。時代物の振
り子時計のように、ゆらゆらと白い身体をゆらした。
「……ロープを切断したら、こうなるというわけさ。古典的なトラップだけど、効果
的だろう。それだけの装備なら、重くて上半身を起こすなんてままならないよね」
「なるほど、言われてみればその通りだね。だけど脱帽までには到らないよ」
 Volが上半身をわずかに引き起こすと、右肩のランチャーが火を吹いた。同時に
ロープが閃光をあげ、Volの身体が地に落ちていく。Volは器用に身体を回転さ
せ足から着地した。
「2連装のランチャー、一発は閃光弾。残った一発は地対地ミサイルなんだよ。武闘
さん、隠れたみたいだけど、無駄だよ」
 Volはレンズを赤外線サーモビジョンに切り替えた。樹木の裏側に赤い発色体が
忍んでいるのがモニターに映し出されている。
「赤外線サーモビジョンは熱で見るんだ。気配を消したところで、無意味なんだよ」
 Volが残った地対地ミサイルを発射する。白い煙が線を描き、幹周り2メートル
の桜の木を直撃した。破裂音と共に、武闘の体が樹木の陰から飛び出してくる。芝生
に沿って体を回転させ爆発で受けた衝撃を吸収している。Volは空になったランチ
ャーを取り外し、足下へと捨てた。
「これで、もっと身軽になった。さて、武闘さんは、如何様な手段で闘うのかな?」
 Volが喋り終えると、バシュー、とエアーの漏れる音が響いた。武闘は常時換気
式ではなく、断続換気式の通気システムを採用していると目星をつけた。よく観察し
てみると、スーツの胸部に膨らみがあることが分かる。膨らんだ空間がタンクの役目
を果たし、濾過しきれなくなった時に排気されるのだ。武闘は、排気音がする時、胸
部がしぼむことから間違いないと結論を出した。
 Volが大地を蹴った。
「速い!!」武闘が驚嘆するほど、速かった。Volの右手が武闘に迫る。瞬時に間合
いを詰められ、武闘は木立の陰に身をかわした。Volの掌が木立に触れた。
「ぼくの右手には高振動粉砕システムが組み込まれている」
 エアーの漏れる音と、機械的な声が調和していた。
 Volの掌が触れた幹周りが粉々になり、無事な上部が倒れかかってきた。武闘は
右に跳ねた。武闘がいた場所に崩れた枝葉が横たわった。
「なぜ、マンションの住人は気付かない?」不自然だと武闘は思った。マンションの
窓は全て閉じられている。灯影が見えても人影は見あたらない。
「ふふふっ。マンションの住人にはガスで眠ってもらいました。だから邪魔が入らな
い。
 武闘さんの背後は鬱蒼とした小山になってますね。逃げ込もうと考えているでしょ
う。でも、遅かった……」
 武闘は天を見つめた。天界は淡く発色している。発色した湾曲の壁は地へと続いて
いた。
「半径20メートルの電磁バリア。逃げ道はありません」
 Volの掌が再び迫った。ブーンと掌に組み込まれたプレートが唸り声をあげてい
る。目で追えないほどの高速運動をしているのだろう。
 武闘は目を閉じ、足を止めた。
「観念しましたか!」Volの掌が武闘の胸に触れた。
 ――武闘の体が粉々になった。全てが黒い粒子となり空中に漂う。
「変わり身の術!?」Volが叫ぶ。
 Volの背後には一抱えほどの袋を抱いた武闘が立っていた。
「健康ブームで一儲けを狙ったんだよねえ。粉末ココアを山ほど買い込んだのさ。ま
あ、売れはしなかったけど、変わり身の術には使える。元は取れたかな?」
「しゃらくさい!」
 Volが左腕を武闘に向けた。二人の距離は7メートル程度。鍵爪が武闘の顔面に
向けられた。
「さよなら、武闘さん……」Volがいうと、鍵爪が発射された。
 高圧電流銃にもなっている鍵爪は極細のワイヤーに繋がっている。鍵爪は袋に当た
り、武闘は飛び散った粉末ココアに紛れ、場所を移動した。Volはさらに鍵爪を発
射する。だが鍵爪は武闘ではなく粉末ココアで満たされた袋にしか当たらない。袋に
当たるたび、黒い粒子は空中に放出される。
 武闘の足が止まったとき、人工灯ですら霞んでいた。
「どこから袋をもってくるんだ!」Volは早口になっている。
「ふっ。つきかげさんにキャプテンドラゴンを紹介してもらったからねえ。銃は趣味
に合わないけど、ココアは好きなのさ」
「馬鹿ですよ。バズーカー砲でも出したほうが戦力的にプラスです」
「馬鹿? もしかしてVolさんは、すでに自分が負けていることに気が付いていな
いのかな?」武闘は懐から煙草を取り出した。
 Volは鍵爪を開閉させた。
「おっと、高出力放電ブレードは使わないほうがいいですよ」
 言い終えると武闘は煙草をくわえた。
「おや、余裕のポーズですね。……甘い、甘いですよ、武闘さん! 確かに呼吸用の
フィルターは粉末ココアで詰まっている。換気システムは停止してしまった。いずれ、
装甲メットを外さなければならないでしょうね。でもそれは、10分後です。貴方を
殺す時間はたっぷりと存在している」
 武闘は笑いだし、
「あらあ、まだ敗因が分からないの? 仕方ないね、教えて上げよう。Volさんが
得意げになって撒き散らした粉末ココア、すでに空気中の濃度は理想爆発点に到達し
ているのさ。つまり……」
 といって、百円ライターをVolに向けた。
「……つまり?」Volがオウム返しで尋ねる。
「つまり粉塵爆発を起こすということ。Volさんが電磁バリアで空間を閉じこめた
から使える技なんだよ」
「ぼくに殺されるより、自らの死を選ぶのか?」Volの肩が震えた。
 武闘は微笑みを浮かべ、ライターを点けた。
 半径20メートルの空間が揺れた。赤い稲妻が走り、電磁バリアに緑色の亀裂が走
る。漏れた振動がマンションの窓で震える。電磁バリアの中は白い煙で覆い尽くされ
ていた。それもバリア消滅とともに風に流されていく。
 たなびく白い煙の中にVolがいた。スーツの白いエナメルの輝きに曇りはない。
半径20メートルの空間に武闘の姿はなかった。
「粉塵爆発とはね。予想していなかった。まあ、1ラウンドは引き分けというところ
でしょう。後日、続きを楽しみましょうか」
 くすぶっている大地を踏みしめながら、Volの体が闇の中へと消えていく。

 丸い円を描いて芝生がなぎ倒されている。そのほとんどが表皮を黒く染めていた。
 平らな芝生から右手が現れた。次いで左手が、頭部が表出した。
「ふうー。武闘流微塵隠れの術、どうやらVolさん、気が付いていたみたいだな。
しかしまあ、なんてゆうか、悠歩さんに悪戯するために掘った落とし穴に助けられる
とは不幸中の幸いだなあ。
 まてよ、考えてみると、ノックの音がするたびに不幸になっていく気がする。
 あーあ。たまには男ではなく、麗しき女性に訪れてもらいたいよねえ」
 武闘は深い溜め息をついて、落とし穴から抜け出た。
 夜空には満月が輝いている。だが、武闘の心の中には独身の身を慰める女性の輝き
が存在していなかった。

                            いと哀れ/武闘




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