AWC 冒険世界・ヨッカメにイレバ     神無月 光季


        
#732/1336 短編
★タイトル (PZN     )  96/12/24  14:29  (200)
冒険世界・ヨッカメにイレバ     神無月 光季
★内容
 ガーラッドの森は、貴族たちの有名な狩猟場だ。ナゲンザから少し離れた、
まあまあ大きめの森だった。
 夏。緑は鮮やかに生い茂り、暑い日差しが真上から照りつける。
 川のせせらぎ、心地よい風――汗だくの肌に。
 虫たちは舞う。鳥たちは歌う。
「嫌だよ、もー! 隊長、帰りましょうよー!」
 そして、リューは泣き言を言う。
 入隊してから、はや四ヶ月。あんな入隊の仕方をしたものだから、さすがに
最初の二、三ヶ月は黙って堪えていたようだ。だが、そろそろ根性無しの本性
が現れ始めていた。
「やかましい! 帰りてえなら一人で帰れ!」
 あまりにも甘ったれた彼の性格に、ターヴは多分にうんざりしかけていた。
「だって、ターヴさん。昨日あれだけ探したって見つからなかったんですよ。
今日も一日中探したとしても、見つかるようには思えないんですけど」
「だったら明日も探せばいいだろ」
「そんなあー」
 ローエン、ターヴ、サム、リューの四人は川に入り、泥まみれになっていた。
ヴェイドは川岸に座り、ぶつぶつと呪文を唱えている。ラエナは……クッキー
を食べていた。
 ナゲンザの都に滞在する冒険者は、冒険者ギルドより依頼を与えられること
がある。今回、冒険隊〈荒鷲の誇り〉は、その依頼を受けていた。
 依頼内容は、いたって単純。とある老貴族がキツネ狩りの最中、川に落とし
物をした。それを探して来い、というものだった。
 そんなわけで、〈荒鷲の誇り〉の六人は昨日からずっと、ずうっと川底をさ
らっていた。ずうっっっと。
 川幅は、そんなに広くない。しかし、水草。これが沢山生えていて、作業を
遅らせていた。しかも底には泥が沈殿しており、動き回るとすぐに水が茶色く
濁ってしまう。苛立たしいことこの上ない。
 六人を案内してきた依頼人の執事とやらは、昨日の内に街へ帰ってしまった。
「えー、私はこれにて……後はよろしく頼みますぞ」と言い残して――
「なあ、リュー……お前、もっと根性つけろよ。貴族のボンボンとしてノホホ
ンと暮らしてくんならまだしも、冒険者としてやってくならそれなりの覚悟っ
てものが必要だろ?」
 情けない、と言わんばかりのターヴの口調。リューは、むすっとして答えな
い。
「何言ってんだい」
 と、ターヴの説教に異議を唱えたのはサムだった。
「あんたたちは似た者同士じゃないか。根性腐った奴が、根性無い奴にむかっ
て偉そうに」
「あのなあ! たしかに俺は根性腐ってるよ。だがな、有るだけましだろ、有
るだけ!」
「威張るんじゃないよ」
「だって……こ、こいつな、口先ばっかなんだぜ」
 ターヴは、リューを指さす。
「それはあんただろ」
 サムの見解は正しい。しかし、ターヴは言い訳するように言葉を続ける。
「こいつ、俺たちが泊まってる宿の裏手にある花屋に行っては、そこの女の子
にデレデレして……」
「タ、ターヴさん!」
 リューは慌てた。一人芝居を始めるターヴ。
「『あら、リューさんって冒険者でいらしたの? 冒険者って、大変で危険な
お仕事でしょ、お体とか大丈夫ですか?』とか言われたら――」
 声を作り、なよっとした動作で説明するターヴ。花屋の女の子を演じている
らしい。次は、妙にきざったらしい男の仕草になる。
「『いやあ、大変だし、危険だし、大丈夫って言ったら嘘になるんだけどお…
…僕もね、入ってまだ間もないから、色々覚えなきゃならないこともたくさん
あるしね。だけど、これまでやってきたこと経験したことを最大限に生かして
精一杯がんばってるのさ』とーか抜かしやがってよ」
「その時」のリューを演じているらしい。勿論、リュー本人が認めるはずもな
い。
「い、言ってないですよ、そんなこと! 本当、絶対!」
 顔を真っ赤にして、サムに弁解するリュー。ターヴは、一人芝居を続ける。
「『まあ、偉いわあ、リューさんって情熱家ですのね』『そうなんですよお。
一瞬の情熱では誰にも負けません! はっはっは!』」
「ターヴさん! あることないこと言わないでくださいよ。みんなが誤解する
じゃないですか!」
「『わたくし、尊敬してしまいますわあ』『はっは、今度、二人で食事にでも
行きませんか?』『いえー、遠慮しときますぅ』『はっはっは』」
 どんどんエスカレートしていくターヴの一人芝居。リューの恥ずかしさは頂
点に達した。
「あ、あんたって人は! もう――」
「いい加減にしろ!」
 川の流れすら、止まったかのような錯覚を受けた。言いかけたのはリューだ
ったが、怒鳴ったのはローエンだった。険しい目でこちらを睨んでいる。
 肝を冷やした三人は、黙って作業を再開した。

「ほら、怒られちまったじゃねえか。お前のせいだぞ」
 しばらくして、ターヴがリューの頭を小突く。
「な!? ……何言ってんですか。ターヴさんが僕とメルシンさんとの会話を変
に解釈するからいけないんでしょ」
 思わず張り上げそうになった声を抑えつつ、リューは言い返す。すると、サ
ムが顔を上げた。
「メルシン? じゃ、花屋って〈聖カンダルワ通り〉のアケリークんとこかい?」
「おお、そうそう。〈アケリークの花屋〉の一人娘で――なんだ、サム。知っ
てるのか?」
 意外そうなターヴの顔を見て、サムは鼻を鳴らした。
「ふん、あたいはナゲンザ育ちだよ。あんたたちみたいなよそ者と一緒にしな
いでおくれよ……なるほどね、そう言や、裏にオンボロな宿屋があったな」
「オンボロに泊まってて悪かったな!」
「で、そのメルシンにリューが惚れてるってわけ?」
「ああ、そうだよ」
「だ、だからターヴさん! 勝手な解釈――」
「馬鹿、静かにしろ!」
 リューの口を押さえ込むターヴ。リューは、はっとしてローエンのほうをち
らりと見る。……こっちを見ていた。
「で?」
 サムが促す。頭を抱き締めるようにリューの口を塞いだまま、ターヴは話を
続けた。二人とも、作業をしながら会話していた。
「そりゃもう、ベタホレって感じさ。街角なんかでばったり出会って、『あら、
リューさん。お出かけですか?』とか言われたもんなら、『そ、そうなんです
よ。これから、ちょっと、その、お出かけなんです』なんてわけ分からん返答
したりして。動きはぎくしゃく。言葉はちぐはぐ。顔は真っ赤でヘラヘラヘラ。
『リューさんって、おかしな人』って笑われる始末よ」
 言いたい放題のターヴ。弁解できないリューは、うーうー呻っていた。
「ふーん」
 そっけなく、話を打ち切るサム。作業に専念しはじめる。その反応に物足り
なさを感じたターヴは、「ははーん」と思った。そこでようやく、リューはタ
ーヴの手を振り解く。
「サム……嫉妬はいけねえな、嫉妬は」
 きょとんとして、サムはターヴを見た。
「あたいが? リューにかい?」
「違う、メルシンにだ」
「はあ?」
 眉を寄せるサム。ターヴの意図を掴みかねていた。
「ターヴさん、サムさんは女――痛い!」
 余計な突っ込みを入れるリューの頭を殴り、ターヴは不敵な笑みを浮かべる。
「リュー、メルシンと言えば、どんなところを思い出す?」
「たたたた……え? メルシンさんと言えばですか? そうですね、美人で、
聡明で、お淑やかで、はにかんだ笑顔が可愛くて――」
 ほおっとなりかけるリュー。だがターヴは気にも留めなかった。
「その通り! どうだ、サム。俺の言わんとすることが理解できただろう?」
「さっぱり分からないね」
 言いながらも、サムのこめかみはヒクついている。
「……ちょっと、ターヴさん? どういうことなのか僕にも分かるように説明
してくださいよ」
 リューは、哀れにも理解できなかった。
「ええい、いいか。よく考えてみろ! メルシンちゃんは美人で、聡明で、お
淑やかで、はにかんだ笑顔が可愛い! しかしそれらの特徴はどうだ! 全て、
このサマルナーラ・ロッフェ様に無いものばかりじゃねえか!」
 サムを指さし、得意げに語るターヴ。そして、この筋肉暴力女にも、女らし
いところがあるんだな、と続けるつもりだったのだが――遅すぎた。 
「んだと、この野郎、あたいに喧嘩売ってんのかい!?」
 サムは激怒した。ターヴは、調子に乗りすぎたことを悟った。
 愛用の大剣は岸辺に置いてある。サムは、予備にしている小型の剣をすらり
と抜き放つ。
「や、やべ」
 蒼白になってターヴは逃げ出す。怒号を発し、剣を振り回しながらサムはそ
れを追いかける。おろおろしながらリューは止めようとする。
 大騒ぎが始まろうとしていた。
 体勢を立て直したターヴは、自分も腰の剣を抜いた。サムは口元を歪め、依
然として自分が優位と認識する。リューはラエナにクッキーを進められた。サ
ムとターヴ。二人の剣が交錯し、金属の触れ合う音が森の中に響き――
「やめんか! 二人とも!」
 怒鳴り声。ローエンだ。その眼差しには怒りがこもっていた。場は静まり返
った。ヴェイドの呪文だけが、陰気くさく流れてゆく。

「ねえ、ターヴさん」
 ターヴに近寄り、リューは静かに話しかけた。
「なんだよ」
 川底の水草をかき分け、石を裏返しつつ、返事をするターヴ。いちいちリュ
ーの顔など見ない。
「ローエン隊長、なんだかイライラしてませんか? いつもより怒りっぽいし」
「そりゃそうだろ。何せ、探し物が探し物だからなあ」
「それなんですけど……」
 躊躇いがちに、リューは一旦、言葉を切る。
「探し物って、一体、何なんです?」
 ひそやかに、重大発言をするリュー。
「……お前、何か知らんで探してたのか?」
 ターヴはリューをゆるり見つめる。お化けでも見るような顔だ。
「だって、隊長、教えてくれないんですよ。『見つかれば分かる』って」
 リューは目線を逸らした。
「……たしかに」
 そう言って、ターヴはまた川底をがちゃがちゃやり始めた。泥が舞い上がっ
てすぐに見えなくなってしまう水中が、やけにむかつく。
「くそ!」
「ねえ、ターヴさあん」
「るっせえな! こんな川底にゃ、普通ない物だからすぐ分かるって」
「人を雇ってでも探し出さなきゃいけないくらい、大事な物ですか?」
「ああ、それが無いもんだから、食事もろくに咽喉を通らないらしい」
「ったく、別のを買うなり、すればいいのに」
 口を挟むサム。
「亡き奥方との思い出の品なんだとよ」
 老貴族の執事が言っていたことを、ターヴはそのまま引用した。
「どんな思い出なんだかねー、考えたくもない」
「サムさんも、知ってるんですか?」
 そう問いかけるリューを、サムはじろりと見た。
「当たり前だろう。何やってんだい、あんたは」
 リューは、その目つきにびくりとしながらも頼みこむ。
「教えてくださいよお」
「うるさいね、見つかれば分かるよ」
「隊長に訊いたんですか?」
「いいや、ヴェイドからだよ」
 リューは、ヴェイドを見た。さきほどから川岸で、〈物品探査〉の呪文なる
ものを唱えているのだが、まだ終わらない。
「――その結果……擬界における我が擬因定数は……過半数を超え、一挙に…
…くくく、勝った――!」
 なにやら、興奮気味にぶつぶつと唱えているヴェイドの姿は、誰かを呪って
いるようにしか見えない。リューは、近寄らないことにした。
 そこで突然、背中をつつかれる。ラエナだった。川岸に座り込み、川の中の
リューを見下ろしている。
「見つかれば、分かる」
 ニコリとして、ラエナは言った。彼女も、知っているらしい。
「……僕だけじゃないか!」
 リューは絶叫した。その当然すぎる事実は、彼に衝撃を与えたのだった。
「み、みんなあ、どうして僕にだけ教えてくれないんです?」
 リューの声を、五人は無視した。少年にそっぽを向いて、おのおのの作業を
し始める。
 ターヴ、サム、ローエンは、ぶつくさ言いながら川をさらっている。
「ローエンのだんな、これ探し出したら、もうとっととどっか、行っちゃいま
しょうぜ」




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