#616/1336 短編
★タイトル (BZN ) 96/ 7/25 1:37 ( 62)
お題>見知らぬ、天丼 四条 雀
★内容
女が道端で泣いていたので、俺は声をかけた。お金を落として、もう何日
も池袋をさ迷っている、と、言うので、お金を貸してあげることにした。
僕は身も知らぬ奴に金を貸すほどバカ親切ではない。何日も風呂に入らず、
服も着替えていないようで、何ともみすぼらしかったのだが、目鼻立ちのしっ
かりとした、特に目のくりっとしたところがかわいかったので、捨てるつも
りで1万円札を握らせた。
それじゃ頑張ってね、などと言いながら昼下がりのサンシャイン通りを進
む。東急ハンズにバイクのヘルメットを買いに行かねば……。いつもの調子
で友達のヘルメットに落書をしていたら、なんと5万円もする代物と言うで
はないか! あんな銀色のバケツみたいなものが5万円もするなんて。こん
なことじゃ、俺の鑑定人生も終わりだな。何屋なんだ俺は……絵描きか。
お腹がなるなぁ。腹減った。マックないかな、マック。残念、ないや。定
食屋に入るほど金持ってないしなぁ。余分な金はさっき女にやっちゃったか
らなぁ。ちぇ、我慢するか。
そのとき、後ろから足音がした。さっきの女だった。お金の使い方を知ら
ない、と、言うのでなんだこいつは、とは思ったが丁度いい、女を誘って目
の前にある天丼屋「一天」に直行した。
おじちゃん、天丼2つね、ウフ。味醂の甘い匂いのする店内に女はキョロ
キョロしながらも、嬉しそうにしている。どうでもいいが、俺を頼り切った
ように見つめるのは止めてくれないか。女には免疫がない。早く食べて逃げ
ることにしよう。
5分が経った。女はニコニコするなり、俺に何の質問もしてこない。そん
なに天丼が嬉しいか、好物なのかな? 考えているうちに、天丼がドンドン
と二つカウンターに並んだ。
頂きます。黒い丼の蓋を取って、海老の衣の照りになおいっそうの食欲を
そそられながら箸を割った。さっくりと、持ち上げて口へ運ぶ……う〜ん、
幸せ。
かっくらっているとお茶が欲しくなる。君もお茶いるかい? 横を見る。す
ると、女はまだ蓋を開けてさえいない。不思議そうに丼を眺めている。
どうしたの? 尋ねると、食べ方を知らないの、と、言うではないか……。
おいおい、この世に天丼を知らない人間なんているのかよ。頼むぜ旦那。
とりあえず、蓋を開けてやり、箸を割ってやった。それをスプーンのよう
に握らせて、食べさせた。
彼女が天丼を口にほおばると、暫く黙り込み、やがて一筋の涙を流した。
どうやら、本当に天丼を知らなかったらしい。とても、貧しい家の娘なのか
な?
俺は男女の区別を抜きにして、この、天丼に涙する女をいとおしく感じて
PHSの番号を教えてやった。天丼を食べたければ、いつでも電話しな。
そして、二人とも天丼を食べ終えて店をでた。それから、別れて俺は東急
ハンズに向かった。
数年後。テレビから珍しいレポートが流れた。
「返還を終えた香港で、今、天丼ショップが大流行。今日はその火付け役
『欄 佳林さん』をお迎え致しております」
「コンニチハ」
画面の中に、どこかでみたような女が笑っている。きらびやかではないの
だが、品のいい服装で椅子に腰掛けている。ハテナ?
「なぜ、欄財閥のお嬢さまが、わざわざ天丼ショップをオープンしようと
お考えになったのですか?」
アナウンサーは質問する。女はゆっくりと日本観光の際に迷子になった話
を始めた。
完
突然すみません。もう、しません。ごめんなさい。許してぇ〜!