AWC 冒険世界・ある日の〈黒波亭〉(続き)         神無月


        
#726/1336 短編
★タイトル (PZN     )  96/12/16  10:59  (136)
冒険世界・ある日の〈黒波亭〉(続き)         神無月
★内容
 ターヴが言う。ラエナはにこにこしながら、再び二度頷いた。
 そして、ヒィィィィィンと小さな音がしたかと思うと、その姿が一瞬ぼやけ、
消えた。
 六〇ビューム先まで帰った小さな足跡が、いつの間にか出現していて、ラエ
ナは瞬時に向こうへ戻っている。
 リューは、あんぐりと口を開け、呆けていた。呆けまくっていた。
「古代妖精の末裔なんだよな、あいつ。あんなヤツと競争して、納得いくか?」
 そんなターヴの声など、全く聞こえないほどに。

 戻るなり、リューはローエンにくってかかる。
「卑怯だ! そんな、ヒーンとか音立てて……こんな子に勝てるわけないじゃ
ないですか!」
「勝てんだろうな」
 こともなげに、ローエンは言ってのけた。
「な、何だって……」
 リューは、本気で怒っていた。こっちは真剣に頼んでいるのに!
「僕を入隊させたくないなら、最初からそう言えばいいじゃないか! 人をか
らかうのもいい加減にしてくれ!」
「からかってなどいない」
 ローエンは、冷静だった。
「嘘だ! だったら、なぜこんな無茶な事を言うんですか! ふざけないでく
れよお! あんた、この界隈じゃ一目置かれてるからって、いい気になってる
んじゃ――」
 そこで、リューは凄まじい衝撃にはね飛ばされた。地面に叩きつけられる。
赤く腫れた頬を押さえ、ゆっくりと体を起こすリュー。鉄錆のような味。口の
中を、切ったのだ。
 リューを打ちのめしたのは、サムだった。
「……無茶な事か」
 ローエンが、呟いた。
「ここ一〇〇年の間に、何人の冒険者が裕福になれたか、知っているか?」
 ローエンの問いに、リューは首を横に振った。
「二二人だ」
 一〇〇年の間に……二二人!? リューは、驚愕した。冒険者になって成功す
る話はよく耳にしてきた。実際に報われた人は、そんなに、少なかったのか。
 ローエンは、言葉を続ける。
「一〇〇年以上前までは、もっと実りもあったらしい。だが、今は……近隣の
財宝はみな掘り出され、海の向こうへ行くしかない。冒険をして富を得る者は
減り、命を失う者は圧倒的に多くなった」
 ローエンは、リューと目を合わせた。
「無謀だとは思わんか? 冒険で成功を納めることなど」
 リューは、胸を突かれた。
 ……この人、それを僕に教えたくて――
「冒険とは、所詮無謀な賭けだ。死ぬ危険など、ざらに存在する。そんな危険
をさけるためには、無茶でも、無謀でもやらなければならん事もある」
 リューは、震えていた。何かが、胸の奥からこみ上げてきていた。
「諦めるんだな。卑怯だ、無茶だと軽々しく口にする、お前のような者は……
冒険者には向かん」
 ローエンは、歩き出した。他の隊員も、そのあとに続く。リューの背中から
聞こえてくる、彼らの足音。それは、次第に小さくなって――
「待ってください!」
 リューは、絶叫した。そして振り返る。ローエンは、立ち止まっていた。
「〈安らかなる泉亭〉て酒場で、そこの主人と話したことがあるでしょう? 
『冒険ばかりしてそんなに年をとって、幸せになりたくないのか?』という主
人の言葉に、こう答えられましたよね? 『冒険して、ずっと、それを探して
いるんだ』って……」
 リューは、泣いていた。
「僕も、探してるんです、ずっと……幸せを。その気持ちでは、誰にも負けま
せん、あなたにも!」
 ローエンは、無言だった。リューは、もう一度片膝をついた。
「お願いです! 僕を冒険者にしてください! ……お願い、ですから」
 ほんの少し間を置き、ローエンはまた、歩きはじめた。
「……楽しいことなど、何一つ無いぞ」
 と言い残して。リューは、顔を上げた。
 入隊させて、くれた?
 その肩を叩く者がいる。ターヴだ。
「よかったな」
 涙が、また、溢れそうになる。
「あ、ありがとう、ターヴさん」
「これ、運んできてくれるよな?」
「へ?」
 ターヴの担いでいた、荷物を手渡される。涙は乾いた。
「ああ、あたいのも頼む」
 サムの荷物も、手渡された。背嚢二つの重さで危うく、足が折れそうになっ
た。立っているだけで精一杯だ。とてもではないが、歩けない。
「ちょ、ちょっと」
ターヴもサムも、ローエンたちを追ってどんどん先へ行ってしまう。
「ちょっとお、こんな、無茶苦茶なあ!」
 その時、後ろから背中をつつかれた。振り向くと、ラエナがいた。ラエナは、
にこりとして言った。
「お菓子、買ってこい」
 リューは、硬直した。真っ白になった、心の中……。

「すみませーん。もう、生意気いいませーん」
 とある安宿の二階奥。リューは、ぼこぼこにされて、床に倒れていた。
「分かりゃいいんだよ、たく」
 そう言うターヴも、リューほどではないが怪我だらけだ。少年に代わってベ
ッドを占拠している。
「まったくよ、幸せを見つけたくて冒険者になったんじゃねえのかよ、お前」
「ほっといてくださいよ。使いっ走りばっかさせて。僕は、幸せを見つけに職
を変えようとしてるんです」
「何になったって、同じだよ。幸せになる方法は一つだけだからな。すなわち、
仕事しないで寝てることだ」
「どーやって暮らしてくんですか」
 リューがつっこむ。
「そりゃ、女騙して……そうだ、リュー、いい職があるぞ」
「幸せになれますか?」
 期待する響きがない、リューの声。
「ああ、なれるさ。ヤラしくて美人なネエちゃんたちとお友達になって、しか
も大儲けできるぞ」
 リューは、鼻を鳴らした。
「不服なのか?」
「当たり前です。あーあ、どっかに僕にもなれる、ハイクラスな職、ないかな
あ」
 しばらく、会話が途切れた。どこからか、吟遊詩人の歌声が聞こえてくる。
 やがて、リューは口を開いた。
「その仕事って、ターヴさん、やったことあるんですか?」
「ああ」
「……楽しかったですか?」
「俺はな。ちょっと、外に出かけてくるわ」
「どこにです?」
「花屋だよ」
 この宿のすぐ裏、表通りに面した花屋のことだ。そこの娘が美人で、二人は
よく、用もないのに寄っているのだった。
「メルシンさん、可愛いですよね、本当に」
 リューが、独り言のように言った。
「ああ、ちょっと、話してくる」
 ターヴは、出かけていった。その足音がなぜか、少し気になるリュー……。
 だが再び、ベッドの上で〈ダーマ〉を読みふける。
「あれ? そう言えばターヴさん、話すネタがなくなったから当分会いに行け
ないって、この間……あー!」
 リューは、がばっと起きた。
「何、話す気だ、あの人」
 外へ飛び出すと、急いで花屋へ向かう。全力で走る。花屋の前にたどり着い
た。外からでも聞こえる、ターヴの大声。
「そーなんだよ、メルシンちゃん。リューのヤツ、ヤラしくてよお。嫌になっ
ちゃうぜ」
 リューは、目を剥いた。
「ターヴさんー!」
 空は、いい天気だった。その日、冒険隊〈荒鷲の誇り〉は休息日……。


・あとがき

 前回、名前(PN)書き込み忘れてました。神無月光季っていいます。以後、
よろしゅう……。





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