#528/1336 短編
★タイトル (AZA ) 95/10/31 2: 5 (200)
ヘビのバンド 出題者/永山
★内容
*登場人物 松平誠一郎(まつひらせいいちろう)
猪口博志(いのぐちひろし) 与田俊一(よだしゅんいち)
/探偵部部員/ 中谷政行(なかたにまさゆき)
石原順子(いしはらじゅんこ) 中口美加(なかぐちみか)
山本茂(やまもとしげる) 三浦恵美(みうらめぐみ)
田中哲人(たなかてつと) 城源寺英子(じょうげんじえいこ)
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「こうやって、X軸に平行な線を移動させると、どこまでが正で、どこからが
負か、はっきりする訳だ。分かるな?」
いかにも頭が切れる風の眼鏡をした男が、教鞭を奮っていた。その若さにも
関わらず、生活指導を担当していることで、生徒らから敬遠されている与田俊
一。数学専門のためか、理詰めで注意・説教を垂れるため、「ヘビ」とか「ネ
チ」というあだ名を付けられている。
チャイムが鳴った。
「よし、終わり! 宿題は問題集の……」
唯一、生徒らから評価されている点と言えば、授業時間を延長しないことか。
それも、宿題をきっちり出すので、帳消しされるとも言える。
「相変わらず、多いよなあ」
与田の消えた教室で、男子生徒の一人が隣に話しかけた。
「そうでもないよ。あと、これだけさ」
話しかけられた方は、やや誇らしげに答え、やせた指先でページを指し示す。
「げっ! もうここまで済んでんのか。授業中にやったな、哲人?」
探偵部の部長・中谷政人がうらやましそうな目で見やると、田中哲人は黙っ
てうなずいた。こちらは部きっての秀才だ。
「それより、蛇革のベルトをしていたの、気付いた?」
「ああ。蛇が蛇のベルトとはね!」
「そうそう! あだ名の定着を助長するだけなのに、気付いてないのかな」
石原順子が横あいから口を挟んだ。副部長でポニーテールが似合う。
与田は休暇中にどこか旅行したらしく、ベルトは多分、旅先で買ったのだ。
「生徒にみやげを買って来る先生には、小学校以来お目にかかっていないよな」
中谷が言ったとき、チャイムが鳴った。本日最後の授業の開始である。
「最後が神風先生で助かっちゃった。あたしもう、眠くて眠くて」
三浦恵美は、目をこする真似をしつつ、そう言った。ぽっちゃりした体型と
あいまって、その仕種はどことなく漫画っぽい。
三浦と同じクラスの山本茂は、鞄から何やら取り出しながら、同感同感と、首を縦に
振る。
「いいよねー、神風さんは。怒んないから。でも、調子に乗って怠けてると、
置いてかれるけど」
石原も同調してみせたところで、部室のドアが開いた。中口美加と城源寺英
子が続けて入って来る。
「ごめーん、掃除で遅くなって」
「ウチのクラスの男子、さぼることしか考えてないから」
中口、城源寺の順に口をきく。中口はボーイッシュな髪型であるが、部の女
子中では一番女らしい。城源寺の方は、背の高さとソバージュヘアが印象的。
どこかのモデルと言っても、通用しそうなほどである。
以上、探偵部の全部員。クラスは違うが、同一学年の高一のみによる構成。
「やっと揃いましたか」
芝居がかった調子で、中谷部長が言った。
「この前、上の方から文句が来たんだけど、『探偵部は定期的に何かをやって
いるのでも、何か大会を目指しているのでもないんだから、来年からの予算に
ついては検討を要する』とか何とかってね」
「やっぱり。そろそろ来るんじゃないかと思ってたわ。四月の事件解決の効力
も、薄まったみたいね」
副部長は、面白がっているように受け答え。調子を合わせるのは、城源寺。
「また事件を解決してあげようかしらん?」
「そうそう事件があるはずないし、あったら困るぜ……。そこでだ、とりあえ
ず、探偵小説の研究なんかをやりますって答えといたんだが、どうだろう」
「研究って、部長。具体的に、どんなことを?」
哲人が頬に手をあてながら聞き返す。
「ま、やっぱ、評論と創作がメインだろうな。うちの文芸部の会誌をちょこっ
と見せてもらったことがあるけど、そんなもんだったから」
それから話し合って、部誌の発刊を決めた。こうして部誌第一号の完成を目
指して動き出した探偵部だったが、それに水を差すような事件が……。
夕闇迫る中、部活を終えた探偵部の七人が歩いていると、異様な声が聞こえ
た。いつも通る公園の方向からだ。
「何か聞こえた?」
中口がそれまでのおしゃべりを止めて、小さく言った。にわかに全員が緊張
し、黙りこくる。声の方向が、確かに公園からだと認めると、そちらへは走る。
と、突然、逃げるかのような影が見えた。公園には二つ出入口があり、影は
中谷達とは逆方向から走り出た。
公園には外灯があるのだが、壊れており、今の時間帯、人の顔はおろか、服
装の見分けもままならない。
何かあると直感した探偵部の面々は、影の跡を追った。追跡した中谷と山本
も足の早い方だが、影の人物は当初の距離を狭められることなく、走り去った。
一方、公園に残った者は、何が起こったのかを見極める調査を始める。暗が
りで分かりにくかったが、うめき声のようなのが聞こえて来るのだ。
「いた、こっちよ!」
最初に見つけたのは三浦。目を凝らして地面を見ると、学生服の男が倒れて
いた。すぐに、田中哲人が公衆電話に走った。
「う……あ……」
「しゃべらないで。すぐに救急車が来るから」
そう言って石原と城源寺で男を起こそうとしたのだが、その差し伸べた手に、
何か液体の感覚があった。血……。
「動かさない方がいいかも……」
平静に努めている様子で、中口が言った。
見ると、学生服は、彼らの高校の物と同じだ。しゃべらないでという言葉を
無視して、彼は口を開いた。
「ヘビ……バンド」
え?−−思わず、全員が聞き返したが、それっきりで言葉は途切れた。
それから追跡に失敗した二人が戻り、なおしばらく後に、救急車が到着した。
「本日は、皆さんに悲しいお知らせをしなければなりません……」
朝礼台では、校長がしかめ面をして言葉を発し始めていた。
このような臨時の朝礼を開かずとも、新聞で知っている生徒も多かったはず。
救急車で病院にかつぎ込まれた高校生・猪口博志は、病院側の努力も虚しく、
日付が変わるか変わらぬかの時刻に、息を引き取った。
死因は、ドライバー状の物でわき腹を刺されたことによる。凶器は遺留され
ていなかったが、刺し傷の形状と、そこから検出された鉄分より判断された。
「悔しい。目と鼻の先で犯行があったのに、食い止められなかったなんて……」
血が出るのではと思われるほど強く、石原副部長は唇を噛んでいた。
「知った仲という訳じゃないけど、猪口の両親に申し訳ない気がする……な」
山本も沈痛な面もちである。
「こうなったら、こんなうじうじしてる暇はないぞ。猪口が遺した言葉を知っ
ているのは警察の他は、俺達だけだ。身の軽い俺達が犯人を見つけてやる!」
部長がそうは言ったものの、誰がやったかとなると、かなり難しいものがあ
った。強盗の線が初めは有力視されたが、凶器にドライバーらしき物を用意し
ていること、財布に手をつけていない様子等から、可能性は薄くなった。
中谷達は第一発見者とあって、警察から色々聞かれたのだが、聞かれた項目
から考えると、警察は交友関係に標準を合わせてきた気配がある。
「猪口君のこと、とりあえず、調べてみたんだけど……」
情報屋として動くのが常の中口と三浦が、ここ二日の成果を披露したが、以
下はそれをまとめた物である。
猪口博志は一年五組の生徒で、写真部に所属していた。写真部と言っても、
高価なカメラを持っている訳ではなく、部共有のカメラの一つを借りて、活動
していた。腕の方は、発展途上だが、仲々のものということ。
勉強の方は中くらいの出来で、素行も賞罰なしという言葉がぴったり来る。
カメラに打ち込む、真面目な高校生という印象が強い。
「−−って感じで、交友関係の線は外れじゃないかしら。先生の覚えもいいし」
三浦が報告を締めくくると、紙に要点を書き写していた石原が意見を述べる。
「そうね。ガールフレンドもいないみたいだし。でも、いなくてよかったかも
しれないわ。いたら、頭のかたい警察なんか、すぐに勘ぐるんだから」
「でもね、クラス担任の与田先生とはソリがあわなかったみたい。しょっちゅ
う、もめてて。もめるっても、説教してる先生に対し、猪口君が上目づかいに
見ただけで、先生の方が『何だ、その目は!』という風に怒るだけなんだけど」
「ネチとウマのあう生徒がいたら、お目にかかりたいな」
山本が面白くもなさそうに、吐き捨てた。
「それでね、亡くなる直前の猪口君の行動だけど、特に変わった点はないの。
写真部は新聞部と提携関係にあって、それ用の写真を撮っていたのが彼。最後
の撮影になったのは、事件の二日前の夕方ね。最近、やっと学校側に認められ
た軽音楽部の取材に行ったそうなんだけど、そこでも何も起きてないわ」
主に被害者の行動の方を追っていた中口が、そう言った。
「だが、事件が起こった原因は、その直前の出来事が関係している可能性が高
いのは、常識だ。もう少し、それを突っ込んで調べてみよう」
「それはいいけど、部長、それが空振りに終ったら? 時間の浪費になるよ」
田中は、少し意地の悪い言い方をする。
「それじゃあ、今度の事件の動機は、大昔の因縁が絡んでるとか、猪口の両親
に原因があるとか? 多分、そちらから手を着けるのこそ、時間の無駄だぜ」
「分かっているって、部長。試しに言ったまで」
田中はそう言って、両手を軽く上げた。
とりあえず、一緒に取材に行った新聞部の部員に聞いてみる。
「ああ、あの日のこと? あんまり思い出したくないんだよねー。なんか、猪
口君のことも思い出しちゃうから」
堅苦しい人間が多いのでは、と気を揉んでいた探偵部の面々だったが、応対
に出てきた新聞部の部員は、かなりくだけた二年の男子生徒だった。
「こんなこと言いたくないけど……。ひょっとしたら、それが事件に関係して
るかもしれないんです。できるだけ、思い出してしゃべってくれませんか」
少し下手に出て様子をうかがうのは、探偵部の城源寺。
「そうだねえ、オフレコってことでいいなら、話すよ」
「もちろん。聞いた内で、他人に迷惑をかけるような点は、口外しません」
「実はさ、軽音の人達って、やっぱりさ、ちょっと不良がかっているっていう
か、突っ張ってるとこがあるんだよね。それで、大人ぶろうとしてか、タバコ
を吸う人がいるんだ。本来なら、お互いに名乗ってさ、コミュニケーションを
はかるんだけど、そんな暇なくて。取材が始まるほんの前まで、吸ってた人が
いてさ、吸殻を片付ける間がなかったんだよね。間がなかったと言うより、忘
れてたのかな。とにかく、吸殻がある状態で撮影しちゃったから、写っちゃっ
た訳よ。あ、取材は向こうの部員の部屋で行われたんだ。それで気が緩んでた
のかな。で、もちろん、その写真は使わない予定なんだけど、向こうの部で気
付いた人がいてね。ネガをよこせって、言ってきてるんだ、今も。そんなの無
理だ、絶対に公開しないからと言っても、聞かなくてね。困ってるんだ」
「それって、動機になる、かな?」
中谷が、相手の反応をうかがいがちに聞く。
「……さっきも言ったけど、ちょっと不良っぽいからねえ。あり得るかな」
それが返答だった。
「それとなく調べてみたら、軽音部のメンバーで、該当する時刻にアリバイが
ないのは、一人だけ」
中口が情報屋の力を発揮した結果、一日にしてここまで調べ上げられた。
「早ーい! どうやったの?」
副部長が聞くと、
「もちろん、恵美の力も借りたけど、うまく、彼らの練習場所を見つけたから」
と、いとも簡単そうに答える中口。彼女によると、軽音部は学校近くのプレ
ハブ小屋で練習しており、そこを管理する人物の証言から、事件のあった時刻、
一人を除いて、全員が練習にきていたらしい。
「その部員の名前は?」
中谷部長が聞く。
「松平誠一郎。一年生で、猪口君とは違うクラス」
「怪しいな。上級生の命令で、猪口からネガを取り戻すように言われ、あの公
園で交渉にあたったが、うまくいかないので、思いあまって殺した……か?」
「疑いたくないけどなあ。もう一つの方はどうなのかしら?」
と、石原。一応、「ネチ」「ヘビ」こと与田俊一についても調べていたのだ。
「アリバイははっきりしてない。あの先生、一人暮しだから」
三浦が言うと、みんな、それも仕方ないか、という顔をした。
「『ヘビ……バンド』に、ぴったりとくるのは与田先生なんだよね」
田中が言った。それに対して、城源寺が疑問を口にする。
「でも、どうして『ヘビ……バンド』なんて言うのかしら? そのまま『与田』
って言えばいいわ。あだ名で言うなら、『ヘビ』で止めておけばいいのよ」
「そこなんだ。もし、軽音の松平とかが犯人だとしても、意味が通じない」
部長は頭を抱える格好をしてみせた。
「……ねえ、軽音部のバンドって、チェーンとかトゲトゲとか付けたヤツ?」
不意に中口が言った。
「不良っぽいロックバンドってったら、それに決まってるんじゃない?」
石原はそう言ってから、自分の言葉に引っかかるものを感じた。そして。
「美加、相変わらず冴えてる! 分かったわ、ダイイングメッセージの意味が」
我が意を得たり、という表情の中口の横で、石原は叫んだ。あとの部員は、
お互いに顔を見合わせるようにしている。
−問題編.終わり