AWC 冒険世界・ドラゴンはお昼時


        
#722/1336 短編
★タイトル (PZN     )  96/12/12   8:55  (200)
冒険世界・ドラゴンはお昼時
★内容
 砕け散る石壁。降り注ぐ天井。舞い上がる砂埃。後ろから、きな臭い煙――やたら轟

く足音、咆哮。
 六人は、追われていた。
「だーから、言ったんだよ俺は! 『知らない豚人間(オーク)について行ったらいけ

ません』て、親から習わなかったのか?」
 ターヴが叫び散らす。全力で走りながら。服の背中は焼けていた。
 足を休めてはならない。少しでも。でなければ、服が焦げるだけでは済まされないこ

とになる。
「何言ってんですか! 『俺の目に狂いはない』て、まっさきについて行ったのはター

ヴさんでしょ!」
 よせばいいのに、返答するリュー。集団の、一番ビリケツをぜーぜー言いながら走っ

ている。
 彼は舌を巻いていた。本来、リューはこの冒険隊において、人間の中では一番の俊足

を誇っているのだ。しかし、何故かこういう場合に限って、いつもビリ。新米の彼には

ない、冒険者独特の能力のせいだ。
 ――こ、これが、逃げ足!?
 数多くの修羅場をくぐり抜けた歴戦の猛者のみが身につけるという、驚異の能力だっ

た。
「こら! つまんない言い合いすんじゃないわよ。気が抜けるじゃない!」
 と怒鳴るサムなんか、女だてらに巨大な剣を肩に担ぎ、なおかつ彼の前を走っている

のだ。嫌になってしまう。
 ――やっぱ、就職先、間違えた……
 今にも飛びそうな意識の中で、もう少しまじめに就職活動すれば良かった、などとリ

ューは思っていた。
 ここは、地下迷宮。後ろから追いかけてくるのは……口にするのも馬鹿馬鹿しいほど

有名な某怪物。
「命を助けてくれたなら、宝物の詰まった部屋へご招待!」
 というオークの声に惑わされ、行き着いた先はそいつの巣だったというわけだ。
 まあ、よく聞く話だ。
 とにかく、今、六人は怒れるそいつに追われている。まったく、曲がり角や交差点の

多い迷宮で助かった。そうでなければ、すでに黒焦げになっているだろう。やつの吐き

出す炎は、直線を描くのだ。
 だが状況は、非常にやばかった。慌てて、闇雲に走ってきたせいで、今どこにいるの

かも全く分からない。
 しかもまずいことに、先ほどから枝分かれのない、くねくねとした一本道に入り込ん

でしまっていた。まずい、まずいと思いながらも、六人は全力で走る。
 そして、もう幾度目かも覚えていない曲がり角を折れた時――
「……お決まりだな」
 一番先頭を走るローエン隊長がぼそりと言った。四〇を越えてもなおかつ現役という

元気な中年だ。
「何がだよ、え?」
 ターヴが訊ねる。ローエンが、顎で行き先を示す。
「あー!」
 ターヴの顔色が変わった。リューも、サムも蒼白になる。後の二人は……あまり変わ

らなかった。
 しばらく先で、通路は途切れていた。

「い、行き止まりー」
 リューは、体中の力が抜けるのを感じた。
 やつは、ゆっくりだが、間違いなくこちらへ向かって来ている。この一本道を引き返

すのは、自殺行為だ。だからといってこのままでは、袋小路に追い詰められることにな

る。その場合も六人の運命は、こんがりキツネ色……
「ちょっとー! どうにかしてくださいよおー! 入隊してまだ二ヶ月なのにいー!」

 どうにか気持ちを落ち着かせつつも、ターヴに食ってかかるリュー。ターヴに何とか

してもらおうと思うこと自体、すでに正気ではない。
「おお、偉大なる〈自然法則〉の名において承認せよ――!」
 魔道師ヴェイドが、突然呪文を唱え始めた。
 いきなりだったので、隊長と最後の隊員ラエナ以外は驚いた。
「――以上の条件の下、邪悪なる存在は、我の示す場所より半径一〇ビューム以内に侵

入することを禁ずる……。これは、正当なる手段をもってまず擬界を通し、総魔力定数

の過半数を占める――!」
 相変わらず、よく分からない難しい呪文だった。しかも、唱え終わるまでやたらと時

間がかかる。
 ……不安なことこの上ない。
「ヴェ、ヴェイドさんよ、早く唱え終われよ――早く!」
 やつは、どんどんやって来る。
「時間が無いですよ! 早くしてください」
 やつは、ずんずん近づいてくる。ヴェイドは、まだ唱え終わらない。
「ヴェイドお!」
 その時、突然ヴェイドは、かっと目を見開く。だが……何も起きない。
「ひ、否決された」
 ぼそりと、呟くヴェイド。
 ……
「何やってんだあー!」
 ターヴが絶叫する。ヴェイドは、床に手をつき、ごほごほ咳き込んでいる。
 やつが、急に早足になった。うなり声をあげながらどたどた駆けてくる。ヴェイドの

呪文に反応したのか、それともターヴの大声がいけなかったのか。
 ……あんぐりと開けた大口の中に、赤い光が見えた。それは――
「とりあえず、奥まで走れ!」
 ローエンの号令の元、六人は駆け出し、曲がり角から急いで離れた。その直後を、赤

い嵐が荒れ狂う。
 危うかった。わずかでも遅れていたら、今ごろはウェルダンだ。嵐が過ぎ去った後、

石壁は黒く溶けていた。
「や、嫌だよ、もー!」
 リューは、泣きべそかいた。

 命からがら、袋小路の一番奥へ。そこに都合良く、隠し扉とかは――あるわけがなか

った。
 悪態つきながら、ターヴが壁を蹴る。やつは、今、角を曲がるところだ。絶体絶命。

「ねえ、ラエナ。あんた、何かできないの?こういう時ぐらい」
 サムが、ラエナに訊く。試しに言ってみた、といった感じだ。ラエナは、他称(ヴェ

イドがそう言っている)古代妖精の末裔で、見た目は一三、四の少女なのだが、実はや

たらと長生きしているらしい。恐ろしく、残像が見えるほど足が速い。その他、現代の

魔道師では扱えないような特殊な術も身につけていたりもする。
 ラエナは少し思案するような仕種をしたが、すぐにニコリと頷いた。
「何とか出来るのか!?」
 思わずターヴが叫ぶ。声に期待がこもっていた。
 ラエナはもう一度微笑み、そして唱える――
「hkrn kby,wrrn men arwr,ooinr sibtn hk 

tikyr wrro mmr!」
 叫びながら、両手を前に突き出す。その掌から光が噴出し、少女の前に広がる。光は

「「そのまま消えてしまった。
「……あれ、どうしたの?」
 怪訝に思ったリューは、ラエナに訊ねた。まさか、ヴェイドみたいなことには……。

 ラエナは、ニコニコしながら空の一点を指さした。よく見てみると、何やら淡い光を

放つ、透明な板のようなものが、ふわふわと浮いている。豆粒ほどの大きさだった。
「これで、何するわけ?」
 青ざめながら、サムが問う。
「炎、防ぐ」
 片言の王国語で、しかし、こともなげにラエナは答えた。
「アホかー!」
 絶叫して、ターヴはリューの頭をしこたま殴った。
「痛っ!」
「ちっくしょー、ラエナなんぞ当てにした俺が馬鹿だったぜ!」
 拳を震わせているターヴ。リューは頭をさすりながら、そんなターヴを恨めしそうに

睨んでいる――見えないように、こっそりと。
「何だ、その目は!」
 いきなり、ターヴがリューの胸ぐらを掴む。
「ぐえ……そんな、どうして、見えたんです?」
「やっぱり、そんな目をしていたんだな、この野郎! ハンパ者で新米のクセに生意気

なんだよ!」
「ううう……」
「ううう、何だ、ええ!」
「後ろ、後ろ、後ろ!」
「何が、後ろ……」
 振り向くターヴ。すぐ後ろに、その巨大な生き物はいた。凄絶な形相だった。
「は、ははは……」
 リューは、気持ちの上ではすでにあの世にいっていた。
「お、俺を食うのは、止めといた方がいいぜ。しょ、性根腐ってるしな……」
 この期に及んでも、軽口を叩くターヴ。
 だが、やつは口を大きく開き、その中には真紅の光が――
「や、焼いて食おうってかー!」
 ターヴは絶叫した。
 その時、ラエナも叫んだ。
「ik!」
 光る豆粒がラエナの手の内から飛び出し、巨大な怪物の口の中へ吸い込まれてゆく。

 途端、大口を閉じる怪物。物を飲みこむ音。ぎょろりとした眼をなおまん丸くしてい

る。
 Gohooo,Gohooooo!
 世にも恐ろしい呻りをあげ、咳き込みがはじまった。大暴れし始める。
 砕け散る天井や壁。でたらめに振り回される巨大なしっぽ。それらが身をかすめる度

に、リューは肝を冷やす。
「に、逃げろお」
 リューが叫んだ。六人は一目散にその場を駆け去った。一人の死亡者も出さず。

 それから、かなりの時間が経過した――
 暮れかけた空。緑生い茂る山肌。ひっそりと建った、謎の神殿。
 そこからクタクタになって出てくる、六人の姿があった。あれからも、随分道に迷っ

て、やっと出てこられたのだ。入ってきた所とは違ったが、まあ、外には出られたのだ

し、どうにかなるだろう。
「あー、ヒドイ目にあった」
 リューは、嘆息した。しながら、転職を考えていた。
「今日の収穫は無しかよ。どうすんだよ、まったく」
 ターヴがぼやく。
「明日、また来るぞ」
 ぼそりと、ローエンが言った。
「ええー!」




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