AWC お題>味知らぬ、天丼(an episode of Lita 縮小版)   永山


        
#615/1336 短編
★タイトル (AZA     )  96/ 7/25   0:24  (109)
お題>味知らぬ、天丼(an episode of Lita 縮小版)   永山
★内容
Lita
<<特別先行縮小版>>

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     /第二話                    /
     /                       /
     /           味           /
     /                       /
     /                 知らぬ、天丼/
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 久しぶりに休みが取れたからショッピングに行きましょうと愛理さんが誘っ
てくれたので、愛理さんの運転で一緒に出かけた道すがら、晩御飯は鈴次君が
好きな物を作ってあげるから何でもリクエストしてちょうだいとの申し出に、
僕は少し迷って、天丼と答えた。
 すると愛理さんは、ずいぶん安上がりねえ、もっと高い物をねだってくれて
いいのよと、ころころ笑ったけれど、僕は天丼、殊に海老は値の張る物という
意識が強かったから、彼女の言葉に直ちにうなずけず、つい、頬を膨らませて
海老は高いじゃないですかと反駁した。
 愛理さんは僕が反論してくるのを初めて目の当たりにしたせいか、あるいは
実にくだらないことでむきになる僕に呆れたのか、不意に冷めた表情になって、
そうよねそうよねと同じつぶやきを何度か繰り返したあと、また突然、はっと
したかと思うと、あなたまさか、伊勢海老とかロブスターの天丼をご所望じゃ
ないでしょうね?なんていう、らしくない冗談を飛ばしてきた。
 当然のごとく否定すると、ようやく愛理さんは普段通りの明るさを取り戻し、
はい分かったわよ、天丼ねと、とても投げやりな風に言ってくれたたいいけれ
ど、僕は段々と不安になってきて、本当にちゃんと作れるんですかと、半ば恐
る恐る尋ねた。
 その心配は杞憂に終わったらしく、彼女は少しも怒ることなく、あったり前
でしょう、食べてみて驚きなさんななんて笑い飛ばすと、それから急に車を道
の脇に横付けさせ、一人、降りてしまい、不思議に思った僕がどうかしたんで
すかと聞いても、何も答えず、やおら携帯電話を取り出し、どこかに電話をか
け始めた。
 僕に聞かれたくない話なのか、じゃあ仕事に関係ある用事を思い出したのか
なと自分を納得させ、ぽつねんと待っていると、三分ぐらいで愛理さんの通話
は終わり、変に難しい顔のまま運転席に戻って来て、これまで以上に乱暴な動
作でアクセルをふかした。
 生鮮食料品は最後に買いましょうと断定的に言い切るや否や、愛理さんは海
岸線を思い切り飛ばして、ものの十分も経った頃だろうか、僕が行ったことの
ない遠くの街に入ると、有料駐車場に車を預けて、僕を引っ張り回すようにウ
ィンドウショッピングを始めた。
 たくさんの荷物を持たされた僕が、これじゃあ荷物持ち代わりじゃないです
かと抗議したところ、あろう事か愛理さんはそれを否定せずに、にこにこと意
地悪な笑みを浮かべて、中坊のあなた相手にまともなデートをするはずないで
しょうが、このおませさんめと、鼻の頭を指で弾かれてしまった。
 年齢も離れていることだし、別に僕は愛理さんをそういう風に見たことは一
度もなかったけれど、こうまで言われたらちょっぴり腹が立ってくるもので、
僕だって、今すぐは無理だけど機会がもらえたらきちんと準備して、ちゃんと
やってみせます、なんて宣言した。
 往来の他人の目もはばからず、愛理さんがおかしそうに吹き出すものだから、
僕は自分の顔が赤くなるのを感じながら重ねて抗議しようとしたが、それを読
んでいたかのように愛理さんは、よしよし、心意気は買うけどね、私なんかよ
りももっと釣り合いのとれた相手を見つけてよねと、結局は僕を子供扱いした
台詞に終始した。
 そうした、僕にとって非常に気疲れするショッピングが終わって、やっと晩
御飯の買い物になったものの、愛理さんは手押しのカートを二つも取って、ほ
らほら君も押す、とここでもすっかり、荷物運びのボーイ役を僕に押し付けて
くるから、嫌になってきてしまう。
 海老は車海老で、かなり大きな物なんだけれど、お正月のおせち料理用に色
づけでもしたんじゃないかと思えるぐらい赤がどぎつくて、すでに湯通しして
あるみたいだったことに、何とはなしに奇妙な違和感を覚えた上、問題の値段
は一尾三〇〇円という、信じられない設定がされていたから、僕は思わず息を
飲んでいた。
 そんな僕を置いてけぼりにするつもりじゃないかしらと感じられるほど、愛
理さんはどんどんどんどん買い進めていって、手当たり次第に放り込んでいく
もんだから、彼女のカートの篭も僕の押すカートの篭も、およそ二週間分の食
料品とわずかな日用品とであっという間に山盛りになった。
 もう日が暮れかけていたので、愛理さんは行きと同様、かなり飛ばして、帰
宅すると、これも速攻で晩御飯の支度に取りかかり始めるのはいいんだけども、
僕にお米を研ぐように命じてくるわ、海老の殻むきを手伝うように言ってくる
わで、ちっとも食事を作ってもらってる気がしない。
 料理は当番制で、本来ならこの日は僕が当たっていたんだけど、中学生にと
っても貴重な日曜日を潰させてショッピングに付き合わせるお詫びとかで、愛
理さんが代わってくれたはずなのに、最終的にはこうして手伝わされるんだか
ら、得した気分になれない。
 そんなこんなで完成した天丼だが、揚げは愛理さんが手がけただけあって、
天ぷらにはいわゆる衣の花が咲いており、見た目にもきれいな黄色で、おいし
そうに仕上がっていたのはうれしかった。
 彼女は僕が天丼を口に運ぶのをじーっと見ていて、どう? おいしい? そ
れともまずくない? という具合に次々に感想を求めてくるのは、もちろん、
味付けも愛理さんがやったためで、その気持ちは分かるけど、こっちは落ち着
いて食べられやしない。
 最初の一口をよく咀嚼したところで、うん、おいしいですって答えたけれど
も、心の中では全く別の感想を抱いており、それが表情にも出てしまったのだ
ろうか、愛理さんは、あー、鈴次君、何か隠してるぅっていう調子で、僕に疑
いの目を向けてきた。
 最初は隠し通そうかと考えでもなかったけど、別にそうする必要もないなと
思い直し、この天丼はとてもおいしいです、けれどもどこか違うんです、海老
の舌触りも何となく変な感じがしますし……僕が期待したのは懐かしいなって
いうか、温かみのある天丼で……愛理さんが作ってれくたこれは微妙だけど、
違っているんです、と、愛理さんに説明した。
 愛理さんは、夕方見せたような難しい顔を一瞬だけ見せたけども、すぐにそ
れを表情から消し去ると、苦笑しながら、私の腕をもってしても母の味には勝
てないってことねと、僕の亡くなった母さんを引き合いに出して、肩をすくめ
た。
 僕は何だかいたたまれなくなって、愛理さんにもう一度お礼を言ったところ、
愛理さんの方は首を振って、いいのよ、それより明日、病院に行きましょうと
言ってきたから、驚かされた。
 確かに僕は、爆発事故の後遺症を検査するために通院する身だけれども、明
日は予定に入っていない訳で、どうして愛理さんが急にこんなことを言い出し
たのか全く理解できず、理由を尋ねてみるんだけれども、曖昧にしか答えてく
れなかった。

 翌日、僕は学校を休んで、病院に連れて行かれた。
 二時間後、病院を出た頃には、昨日からのもやもやは、きれいになくなった。
 その代わりだろうか、クラスメートの新波ひかりのことを、以前にも増して
気にしている自分を意識した。

               第二話.終わり




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