#666/1336 短編
★タイトル (ZWN ) 96/10/20 20: 3 (131)
短編>「雲の大地」 金剛寺 零
★内容
「雲の大地」
金剛寺 零
私ことミキオは、青空が澄み渡る土手を歩いていた。今日に限っ
て、朝早くに目が覚めたのである。窓から入ってきた朝日にいつも
なら目覚めないのだが、今日に限って目覚めてしまったのである。
そして、私は、こんなときにしかできない。いや、絶対にやらな
い”散歩”と言うのをやることにした。
夏が終わって早1ヵ月。まだ、昼間は暖かいが、朝方がどのくら
い寒いかわからなかった。私は、長袖長ズボンのウエットスーツを
着込んで、玄関のドアを開けた。
眩しいと言わんばかりの日差しが、私の目に入ってきた。私は目
を手で隠してドアを閉めた。そして、改めて朝日を拝んだ。
「すがすがしいなぁ〜」
私は思わず、そのような言葉を口に出した。
一呼吸すると、今、歩いている土手を目指して家の前から歩き始
めたのである。
土手の上を歩いている人は思ったほど多かった。ジョギングをし
ている人や自転車をこいでいる人、犬の散歩をしている人と、色々
な人がいた。
私はそんな人たちを観察しながら歩いている。こんなに朝が気持
ちいいものだったのかと思うのは、10年ぶりのことであると私は
思った。
高校1年の秋のこと。私は夕方になると1日置きに土手に来てい
た。そして、たった1度だけ、朝の土手に来たことがあった。その
日も今日と同じように目が覚めたと言うのが理由だったと思う。
私は何かに誘われるかのように土手に来ていた。そして、いつも
のコースを景色を見ながら歩いていた。
「珍しいねぇ。朝に来るなんて」
近所のおばさんで、夕方、いつも会う人が私に声をかけてきた。
「目が覚めちゃって」
私はおばさんにそう言った。
それから私は、いつもと同じ風景なのに、どことなく違う異世界
のように土手を夢中になって歩いていた。
よしやと書かれた看板がいつもの位置で見えていたし、いつもの
電車がいつもの線路を走っていた。のに、私は何か別なものを見て
いるように思ってしょうがなかった。
すると、私と反対側から1人の女性が歩いてきた。今までに、こ
こでは見たことのない人であった。髪の長い長身の人で、美女とい
う言葉が当てはまる人のように思えた。
私はすれ違いざまに、「おはようございます」と、その人に言っ
た。
その人も「おはよう」と、笑顔で私に挨拶してくれた。
私はそして家に帰ってきた。
それ以来、その女性には1度も合わなかった。今、私はそんなと
きの想い出に浸りながら土手の傾斜に腰を下ろしていた。
「おはようございます」
不意に声をかけられた。
私は急いで振り返って挨拶をした。その時にはもう、声をかけて
くれた人は走っていってしまった後だった。私はその後ろ姿に見覚
えがあったのである。まさしく、あの時の人である。あの時と、全
く変わっていない後ろ姿である。そして、あの時の想い出が鮮明に
甦ってきのである。
家に帰ってきても、あの人のことが頭から離れなかった。それで
も会社には行かなくてはならないので、頭を切り替えて会社へと向
かった。
帰ってきて、10年ぶりに夕方の土手へと出かけた。10年前か
らの特等席である場所へと向かった。そこから見える夕日は、言葉
では言い表せないほどの光景で、雲が出ているとその雲も輝けるダ
イヤのように感じることが出来るのである。
私がその場所へと向かっていると、その場所には人影があった。
私はそんなことを気にせずに歩いていたが、その人影があの女性で
あると分かったのは20m位の位置まで歩み寄ったときだった。
「今晩は」
私は声をかけた。
「今晩は。朝も会いましたね」
「えぇ。10年前からの日課というものですか、この場所もそのと
き見つけた場所なんですよ」
「そうなんですか。私、昨日引っ越してきたばかりだったから」
その女性はそう答えた。
「私は、等々力幹雄と言います」
「私は、柊ひかりといいます」
ひかりはそう言った。
「私、前にも1度だけここにいたことがあるんです。ある人がいつ
もこの土手に来ていたんです」
「そうですか」
私はそう答えた。夕日がとても綺麗であった。この空というもの
は、いつの時代でも、同じ輝きを出す物だなぁ〜と、私は思ってい
た。
「ひかりさんは何歳ですか?」
「私ですか、26ですけど」
私は、あの時見た大人らしいあの女性が、自分と同じ年齢だった
のか今思った。あの時はとても自分と同年齢だとは考えられなかっ
た。
「懐かしいですねぇ〜。どこかで等々力さんと会ったことがあるよ
うで・・・」
ひかりはそう言った。
「雲の上って、どういうふうになっているんですかねぇ〜」
私はそれとなく、話題を変えた。
「雲の上ですかぁー。多分一年中晴れているんじゃないんですか」
ひかりはそう答えた。
「等々力さんって、昔にあったあの人みたいですよ」
ひかりは少し笑いながら言った。
「あの日とって、どんな人何ですか?」
「いつも夕方になると、土手に来ていたんですよ。確か、1日だけ
朝も来たと思うんですが」
ひかりがそう説明していた。それを聞く限りでは、私のことを言
っているようだった。
「それで、他には?」
「他にですか?そうですねぇ、いつも、この場所に座って、日が落
ちるまで夕日を見ていましたね。どんなに寒くなっても」
私はその時、確信した。ひかりという女性は、まさに、あの時の
女性だと言うことを。そして、
「私は、ここから見える雲達のことを”雲の大地”って言っている
んです。夕日に写る雲が、絵のようにはっきりと、山の形であった
り、家の形だったりと、色々な風景を作り出していたから。
10前も毎日この場所で、”雲の大地”を見ていたんですよ。1
度しか会ったことのないひかりさんの笑顔を思い出しながら」
私はひかりにそう言った。ひかりは、あの時のあの人が私であっ
たということを今まで分からなかったらしく。驚いていた。
「”雲の大地”をひかりさんも一緒に見ませんか?」
ひかりは少しの間考え込んだ。そして、黙ったまま、私のそばに
腰を下ろして、
「会いたかった」
そう言いながら抱きついてきた。私はそっと抱きしめて、
「僕も会いたかった」
と、ひかりの耳元で囁いた。
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雲の大地。何があるかは分からない、不思議な土地。そこに
は、自分たちで色々なことを切り開いていき、そして、自分
の思うがままの世界を創ることが出来る。
そして、思いがかなった今、雲の大地は新たな時代を迎える
ことになる・・・・・・
*** *** *** *** *** *** ***
(了)