AWC お題>ノックの音がした>恋人   桜井美優


        
#858/1336 短編
★タイトル (AZA     )  97/ 8/13   1:37  ( 38)
お題>ノックの音がした>恋人   桜井美優
★内容
 ノックの音がした。
 先月、心の扉をノックされたときと似たときめきが、美由紀の内で起こる。
「ちょっと待って!」
 最後の手直しを終え、三面鏡を閉じると、今度は姿見の前に立つ。前、後ろ
と順に見て、しわを取った。
 「よし」と満足した笑みを作ってから、小ぶりなハンドバックを掴むと、玄
関へ向かう。白い扉を開けると、同じクラスの佐々健介が立っていた。
「待たせてごめん」
「行こうか」
 緩やかな階段を下ると、アスファルト道に青いスポーツカーが寄せてあった。
 佐々のエスコートで助手席に収まった美由紀は、胸の高まりを新たにした。
「いつもの通りで?」
「もちろんよ。よろしくねっ」
 かなりやかましい音を立てて、車がスタート。大通りに出ると、佐々のハン
ドルさばきにより、快調に飛ばす。
「一週間、何してた?」
「特に報告するような……あっ、買い物してたらね、どっかの奥さんが万引き
を見つかって、警備員みたいな人に滅茶苦茶注意されてるの、見かけた」
「何だ、それ」
「面白かったのよ。ブランド品のハンカチをくすねるんだけど、そのやり方が。
三枚まとめて見るふりをして、二枚だけ返すの。残った一枚は、紙袋へポイ」
「自分もやろうと思ったとか?」
「ご冗談を。ああ、でも、惜しいことしたわ。見つけたとき、警察に告げ口し
てやってたら、謝礼をもらえたかもしれない、なんちゃって」
 やがて車は、とある瀟洒なマンションの前に着いた。
「じゃ、ここでな。何時に迎えに来ればいい?」
「ありがと。五時ぐらいかな」
「せいぜい、お楽しみを」
 勢いよく去っていく佐々の車を、美由紀は笑顔で手を振り、見送った。
(佐々君に埋め合わせしなきゃ。カムフラージュの彼氏役してくれてんだから)
 マンションの自動ドアをくぐり抜け、エレベータに乗り、愛する人の部屋を
目指すとき、美由紀のときめきは最高潮に達する。そんな彼女を乗せた箱が、
やがて止まった。扉が開ききるのも待ちきれず、廊下に出ると、七号室に直行。
 美由紀はドアの前に立ち、軽く深呼吸をして、表札を見上げた。
(うふふ、待ち遠しかったわ。両方とも免許を持ってないなんて、不便よねぇ)
 烏丸春子−−プラスチックのプレートには、そう書き記されていた。

−−Fin.




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