AWC 意志への渇望 日本シリーズ96’ 餌歩


        
#664/1336 短編
★タイトル (RLJ     )  96/10/20  18:27  (120)
意志への渇望 日本シリーズ96’                         餌歩
★内容





    Make a new drama.

   −敗退と栄光に寄せて−  




                  "96.10.19 日本シリーズ第一戦を称えて"



















   野球という児戯に等しいボールの追っかけっこ。
 結局、我々は それにいったい何を見ているのだろうか。
 スポーツという栄光を冠した勝負なのだろうか。
 あるいは、スポーツという名の、人生の欺きなのだろうか。

  人は常に前進し、脆さという夢を克服する。
人間には鉄のような意志があり、あらゆる成功と達成はそこにおいて
初めて栄光を勝ち得る。だが、どんな言葉を労しようとも、我々は夢を実証        す
る事が出来ない。人間ある勝利のみだけを追っていると、必ず真実を見失う。
なにから何までもが闇の中へと誘われ、
驚愕と戦慄という まがいない真実が突如として我々の頭を襲う。
自らの人生の勝利を意図していた我々は、常にそこで呆然と立ち尽くす。
我々はまた立ち戻らなければならない。
栄光と賞賛が一瞬にして恥辱にまみれる、あのグランドへ。

   1996年、神の見守る年。
 栄光を背負った深いモノトーンの球団は地に落ち、
 そして這い上がった。
 そして同じころ、
 地殻と断層にいたずらに苛まれた、
 清々しく美しい紺碧の球団はまたも這い上がった。
 ひとつには、栄光という宿命を果たすべく。
 ひとつには、復興という切望を果たすべく。

   栄光と敗退が永遠に循環し続ける「野球」という、
 残忍で甘美な物語。真実は糾弾され、叩き壊されて地に晒される。
 宿命と切望という幻想を背負った彼らはその中で自らを規定し、
 生きていく。彼らは、精神の動物。意志という名の、真実だ。

   奇跡という名の完璧なスターであった長島茂雄は、今年、
 血を吐くようなシーズンを生き抜いた。
 野球人としての名声と、奇跡という名のドラマとの間を
 綱渡りしてみせるという、リスキーな掛に興じながら。
 そしてかつて一度もスターになれなかった仰木彬は、
 野放図に見えるその矩形から綿密なるマジックを取り出しシーズンを戦い抜    いた。
無形のなかからの有形、つまり人間という未知数から確率を割り出すと いう一か八かの
練金法で。

   彼らマジシャン達は勇敢に、確率というレースに勝負を挑む。
 実績や名声がなんの力を持たない、勝負という名の非情の鋼鉄のレースに。

  

   一昨年の1995年、
 今世紀最大のスターとしての地位を築いていた筈の長島茂雄は
 金と権力で他球団の戦力を買収。だが、結果は散々で、
 なんとかAクラスに残る事は出来たというものの、チームは、
 いや、長島茂雄の絶大であった筈の名声は 
 既に破壊されようとしていた。
 かつて太陽であった男、長島茂雄は現役という輝きを失って以来
 遂に奇跡という幻想の中でついえるかのようにみえた。
 しかし、彼は生き残った。
 1996 10.5 読売巨人軍、
 11.5ゲーム差をひっくり返し−−−ミラクルジャイアンツ、優勝。
 彼はその時、血へど吐きつつ戦った汚濁との格闘に、勝ったのだ。
 彼と彼らのの奇跡は、一旦は達成された。
 だが、それでも彼には、そして彼らにはまだひとつの勝負が残されている。
 1996年、日本シリーズ。
 結果的にイチローのホームランという形で終わったこの第一戦を見る限り、
 もはやミラクルジャイアンツという奇跡は生きてはいないのかも知れない。
 1996年、奇跡と奇跡があいみまえる年。
 読売巨人軍とブルーウェーブ、仰木と長島、松井とイチロー、
 栄光と復興という、一連の真実達が一斉にあいまみえる年におていは。

   栄光と敗退が永遠に循環し続ける「野球」という危うさの中の物語。
 彼らは意志という神秘に全力を尽くして切磋琢磨する。
 だから、我々はまた立ち戻らなければならない。
 栄光と賞賛が一瞬にして恥辱にまみれる、
 野球という、あのグランドへ。

  Make a new drama!!もういちど、一から奇跡を起こすんだ。

   我々は目撃する。もうひとつの、そして最後の奇跡を。
 敗北なのか、それとも、勝利のドラマなのか。
 神の降りしゲームに、我々は意志という名の渇望を見出して、
 今、熱狂してこの戦いを見守っている。








                                                             邸不施 餌歩







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