#611/1336 短編
★タイトル (RJN ) 96/ 7/22 22:33 ( 32)
「昼下がり」 ルー
★内容
「昼下がり」
知らない国でのあるお話。
大理石の白い宮殿は言った。「わしは大金持ちの殿様が贅を凝らして建てた宮殿。こ
の堂々たる様はどうだ。天井の見事なアラベスクをご覧。訪れるものは皆、わしの偉
容に感嘆の吐息を漏らすだろうて。」
宮殿の一室に大事に置かれている、女王の王冠にはめ込まれた大きな赤いルビーは言
った。「あたしの美しさを見てご覧なさい。宮殿など、長い年月が経ち、古くなれば
いずれ崩れてしまうもの。でも、あたしは慈しまれて人から人へ。あたしの美しさは
永久に損なわれることはないわ。」
側で、水音を立てていた噴水が青い陰を増して言った。「石や宝石など固いように見
えても脆いもの。変わらぬように見えて実は少しずつ崩れていくもの。おれはいつも
流れていて形を変えているけれど、水の流れこそ永遠に変わらない。水は高い所から
低い所に流れる。変幻自在に流れるままに任せ、いつか大河にまで流れていこう。」
宮殿の東側に名も知られぬ、樹齢が何年になるのかもとうに忘れられた大きな樹木が
ゆさゆさと枝を揺らしながら風に吹かれていた。
「わたしは毎年、こうして春になると若葉を茂らせ、夏には太陽のひかりをたくさん
受けながら木陰を作り、秋になると葉を散らしているだけだけれど、そうしてあなた
達が造られては崩れ去り、人々が訪れては去っていったり、川の水が溢れては干上が
ったりする様をただ見ていたいだけなの。」
宮殿の回廊に足音がひとつ響いたような気がした。
真昼の太陽が、すこし傾きかけた。
・・・・・・了 by ルー RJNO8600