AWC 冒険世界・ある日の〈黒波亭〉     神無月 光季


        
#725/1336 短編
★タイトル (PZN     )  96/12/16  10:53  (200)
冒険世界・ある日の〈黒波亭〉     神無月 光季
★内容
 冒険世界
  ある日の〈黒波亭〉
 トーリィン王国の王都は、ナゲンザという。何百もの船が行き交う、この地
方最大の港街だ。
 雄々しく広大なニルガ海。ナゲンザはその沿岸にあり、古くから遠方の国々
との貿易における拠点とされてきた。
 また、この街は、多くの冒険者が集うところでもあった。海の彼方に点在す
る、遺跡や秘境を目指すため、彼らはここへやって来る。大海を渡り、その果
てに、至極わずかな者たちは巨万の富を手に入れる。大半の者は、何も得られ
ないか、全てを失うか、二度と戻って来ない……。
 ナゲンザの街は、いつも活気に満ちあふれている。そして野心家たちは、今
日もあさはかな夢を追いかけ、船に乗る。

 ナゲンザの裏通りにある、とある安宿――
 冒険者の少年、リュアッド・ナリスンが泊まっている部屋は、二階の一番奥
だった。この宿で一番狭く、一番不快で、一番安い部屋だったが、我慢して二
人で借り切っている。
 粗末なベッドで仰向けになり、彼は、書物を読んでいた。いつになく、表情
は真剣。彼にとって、その書物の内容がいかに重要なのかを物語っていた。
「なーに読んでんだ、リュー?」
 いきなり、声がする。目の前に広げた書物の裏からだった。ぎくりとして、
リューは雑誌を閉じた。この何ヶ月かで見慣れた顔が、反対側から現われる。
「就職情報誌〈ダーマ〉……?」
 この部屋に住むもう一人の住人、ターヴェン・ガウムだった。ベッドで仰向
けになっているリューの顔を、何だか胡散臭そうに覗きこんでいる。
「まさか転職考えてんのか、お前? また?」 リューは、むっとなった。
「余計なお世話ですよ、ターヴさん。何読んでたって、僕の勝手じゃないです
か」
 なにゆえか、鬱陶しそうに頭を滅茶苦茶に掻き回しながら、ターヴは大きく
息を吐いた。
「でも、お前、それで何回目だ、え? 最初は魔道師になるのを夢見て、有名
な大魔道師のとこに弟子入りしたんだったよな、確か?」
「そうですよ」
「けど、自分が馬鹿なのに気づいてすぐ脱走した」
 ターヴの言葉に、リューは顔をしかめた。
「次に志したのは盗賊だった。腹すかせて倒れていたところを、ラザードル盗
賊ギルドの幹部に助けてもらって、そう決意した。しかし、『盗みは嫌だ』っ
て逃げ出した」
「ちょっと、ターヴさん」
「その次は、神殿の僧侶だった。しかし、抹香の匂いが臭いって飛び出して、
お次は狩人に未来を感じ……」
「ちょっと、ちょっとお!」
 ターヴの声を、リューは強引に遮った。
「勝手な解釈して、人をこの世の最低馬鹿みたいに言わないでくださいよ」
「んだよ、勝手な解釈ってのは?」
「そんな理由で、職を変わったって、誰も言ってないでしょう!? いろいろと
訳があったんですよ、いろいろと!」
「生意気だなあ、てめえは! 名門貴族の七男坊か、八男坊か知らんが、そろ
そろ口の聞き方に気をつけたほうがいいんじゃないのか?」
「ちゃんと覚えてくださいよ。九男坊です!」
「こ、このヤロ、てめっ、もう勘弁ならねえ!」
 いきなりつかみ合いになる二人。リューに血の気が多いのか、ターヴに大人
げが無いのか……そのあたりは、諸説様々だった。

「お願いです! 僕をこの冒険隊に入れてください。弱音なんて、絶対吐きま
せんから。一所懸命がんばります!」
 そう言って、ローエン・ルカム率いる冒険隊〈荒鷲の誇り〉に入隊希望をし
たのは、数ヶ月前、港でのことだ。
 今まで、どこか成り行きまかせで転々と職を変わってきた。そんな自分に嫌
気がさして、初めて自ら積極的に選び、決めた職。それが冒険者だった――
 ローエンは、目の前で片膝をつき、かしこまる一七歳の少年を黙って見てい
た。
 リューは、目つきの険しい古強者の爪先を見つめながら、緊張していた。
「我が隊に入隊するには、一つ、決まりがある」
 重々しい声。頭の上から降ってくる。リューは、一瞬体を硬直させ、それか
ら顔を上げた。
「そ、それは、どういった、ことで、しょうか……?」
 何度も言葉を詰まらせそうになった。こんなに、口から言葉が出てこなかっ
たことは、今までにない。
「簡単なことだ。お前の得意とすることを見せてもらうだけだ」
「わ、分かりました」
「……ただし」
 早合点するリューを諌めるかのように、ローエンは言葉を繋ぐ。
「その特技が、儂の選ぶ我が隊々員よりも優れていなくてはならん。競い合っ
てもらう」
「え? あの、こっちの人たちと……?」
 ローエンの他、四人の隊員たちを、リューは順々に見回した。
 一番左は、二〇代後半の背が高い男。小振りの剣を腰に吊している。口元に
陽気な笑みを浮かべて、なんだか全体的に軽そうな雰囲気だ。しかし、目つき
が少し鋭い。
 左から二番目は、女性だった。そこそこ美人で、年齢は二〇代前半、といっ
たところか。背丈は普通くらい。だが、体格が異様にがっちりしていて、おま
けに牛が一刀両断できそうな大剣を背負っている。
 お次は、中年の男だった。短剣を帯に挿している。謎めいた感じで、何をす
る人なのかいまいち分からない。しかも、眉毛がない。
 最後は、一三、四歳くらいの少女だった。可愛らしい笑みを浮かべて、わく
わくしている様子だ。さっぱり分からない。
 どの隊員も、長旅の疲れでやつれていた。
 その時、〈荒鷲の誇り〉は、遠方の秘境で冒険をした帰りだった。「そう言
や、ローエンの旦那がもう一人欲しがってたな」ある酒場の主人からそう聞い
て、リューは、ずっと彼らの帰りを待っていたのだ。
「どうした?」
 リューは、ローエンに目を戻した。
 ローエン・ルカムは、どちらかと言えば小柄な方で、腰に長剣を吊していた。
眼差しは厳しく、威圧的だったが、不思議と鋭い感じはしない。
「みんな、疲れているようですけど、いいんですか?」
 リューは、今すぐにでは公平でない気がしたのだ。しかし、ローエンの返事
はこうだった。
「自信がないなら、帰れ。儂の隊には、無用者を養えるほど余裕はない」
 言い捨てて、膝をついたリューの前を通り過ぎるローエン。
 リューは、いきり立った。
「待ってください!」
 ローエンが、振り向く。リューは、呪文を唱えた。
「光よ! 我が掌中に集いて、球をなせ!」
 ただ一つ知っている〈光球〉の呪文だ。
 リューの言葉に従い、光が集まってくる。そして右掌の上で、光は、拳大の
球を形成した。魔道――その、驚異的な力に憧れ、幼い日の彼は魔道師になる
ことを漠然と夢見ていた。その夢を断念したわけは……いろいろとあった。い
ろいろと。
「ふん……術が使えるとはな」
 ローエンの声には、感心したような響きがあった。
 リューは、心の中で「やった!」と叫んでいた。この世の中、魔道師は数少
ない。まさか、魔道を扱える者などいないだろうと、高を括っていたのだ。
「ヴェイド」
 ローエンが、中年の男を呼んだ。
 ヴェイド――と呼ばれた男は、にやりと笑った。
「まっとうな術は、あまり得意でありませんが……同じ術にいたしましょう」
 ヴェイドは、呪文を唱えた。その仕草だけで、リューは結果が分かってしま
った。ヴェイドは、かなりの使い手だ。
「光よ! 我が掌中に集いて、球をなせ!」
 ヴェイドの〈光球〉はリューのものより一回り大きく、明るさが段違いだっ
た。
「納得したか?」
 ローエンが訊く。リューは、歯を食いしばった。
「……もう一つ、得意なことがあります」
 そう言うリューの声は、わずかに震えていた。
「走ることです! 僕の足は、きっと役に立ちます!」
 そう言い切るリューには、絶対の自信があった。足の速さでは、今まで誰に
も負けたことがなかったのだ。
「ほお、言うじゃねえか」
 背の高い男が、口を開いた。
「ローエンのだんな、次はこのターヴ様だろ?」
「ラエナ」
 ローエンは、女の子を呼んだ。
「おいおい、だんな! それはちと、まずいんじゃないか?」
 ローエンの選択に、ターヴは困惑した様子だった。リューも困惑した。と、
いうより腹が立った。あんな女の子を選ぶなんて、嘗めているとしか考えよう
がない。
「どういうことですか、それは?」
 リューは、声を苛立たせた。
「どうもこうもない。あの木まで競争して、ラエナに勝てたなら入隊させてや
ろう」
 ローエンは、そう言って指さした。その指し示す先には、六〇ビューム(一
〇〇.八メートル)ほど向こうに木が生えていた。
「本当ですね?」
 リューは、念を押した。
「ちょっと、何だいその言い草は?」
 少年の言葉が、大剣を担いだ女の気に障ったようだ。
「あんた、もうヴェイドに負けてんだよ? それなのに、『もう一度』なんて
我侭言うから機会を与えてやってんのに。すこしは済まなく思いなってのよ!」
「まあまあまあ、サム。落ち着きなって」
 ターヴが、女をなだめる。
「要は、俺がこいつに勝てばいい、てことだろ?」
「何でさ?」
「ローエンのだんな、いきなりラエナじゃこいつも可哀相だ。まずは俺が勝負
して、それからってのはどうだ?」
 ターヴの提案に、ローエンは少し考えた。
「いいだろう」
「そうこなくっちゃ!」
 リューには、彼らの話している会話の意味がよく分からなかった。
 とにかく、リューはまずターヴと競争することになった。
 サムが大剣で線を引く。そこに手をつき、二人は構えた。
「じゃ、いくぜ」
 ターヴが、言った。
「いつでもどうぞ」
 リューは、答えた。
「いーち」
 ターヴが、数え始める。リューは目標の木を見据えた。
「にのさん!」
「え?」
 完全に虚を突かれたリュー。それを尻目に、ターヴは猛然と走り始めた。
「ひ、卑怯だぞ!」
 リューも、慌てて走り出す。
 歯を食いしばって、疾走するターヴ。猛烈な追い上げを見せる、リュー。ま
だ、ターヴだ。ターヴが勝っている。リューは必死だ。ターヴが先だ、ターヴ
が先だ、ターヴだ、リューか、ターヴか、リューか、リューだ、ターヴか、リ
ューか、ターヴだ、ターヴだ、ターヴか、リューだ!
 ……結果は、ぎりぎり、リューの逆転勝利だった。
「ち、負けちまった」
 息を切らせつつ、ターヴは悔しそうに言った。
「何ですか、それは! まったく、いい年した大人が恥ずかしい」
 リューも、ぜーぜー言いながら座り込む。
「ばーか、こっちは疲れてんだ。これくらいはハンデだよ」
「ハンデが欲しいなら、そう言えばいいじゃないですか! 不意打ちしておい
て、自己弁護するなんて最低だなあ」
「何だと、この野郎!」
 ターヴは、リューの胸ぐらを掴んだ。
「人が厚意で負かしてやろうとしてやったのに!」
「訳分かんないですよ、全然! あんた、どうかしちゃってんじゃないの?」
 ターヴは舌打ちし、リューを投げ出した。
「おい、ラエナ。ちょっと来い」
 六〇ビューム離れた出発点へ、ターヴは大声で叫んだ。小さな体が、余計に
小さく見える距離から、ラエナは二度頷いた。そして――消えた。
「あ、あれ?」
 リューは目をこすった。
「おお、よく来たなあ、ラエナ」
 わざとらしい、ターヴの声。見ると……そこにラエナがいた。
「……」
 驚いて、何も言えないリュー。
「よし、戻っていいぞ」




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