AWC 「無人島」                周太郎


        
#832/1336 短編
★タイトル (CHX     )  97/ 7/29  21:36  (152)
「無人島」                周太郎
★内容
 小さな漁船に乗せられて俺は小さな無人島におろされた。
見渡す限り何もない。
「バカヤロー。」
全身をのけぞらせながら意味もなく叫んでみる。山と違いやまびこ
さえない完全なひとりだ。フフフ。口元がほころぶ。

胡散臭い旅行会社でひどく腰をかがめながら上目遣いに人を見る
貧相な営業マンに勧められて来たのだ。
「とにかくひとりになってボーっとしたい。」
「うぴょぴょぴょぴょ。」
気味の悪い笑い方をする奴だ。俺の希望するツアーは満席ばかりな
ので諦めかけた頃、
「それでは無人島など如何でしょう。水と家は用意してありますし
人家のある島まで5分ですからいざというときも安心。どうです。
都合がいいでしょう。何しろお得ですよ。本当はバブル期にある会
社が保養施設にする気だったんですがね、住専同様不良債権抱えて
パンクです。一時的に当社預かりの物件になりましてねえそのまま
おいといても良いんですが、年に一度くらいはお客様をお連れしな
いと痛い腹を探られかねないモンですからいやほんとの所。このお
値段はちょっとないですよ。うぴょぴょぴょぴょ。」
 最初はとまどった俺ではあったが、ふと悪戯心がおきて承諾した。
考えてみれば、俺は旅行で良い思いをしたことがない。今度こそと
いう思いだけで繰り返しているだけだ。
 態度の悪い仲居に咳払いをしながら心付けを要求されたことがあ
った。意味は分かっていたが俺はニコニコと善人の笑顔で、懐に手
を入れると
「喉を大事にして下さいね。」
と仰々しくのど飴を手渡した。やたらと赤いパンチパーマの髪より
も赤い顔になると、畳を踏みならし立て付けの悪さを強調しながら
でていった。男のパンチパーマも嫌いだが、ババアとはいえ着物姿
の女のパンチパーマはもっと嫌いだ。一度そういう連中を集めて、
何故にそんな頭にするのか根拠を伺いたいものだ。
 やたらと凝って居るばかりでまずい料理を喰わされるのは嫌だ。
魚というものは新鮮なうちにさばきワサビと醤油で喰うのが一番巧
いんだ。よりによって日本旅館で冷め切ったフランス料理を出す板
前の無駄な労力を考えて見ろ。奴らは喰ったこともないものを作ら
されて居るんだ。日本に生まれ日本に育ってやっと一人前になった
とたんどうしてフランス語のメニューを読まされるんだ。ナントカ
カントカ・ア・ラ・ナントカ・・・・・。アラというのはご近所の
奥さん同士の間投詞で良いじゃないか。食通の評論家がでてきて、
「日本人は国際人としてのセンスがないですね。せめてフランス語
の挨拶とかメニュー位は理解して貰わないと。」
等とほざいていたが、じゃあ何か彼奴の親族はみんなフランス語が
堪能だとでも云うのか。その前に訛りながら話す日本語をなんとか
して貰いたいものだ。
 いつかはカラオケ大会の親父団体に遭遇してしまった。普段接待
でさんざん歌っておいて慰安旅行まで来て歌っている。何を考えて
居るんだ。自分の18番がカラオケの中にないなんて女将にくって
かかるほど上客でもないではないか。この時は女将が美人なので大
変同情した記憶がある。
 今でもむかつくのが、不細工な厚化粧の女連中の態度だ。日焼け
サロンなどに行かずとも色黒なのに焼いて、そのくせ髪を脱色して
いる。普通にすれば我慢もできるが、細い眉毛と白っぽい口紅は己
のブスを強調するだけだ。呆れてじろじろ見る俺に、
「ちょっとお、今の奴あたし達を見てたんじゃなあい。やあねえ、
物欲しそうで。あんなダッサイ男ごめんよねえ。」
と聞こえよがしに言うと、相方のブスも反応した。
「やだああ、ホント。だけどお、超金持ちだったらどうするう。」
「その時はあ、結婚だけして贅沢して理由をこじつけて離婚の慰謝
料を何億もふんだくるのお。キャハハハハ。」
怒りの鉄槌を下そうかとも思ったが、このまま放置して急斜面の下
り坂人生を全うして貰うためにも感情を抑えた。 

 ところがどうだ。この無人島では俺ひとりだ。今までの不愉快の
心配がひとつもない。もう一度叫ぶ。
「あ・り・が・と・う・海ー!」
 わははは。どんな臭いセリフも任せておけ。そうだ、あれも。
「ハックショイ、畜生。」
俺は江戸っ子ではないが一度やりたかった。100回も繰り返すと
満足した。逃げ出すために来たが無人島ライフがこんなに楽しいも
のとは思いもしなかった。人家のある島まで5分というのはきっと
戦闘機に乗っての事だろうという疑惑も吹っ飛んでいた。どうでも
良いことだ。
 思いつくまま人前では出来ないことを繰り返した。音を殺さずに
放屁し、鼻くそをほじくり丸めて爪先で飛ばしてみる。そうだ両手
を大きく振りながらスキップをしてみるか。企画書が通らないとき
課長が密かに泣き笑いをしながら、ステップを踏んでいることを俺
は知っていた。いや他のものも知っているかも知れないが、武士の
情けというか、同病相哀れむというか追いつめられたとき皆おかし
な行動をとることでおかしくなりそうな精神を平静に保とうとして
いたのだ。
「ちょおちょ、ちょおちょ・・・フンフンフン・・・。」
次第に声とアクションが大きくなる。怒鳴りあげているに近いが、
声は行ったきりで返ってこないからどのくらい大声か解らない。
「どんがらがっしゃん、ほおい、ほい。ひとつでたほいの、そんな
らふたつでてこい・・・。」
脈絡のない歌のようなものをわめき続ける。俺だって得意な歌ぐら
いはあるが、作者が著作権を気にして歌わせてくれない。新たなス
トレスを生じる前に次の行動をとろう。
 その時、ふと由美のことを思い出した。風呂から上がると俺はパ
ンツ一枚で過ごすのが常だった。親父もそうだったし、親族も、友
人も皆そうしていた。いや、そういうものだと思っていた。
「何よお。そんな格好で。」
形のよい柳眉を逆立て由美は露骨に不愉快をあらわした。そんな格
好といったって、さっきまでもっとすごい格好だってみているのに
今更何を言うんだ。訳のわからんことをいう。
「由美、イヤだといったらイヤなんだモン。」
二十歳を過ぎて自分を名前で呼ぶんじゃない。何がモンだ。この時
俺はムキになっていた。もちろん本気で惚れていたから女房にする
つもりだからムキになったのだ。無垢な白の様な女が理想だった。
「由美、白が一番好きなの。」
そういって微笑む笑顔は俺の心臓を鷲掴みにした。たかがパンツで
別れるなんて・・・。落ち込みたくても素直には落ち込めない。あ
の日のパンツが目に浮かんで自嘲的な笑いしかでてこない。ブチブ
チと音を立てボタンを飛ばしながら服を脱ぎ捨て、ビッ、ビシッと
破りながら下着を脱ぎ捨てた。
「どうだ、由美!パンツどころか裸だぞお。ほおれ見ろ。ざまあみ
ろ!どうだ悔しいか。へへーンだ。」
変なのは俺だ。祭りの後の侘びしさを噛みしめながら、脱ぎ散らか
した服をひらいコテージへ向かう事にした。
「あのう・・・。」
背後で声がし、俺は驚愕した。
「だだだあ、だめだ。誰だ、俺だ、これ、あれ、それ、何だ。」
何をいっているのか自分でも分からないのにその中年男は冷静に
答えた。
「私はここの持ち主です。いえ、元持ち主というべきでしょうね。
借金取りに追い立てられてここまで逃げてきたわけです。4週間ほ
ど前についた当初はほっとしてひとりを楽しみましたが、寂しくて
ねえ。来るはずのない舟を待っていたら貴方が来たのですよ。けれ
ど万が一借金取りだと不味いんで身を固くして窺っていたらそうで
はなさそうなので、安心して出てきたというわけです。貴方も夜逃
げですか?」
この元社長はまるで古文書の由来を語るように慇懃な態度で事情を
説明した。俺に危害を加える心配はないが一部始終を見られている
と思うととてもうちとける気にはなれなかった。大体、ああ、そう
だ。この度のお題は「無人島」ではないか。このままではイカン。
「ちょっとアンタどうでも良いから今すぐ出てってくれ。俺は無人
島というテーマに沿って不本意ながらああいう行動をとっていたん
だ。この島に人がいたんじゃ、苦労が水の泡じゃないか。」
「ゴムボートしかないんですよ。無理ですね。」
自信満々で俺を見下すような言い方はますます許せない。
「アンタのことなんか知った事じゃない。死のうが生きようが関係
ないんだ。大体作者は処女作の主人公の俺にああいった行動を取ら
せるような奴なんだから早いとこ逃げないとむごい目に遭わされる
ぞ。もうすぐ200行なんだしお前を殺して無人島に戻すかもしれ
んぞ。今ならまだ間に合う。謝って出ていけ。」
「何を。お前のような左巻きを主人公にしてきっと作者は後悔して
いるはずだ。それに性格が悪いと公言するなんて230万読者の前
で恥をかかせたお前こそ後が怖いぞ。」
「誰がそんなこと言った。話をややこしくしやがってこの野郎。」
「ええい、こうしてやる。」
この借金男は俺のお題を台無しにしたばかりか、主人公の地位さえ
奪おうとしている。とことん戦ってやる。どんな汚い手を使っても
勝ってやる。

 その時、突如1000メートルの高波が押し寄せ無人島のむさ苦
しいふたりをどこかへ流してしまった。しかし何故か他の動物も植
物も何の被害もなく元通りの美しい島に戻った。天は何処までも高
く海はどんな宝石でさえかなわぬ光をまとい、上から90.60.
90のナイスバディの主人公を迎える準備を整えていた。

                         (おわり)




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